〝りょうかたおもい〟は他所でやれ

yatacrow

〝りょうかたおもい〟は他所(よそ)でやれ

 両片思い。

 お互いが好意を持っているのに、気持ちが伝わらず、片思い状態に陥っている2人の関係を表す。


 ──彼女とはよく目が合うのだけど、すぐにそらされるし、顔も赤いからきっと怒ってるんだと思う。


 どんよりした空気をまとった男がつぶやく。よく見れば整った顔をしているのだが、目元まで届く前髪が邪魔して陰キャの代表格のようにしか見えない。


 ──ねえ知ってる? 彼って普段は前髪で表情もよくわからないんだけど、実はすっごく綺麗な瞳をしているのよ。何度も目が合わせようと彼を見てると、ときどき髪の隙間からあの瞳が……もうたまらない!! 好き!! ……なんだけど、恥ずかしくてずっと見てられなくて。


 きっと冷たい女と思われているの。と、やはりどんよりと重い雰囲気を醸す女はうつむいた。

 長い髪が肩や腕までまとわりつき、その女の男に対する執着さを感じる。


「いやだからさ、何度も言うけど! そんなことないって!! 勇気を出してさ、告っちゃえって! ね、聞いてる?」


 とある俺のやらかし。

 悲劇と喜劇の絡まりあった因縁で結びついて離れない。

 まあとにかく、俺は2人の男女の間に挟まれて苦労している。

 こいつらは好き勝手にしゃべって、好き勝手に自己嫌悪に陥る元幼馴染のじれったい関係なわけだ。


 夫婦喧嘩は犬も食わない、ほうっておけ!


 バカップルなら爆発したらいい、パイナップルと石鹸で爆弾作れるらしいから準備してやろう。


 ──彼女の気持ちを知りたい、もっと近づきたい。

 ──彼のことが好き。諦めきれない。


 でも、きっと、だけど、嫌われてるから──と2人の声が揃う。相性はぴったりのようで、このズレは相性の悪さではないかと思う。


 そんな2人に挟まれて俺は何を?


「2人の恋が成就したならば、お主も楽になるじゃろうて」


 とは、白い服を着たしわくちゃバ……イッテェ!? えと、白髪を一つに束ねた人生の大先輩で、『クレオパトラ、楊貴妃、そして、わしじゃよ』と自称するお姉さんの助言である。

 ……なぜ小野小町を押しのけて入ろうとする。


「でもコイツらさ、自分と相手のことでいっぱいすぎて、俺の言葉なんて届かないんだよ」


 応援しても無駄、お互いの思ってることを声に出しても伝わらない。


 ──自信がない。

 ──私って可愛くないし……。


 いや美男美女ども、鏡見てみろやい! と鏡の前に立たせても彼と彼女は相手の姿しか頭に浮かばないのか、自分の容姿を瞳に映すことはない。


「さすがに眠い、だるい……とても、つらい」


 この世話焼き婆さんに金を払って相談しようと考えるくらいには追いつめられて寝不足なのよ。


 寝ても覚めてもコイツらは俺を挟んであーだこーだとネガ恋愛ワードを呟き、ときおり目が合ったとはしゃぎ、そして照れて自己嫌悪になり、うじうじと。

 もう夢の中でもいいからお互いしっかり向き合って、話し合って、抱き合って昇天しちゃえよと。


「婆さん頼む! もうコイツら追いはらってくれよ」


 俺を巻き込まないでくれ!


「1人につき500万。合わせて1000万じゃ」


「ぐぅ、払えるか! んな額ぅ!!」


「ほっほ、それじゃ自分でなんとかするしかないじゃろ。ほれ対話してみぃ、あと10分で追加料金1万じゃぞ」


 ずずいっと白装束の銭ゲバァがダンスレッスンも出来そうなサイズの鏡を俺の前に押し出した。

 枠には金銀の装飾のされたコロコロ付きで、婆でも簡単に動かせる親切設計な姿見ですね、じゃないのよ。


 ──あ、目が合った……ダメぇ!


 女が髪をふり乱し、その髪が俺の顔をふぁさりと通りすぎる。


 ──さ、避けられた、よな今……はあぁぁ。


 男の生温かいため息のせいで背すじが寒い。


「うぉっと。ぞわぞわする……。いい加減しろよ、お前らッ! さっさと告白しろよ、あんまりぐずぐずしてると誰かにとられるぞ!!」


 だから早く告れと、俺は強く願う。


 ──え、とられるなんて許せない。やだよ、そんなの。


「あ、今の俺の言葉、聞こえた? まじかよ」


「ひひっ、お主の強い気持ち、すなわち念が彼女に届いたのじゃ」


 なら男のほうにも──「おら前髪ヤローこら! そんなうじうじした奴なんて誰も好きにならねえよ! 前を向いて、彼女を見ろよ! ……いい女だろ、お前にはもったいないぞ!! 俺だって本当は……いや何でもない」


 ──そ、そうだ。僕にはもったいない。きっと僕よりふさわしい人が……嗚呼、でも嫌だ、そんなことは嫌だイヤだ、いやだよ!!


