第19話

 月曜日。俺が教室でだらけていると、声を掛けられる。


「椋木、呼ばれてるよ」


 そう言われて教室の外を見ると、野球部のマネージャーの女子がぺこりと頭を下げてくる。俺は立ち上がり、その女子のもとへ向かう。


「何か用か」

「ここではちょっと。場所を変えませんか」


 そう言われ、俺は頷く。そうしてマネージャーについて非常階段に移動する。ここなら確かに人も寄り付かない。


「それで、なんの用だ」

「私は野球部のマネージャーの源春奈です」

「それは知ってる」

「椋木くんには警告をしにきました」

「警告?」


 きな臭い展開になってきた。いきなり来て警告とはただ事じゃない。俺は息を飲み、源の要求を待つ。


「直江さんを、湊くんに近づけないでもらえますか」

「それはどうしてだ」

「邪魔なんです。私の恋愛の」


 そう言って本性をむき出しにしてくる源は、俺を嘲笑った。


「お似合いじゃないですか、椋木くんと直江さん」

「俺と伊吹はそんなんじゃない」

「直江さんは欲張らないでもらいたいですね」

「伊吹が誰に恋をしようと、お前には関係ない」


 話が平行線で終わりそうだと察した俺は、話を切り上げる。


「話がそれだけならもう行くぞ」

「まあ、待ってください。そう慌てずに」


 源は焦らすようにそう言う。他にも何か要求があるのかと身構える。


「直江さんをこれ以上湊くんに近づけるようなら、椋木くんの秘密をばらします」

「なんだと?」

「湊くんに聞きました。秘密、ばらされたくないでしょ」

「そんなことか。好きにしろ。俺は別に隠しているわけじゃない」

「なんですって」


 源が初めて狼狽する。秘密を餌に脅せば、俺が首を縦に振ると思っていたようだ。生憎と俺はそう安くはない。俺は鼻で笑うと源の要求を蹴った。


「後悔しますよ」

「させてみろ」


 俺はそう言って非常階段を後にする。源の要求は面倒だ。裏で工作をするとは源もなかなかに性格が悪い。それほど、湊に近づく女を見過ごせなかったということだが。俺は安堵する。源が相手なら、伊吹も十分に戦える。ああいう裏工作する女は負けヒロインになると相場は決まっている。もう少し清純派かと思ったが人はみかけによらないとはこのことだ。

 俺は教室に戻ると、授業の準備に取り掛かる。


 昼休み、俺は伊吹と合流すると屋上に出る。相変わらず伊吹の手弁当はなかなかに絶品で、毎度舌鼓を打っている。


「そういえば今日、野球部のマネージャーに釘を刺されたぞ。伊吹を湊に近づけるなって」

「ええ、なにそれ」

「源って言ったんだが、あいつは相当余裕がないと見える」


 自分が圧倒的に有利なポジションにいるにも関わらず、ああやって牽制してきたということは、湊の仲はそこまで深まっていないと考えるのが妥当だろう。俺はもう少し親密な関係に見えたが、あの湊だ。案外攻めあぐねているのかもしれない。


「でも、大丈夫だったの。そんなこと言われて」

「何、俺の秘密を盾に揺すってきたが鼻で笑ってやった」

「え、晴彦秘密あるの」


 しまった。失言だったか。隠してはいないが自分からわざわざ言いふらす趣味もない。俺は適当に話を逸らすと、伊吹に向き直る。


「とにかく、不利だと思われたが結構いい線いくかもしれんぞ」

「どういうこと」

「源は余裕がないんだよ。だから俺に釘を刺してきた。距離は近いのにいまいち攻めあぐねているんだろうな。なら、趣味路線から攻めていけば伊吹にもチャンスはあるぞ」

「そうだね」


 俺の言葉を受けた伊吹の顔はどこか浮かない。


「どうした。辛気臭いな。湊を攻略できるかもしれないんだぞ」

「うん、わかってる。私の頑張り次第で、湊と付き合えるかもしれないんだよね」

「その通りだ」


 その割には嬉しそうじゃない。何か気になることでもあるのだろうか。俺は怪訝な表情を浮かべながら問いかける。


「何か気になることがあるなら言えよ?」

「うん、わかってる。全然そういうのじゃないから安心して」


 安心してというならそういう表情をしてほしい。


「そういえばこの間の映画おもしろかったね」


 露骨に話を逸らしてきた。まあ、これ以上追及しても何も出ないだろう。そう判断した俺は伊吹の話に乗っかった。


「おもしろかったな。映画はやっぱりいいな」

「だよね。また行こうね、晴彦」

「もちろん付き合うが、湊と行けるように努力しろよ」

「わかってるって」


 伊吹はそう言うと目を泳がせる。こいつの勝ちヒロインとしての素質は現状順調に伸びている。男の趣味に合わせる戦法が功を奏し、湊とも会話が弾んでいる。あとはあまのじゃくな性格さえどうにかすれば、ワンチャンを狙える位置まで来ている。


「伊吹、今日の弁当も美味いぞ」

「当たり前。私が作ったんだから」


 不意に褒めてみても、ツンな反応が返ってくる。これでは駄目だ。素直にありがとうと言えるようにならなければ、勝ちヒロインにはなれない。

 俺は卵焼きを箸で掴むと伊吹の口元に持っていく。


「ほれ、あーん」

「ちょっとやめてよ恥ずかしい」


 伊吹は口では拒否しているが満更でもなさそうな表情をしている。二度瞬きをした後、卵焼きにぱくついた。


「間接キス、恥ずかしいんだからね」

「気にするな。小学生じゃあるまいし」

「私は気にするの」


 そう反論を受けて俺は苦笑する。

 昼休みのこの時間が、伊吹の為になればいい。そう思う。


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