ダンジョン美化計画(連載版)~ゴミもモンスターも一掃します!~

ケロ王

第1話 清掃員の日常

「今日は随分汚れているわね」


 いつもの黒を基調としたドレス風の制服に身を包んだ私は、依頼のあった渋谷ダンジョンへとやってきている。腰まである黒いストレートの髪をなびかせてゴミを片付けているのだが、この日のダンジョンの汚れ具合には正直言って辟易していた。


 あちこちに散らばる探索者のものと思しき肉片。襲われた際にぶちまけたと思われるポーション瓶の欠片。真っ二つに折れた剣やバラバラに粉砕された鎧。


 こんなに汚れていても料金はいつも通りなんだよなぁ……。思わずため息が漏れても仕方ないよね?


 手に持ったほうきとちり取りで、ゴミを集めてはゴミ専用の忍法、亜空間収納の術――通称ゴミ箱へと放り込む。ただそれだけの簡単な仕事だ。手際よく掃除をしていると、遠くの方から悲鳴が聞こえてきた。


「うわぁぁぁ、助けてくれぇぇぇ!」


 私は小さい頃から忍びの里で徹底的にしごかれてきた。死にそうになりながら戦わされたことも一度や二度じゃない。それが嫌で里を抜け出して――ニンジャを辞めて清掃員になったのだ。できることなら戦いたくない。それが私の正直な気持ちだった。


「まったく……。ゴミを増やされちゃ、困るんですよね!」


 戦いたくない。それが彼を助けない理由にはならないだろう。そこらの清掃員と違って、私には戦うための力があるのだから。


 ほうきとちり取りを手に、声のする方へと駆けだした。向かった先には、うつぶせになって倒れている探索者と思しき、私より少しだけ年上の十七、八歳くらいの男。それを小柄で緑色の肌をした醜悪なモンスターが見下ろしていた。


「ゴブリンシャーマンじゃない。この階層に出るなんて珍しいわね」


 ゴブリンは両手を挙げて呪文を唱えている。その間には巨大な火の玉が揺らめいていた。


「グギギギギィィィ」

「た、助けてくれ……」


 男は全身ボロボロになりながら、苦悶の表情を浮かべていた。質の良さそうな鎧もあちこちヒビが入っている。それでも剣と盾を手放さないのは流石だ。そんな彼を見下ろすゴブリンは残忍に笑い、恐怖に怯える様子を楽しんでいるように見えた。


「悪趣味ね。でも、都合がいいわ」


 幸か不幸か。その残忍な性格のおかげで、かろうじて彼は生きていた。そう考えると複雑な気分だが……。私は手に持ったちり取りをゴブリンに向かって投げつける。


「忍法、ちり取り手裏剣!」

「グギィ……」


 クルクルと回転しながらゴブリンの腕と首をスッパリと斬り落とした。痛みを感じる暇もなく、ゴブリンは残忍に笑ったままの頭が転がる。息絶えたことで、出していた火の玉もすぐに雲散霧消した。

 ブーメランのように手元に戻ってきたちり取りをキャッチして、倒れている彼に駆け寄る。


「大丈夫ですか?」

「あ、あ、う……」


 彼の傍に腰を下ろして具合を尋ねる。しかし、彼は焦点の定まらない瞳で、私の方を指差して何かを言おうとしていた。


「う、う、後ろ……」


 彼は、そう言い終えると同時に力尽きる。必死で絞り出した言葉がこれとは……。呆れてため息が漏れそうだ。次の瞬間、私はそのまま左手を後ろに回して、ちり取りをうなじの辺りに持ってくる。甲高い金属音を鳴らして、背後から襲い掛かってきたゴブリンのナイフをちり取りが防いでいた。


「そんなの分かっているわよ。そんな殺気駄々洩れで気付かないわけないじゃない」

「ググギギィィ」


 ちり取りを持つ手に力を込めて、ゴブリンごとナイフを弾き飛ばす。振り返りながらゆっくりと立ち上がると、体勢を立て直したゴブリンがナイフを構えて威嚇していた。


「ゴブリンストーカーか……。シャーマンといい、何でこんなところに……。今日のゴミが多かったのは、こいつらのせいね」


 無防備に肩をすくめながらため息を吐く。チラリとゴブリンの様子をうかがってみたけど、動く気配はなかった。


「あからさまな罠に引っかかるほどバカじゃないようね」

「ググギギギ……」


 ゴブリンは歯をむき出しにして唸り声を上げる。それはまるで「バカにするな」と言っているように見えた。当然ながら、何を言っているのか分からないのだが。言葉が理解できるなら、分かるような言葉を使えばいいのに……。


 そんなことを考えながら、見下したように笑う。それが癪に障ったのか、地団駄を踏んで向かってきた。


「所詮はゴブリンね。煽り耐性が無さすぎじゃないの」


 喉元を狙ってきたナイフをあっさりとちり取りで受け止めて、ほうきで反撃。素早く屈んだゴブリンの頭上を切っただけだった。そのまま反動で距離を取る。


「小癪なマネを……」

「ギギギギ」


 気色の悪い笑顔で笑うと、ゴブリンは腰のカバンからナイフを追加で四本取り出した。そのうちの三本を私に目掛けて投げると同時に、両手に二本のナイフを持って向かってくる。投擲したナイフは眉間と右肩、左脚を、手に持ったナイフは首とみぞおちを的確に狙っていた。


 一本でも食らえば致命的。辛うじて一本ははじき返したけど、残り四本が私の身体を穿つ。肉薄したゴブリンの勝ち誇ったような笑顔は吐き気がするほど気色悪い。


「くっ、や、やはり……」


 全身を穿たれた私の姿に、彼がうめき声を上げる。彼にしてみれば、残るは瀕死の自分のみ。それでも、彼は絶望で目を背けることはしなかった。


「どんな状況でも戦いから目をそらさない……。いい心がけよ」


 私の身体は黒い影となって地面へと沈んでいく。カランという音と共に私の身体を貫いたナイフが地面に落ちた。


「……グギィ?」


 勝ったと思った相手が影となって跡形もなく消える。その摩訶不思議な現象を理解できず、ゴブリンは首を傾げていた。

 地面に落ちた影はゴブリンの背後で実体化していく。その黒が墨のように流れ落ちて私のいろが現れる。


「忍法、影隠れの術」


 背後から突然聞こえた私の声に、弾かれたようにゴブリンが振り向いてナイフを振りかざす。


 ――だが遅い、遅すぎる。


 ナイフが高々と振り上げられた時には、私のほうきの柄がゴブリンの心臓をまっすぐに貫いていた。瞬く間にゴブリンの瞳から光が、全身から力が失われていく。


 ぐったりと力尽きたゴブリンだったモノを、そのままゴミ箱へと放り込んだ。近くに転がっているゴブリンの頭と胴体も回収して、額の汗を拭った。


「粗大ごみの回収は完了ね。あとは散らばったゴミを集めればお仕事は終わり! さて、そっちの人は大丈夫かしら?」


 倒れ伏した男はピクリとも動いていなかった。

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