駄目ヒロイン、育てます~恋の応援をしていたらいつの間にかモテまくっていた

オリウス

第1話

 夏休みが終わり二学期が始まった。アニメ研究部の部長である俺、椋木むくのき晴彦はるひこは放課後いつものように部室にやってきていた。

 今日は珍しく幼馴染の氷室ひむろみなとが部室に顔を出していた。


「よお、湊。今日は野球部ないのか?」

「あるよ。野球部行く前にこっちに顔を出してるだけだ」


 湊は野球部とアニメ研究部を兼部している。そして、ものすごくモテる。イケメンだし一年生ながら野球部のエースだしモテないわけがない。そんな湊につられてか、部室に見慣れない顔があった。


「野球部のくせにアニメ好きとか、終わってるね」


 クラスメイトの直江なおえ伊吹いぶき。セミロングの髪に顔は可愛いのだが、いかんせん口が悪い。たった今も全アニメオタクを敵に回す発言をしている。俺は嫌いだ。


「バカ、アニメはいいぞ。ストーリーがいいやつとかマジ泣けるからな」

「アニメなんて子供の見るもんじゃん。なんで高校生にもなってそんなアニメにはまってるのかわからない」

「お前もアニメ見たらわかるって」

「嫌。絶対見ない」


 直江は眉を吊り上げて嫌そうな顔をする。じゃあなんでお前ここにいるんだよと俺は言いたい。ここはアニメ好きが集まる場所だぞ。


「俺が一緒に見てやるから」

「いらないし。あんたは野球だけやってろバカ」


 つれない女だ。湊の好意を無下にするとは女子のかざかみにもおけない。


「おっと、俺はそろそろ行かないと。それじゃな、晴彦、伊吹」


 そう言って湊は野球部に向かっていった。教室に残されたのは俺と直江の二人のみ。やめろ。なんでお前残ってるんだよ。出て行けよ。

 不意に直江は机を叩きつけると、俺に向かって声を荒げた。


「ね、ねえ。椋木って湊と幼馴染なんだよね」

「そうだが、それがどうした」

「じゃあ、湊のことよく知ってるよね」

「ああ。そりゃガキの頃から一緒だったからな」


 直江は言葉を探すように一呼吸置くと、俺を真っすぐ見つめてきた。


「お願い! 湊とうまくいくように協力して」


 何を言ってるんだこの女は。なんで俺がそんな七面倒くさいことをしなければならない。


「断る」

「ええ、断るの」

「当たり前だろ。対価もなしにそんな面倒なことに首を突っ込めるか」


 そう言うと直江は頤に手を添えて思案する。


「じゃ、じゃあ対価を払ったらいいの?」


 対価を払う? いったい何で払うつもりだ。まさか体でご奉仕とかそんなことか。待て。確かに俺は童貞だがそんなことで心が動くはずが……動くな。めちゃくちゃ魅力的な提案だ。


「お弁当ぐらいなら、作ってきてあげられるし」

「お弁当?」


 とんだ肩透かしだ。だが、お弁当か。確かに悪くない。昼飯代も浮くし、何より女子の手料理が食べられる。そんなアニメの中でしかない展開。悪くないな。


「毎日だ」

「え?」

「お前と湊がくっつくまで毎日弁当を作ってきてくれるなら引き受けよう」

「いいの?」


 目を輝かせる直江。そんなに俺に協力が必要なのか。


「ただし、やるからには全力だ。お前を今の駄目ヒロイン状態から真のヒロインにしてやる」

「駄目ヒロインって失礼じゃないかな」

「それぐらい今のお前は駄目駄目だということだ」


 そう言い切ると、直江はがっくりと肩を落とす。


「具体的にどこが駄目なの?」

「はっきり言うが、お前はヒロインとして駄目すぎる。まず、好きな男の趣味を否定する。これはもっとも腹立たしいことだ。それから人の好意を受け取らない。今時ツンデレなんて流行らないうえにお前にはデレがない。致命的だ。それから口が悪い。今のお前は好きになる要素が一ミリもない」

「そ、そこまで言わなくても」

「いいや、言わせてもらう。まずは自分の駄目なところを自覚しないと始まらない」

 

 直江は可愛い。だが、こいつはクラスの男子からの評判があまりよくない。見た目は可愛いのだが、口が悪く口うるさい。男子からすればおかんのような口うるささで、疎ましく思ってしまうのだろう。だから可愛いのに人気がない。


「お前、男子に告白されたことは?」

「ない、けど」

「それが今のお前の実力だ」

「どういうこと?」

「こんなに可愛い見た目をしているのに男子から告白された経験がないというのは、お前を構成するその他の要素が駄目すぎるからだ」

「か、可愛い」

「見た目の話だ。それ以外はまったくもって可愛くない」


 そんな状態でモテまくる湊を落とそうなんて百年早い。


「湊にはお前より可愛い女子がアピールしてくる。お前はそいつらに勝てるか?」

「そう言われるときついかも」

「だろ。だが、お前にはアドバンテージがある。それは湊の関係性だ」


 直江は湊と気兼ねなく話ができる。ここはポイントが高いだろう。互いに下の名前で呼ぶ友人関係が構築されているからアピールもしやすい。


「友達だと思っていた女子が急に可愛くなったら、異性を意識する」

「う、うん」

「そのために、お前は自分を変えていく必要がある。お前にその覚悟はあるか?」


 直江が生唾を飲み込む。一瞬の静寂が訪れ、空気が張り詰める。


「あるよ」


 短く直江はそう言い切った。


「私、それぐらい湊のことが好きだから」


 その目は真っすぐで純粋だった。


「なら、俺についてこい」

「わかった」


 この駄目ヒロインを真のヒロインにする。それが俺の任務だ。数々のラブコメアニメを網羅している俺が、こいつを真のヒロインにしてやる。



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