 男は頭を抱えて体操座り、女は指を噛みながら小刻みに震えている。


「あれぇ? ……婆さん、なんか俺の思った展開じゃないんだが」


 ──どうして私を見てくれないの? 気づいてほしい、私だけを見てほしいのに。誰かがあの人を私から奪うの? いや、許せない、ゆるせない、ユルサナイ! そうダ、あのヒトをこっちちののの世界セカせかいににに連れていくのノノののの……


 ──ソうだ、だれかのモノになるなんてダメダメダメダメダメダめだメメメだだダだだだ……


 ずんっと俺の体が沈む。

 2人が意味不明な言葉が首や体にまとわりつく。


 ──ユルサナイ

 ──ユルサナイ


 2人の言葉が重なる。


 ──ボクハ

 ──ワタシハ


 2人がおもむろに顔を上げる。深い闇が渦巻く眼窩からはどす黒い液体が溢れ、頬を伝って俺の肩にかかる。


「このままじゃとお主の双肩で地縛するぞ」


 地縛……肩縛とかやめてくれ。

 豪華な姿見に映る前髪の隠れた男、俺を挟んでもう一方には黒く長い髪を噛み締める女が肩に憑いている。

 それはもうおどろおどろしい雰囲気に変わり果てた幼馴染たち。


「ぶ、分割払いは……?」


「特別に認めてやろう、さぁ契約書に署名をするのじゃ」


 高野山でも有名な祓い師の婆巫女が、金歯を光らせながら契約書を提示した。


『高野式怨霊祓代行契約証書』


 請求金額は婆の言い値。


 契約書に署名すると、婆さんが俺の両肩をぐぐっと押さえつけてくる。骨と皮の細腕にそんな力ある? と驚くほどに強い、重い。

 婆さんの口がもごもごと動くと、2人がぴくりと反応し、そこから霊との対話っぽいやりとりが続く。

 ぜんぜん何を話してるのか理解できない言語だけど。



「なあなあ、お前さー、あいつのことマジで好きなのか? ひゅー、で、いつ告るんだよぉ。俺があいつ呼んできてやるからさ、告れよ? な?」


 幼馴染のありがちなイジりだったんだよ。

 正直、俺も意地っ張りで泣き虫なお前が気になってて。

 だけど、あいつばかり見てるお前に意地悪をしたくなっただけなんだ。


「べ、別にそんなんじゃないしっ! からかわないでよ、ホントそういうの最低! ホント無理だし大嫌い!!」


 ごりごりに嫌われてしまったあのとき。

 別に狙ったわけじゃなく、本当に、タイミング悪くあいつが近くにいたんだ。


「……ぇ、ああ、ご、ごめんね。そう、か、嫌い……ははは。だよね、僕なんか……うん、ごめ、ん、実は──ちゃんのこと……いやキモいよね。……じゃあ僕は先に帰るよ」


 陰キャ気質な男の耳には、女の吐いた辛い単語だけが届いたらしい。


「え! 違うの! ──くんの事じゃない、もう違うのに……いつも、どうして」


 そそくさと早歩きで去る男、俺の目の前でスカートを握りしめてうつむく女。


 言葉が強い女と、ネガティヴイヤーな男の相性の悪さよ。

 こうして両片思いは成立し、その後2人はすれ違い続け、お互いの思いに気づくことなく、最期は偶然乗り合わせたバスの事故で一緒に死んだ。


「なんでそこだけ息が合うかなぁ……。恋愛関係をこじらせたのは俺だけど。生き死にはお前らの責任だろ」


 あいつらの葬式に参列した帰り道。

 俺の両肩には、俺の頭1つ分の絶妙な距離感でうじうじとしてた2人が乗っていた。

 こいつらがもしも見えたら、サルティンなソレイユ雑技団の人たちと間違えられたに違いない。


「ひひっそれじゃあ向こうで仲良くやりな。良い黄泉路を──」


 って俺があっちこっち思考をやってるうちに、婆さんがさくっとあいつらを祓ってくれたらしい。マジでスゴ腕かよ。


「さあ、しっかり働いて借金を返すんだよ。でないと……ひひっ」


 よ、み、お、く、り。


「こえぇよ婆さん……はあ。人の恋路を邪魔するやつは指先一つで弾け飛ぶ?」


 あいつらの両片思いの未練は消えたようだけど、高額借金がフリーターの俺の肩にずん! 別の意味で両肩重い。


「ってやかましいわ! 両片思いは他所でやれよ!! なあ婆さん、なんか金払いの良いお仕事ないかなぁ!?」

「臓器屋なら──」

「さいなら!」


 高野山を修行僧ばりに駆け下り、俺はまっすぐ職安に走った。


 物理的な肩の軽さを感じながら──




── fin ──



―――――――――――――


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