ロッシュ弦界の双奏曲 Nearmiss()

 勢いのあるメロディーが、わたしの耳を駆け抜けていく。

 大通りの道端、わたしの前には小さな黒い箱が2つ置いてあって、片方からは色々な楽器音や電子音が流れている。それらが作り出す伴奏の上で、もう片方の箱から生まれるギュンギュンした主旋律がハジける。

 主旋律の箱からは太いケーブルが伸び、ひとりの女の子が持つ赤と白のカッコよくて可愛いギターに繋がっている。女の子はリズムに全身を揺らしながら、ただひたすらに楽しそうにピックを振る。


 ――猫山れんげちゃん。わたしは今日もまた、この子の演奏を聴きに来ていた。


 れんげちゃんがピョンピョン飛び跳ねるのに合わせて、わたしも片手を振る。相方の風野マナナンさんは、今日は姿が見当たらなかった。はじめて会った時は『サポートギター』って名乗ってたのに、今や立派にひとりで演奏中。


「――ありがとうございましたっ!」


 パチパチ、とわたしの拍手が秋の空へ溶ける。わたし以外の観客は2、3人。やっぱりマナナンさんとのデュエットのときのほうが人は多いけれど、それでもちゃんと人が止まっているのはなんだかこっちも嬉しくなる。


「お疲れ様、です」

「こっちこそ! いつも来てくれてありがとう」


 ライブ終わり、れんげちゃんのお片付けをちょっと手伝いながら、わたしは彼女と軽く雑談した。最近判明したことだけど、わたしとれんげちゃんは実は同い年。だからライブが終われば、半ば『他校の友達』みたいな感覚になる。


 けど、その日は。


「……あのさ、演奏って興味ある?」


 ふとれんげちゃんに、そんなことを聞かれた。演奏って、自分で楽器を弾くってこと? 確かにハルさんやトランセンブル、そしてれんげちゃんを見ていると「楽器演奏ってカッコいいな」なんて気分になるけれど、今のところまだマイ楽器を手にしたことはない。


「興味……なくはない、けど。どうしたの?」

「あはは、えっとね……実はあたし……」


 恥ずかしそうに視線を泳がせ、れんげちゃんは未だ提げたままのギターをなでる。でもすぐにギュッとネックを握り、真っ直ぐな瞳でわたしを見た。


「あたし、バンドを組みたいの」

「バンド……?」

「うん。あたしとマナ姉……2人の音楽を、もっと大きな音楽にしたい。あたしたちにしか作れない音楽を作りたいの」

「へぇ、いい夢だね……え、まさか?」

「だから、あたしとバンドやらない?」

「わお……」


 うそ、ホントに言ってる? 楽器やったことないのに? うおお、れんげちゃんの視線が強い。決意に満ち溢れているじゃないか。


「え、えっと……なぜわたしを……」

「前言ってたよね、ライブハウスみたいなところでバイトしてるって」

「してるけど仕事内容お掃除と買い出しだよ!? 演奏者じゃないよわたし!?」

「経験なくてもいい! それに何よりも――あなたはあたしたちの音楽を、ちゃんと聴いてくれるから」

「……」


 どう、しようか。

 彼女の瞳も、言葉も、全部本気だ。


 わたしはその場で答えを出せずに、考える時間をもらうことにして彼女と別れた。


◆◆◆


「バンド、か……」


 翌日はバイトの日だった。コンサートホールKopfloser Ritter。ここにはたくさんの音楽家たちが集まる。ひとりで弾く人も、グループで弾く人も。


『また何か悩みを作ってきたようだね』


 アニムスさんの声がどこからともなく聞こえる。もう慣れ切っちゃってるけど、アニムスさんは館内のどこにいてもわたしの様子に気が付いてくる。カメラがないところでも。


「確かに、今日は少し様子が変ですよ、ゆかりさん」


 と、うさぎちゃんも通路の奥からロボットに座ってやってきた。


「実は、その、なんていうか……告白された」

「こっこここ、こここ、こくはく!?!?!?」

『恋の悩みか。青春だね』

「ああいや、そういうわけじゃなくて、その……応援してた路上ギタリストの女の子がいるんだけど、その子からバンド組みたいって言われちゃった」

「告白ですそれは!!」

『告白だね』


 ニワトリみたいにうさぎちゃんがコッココッコ叫んでクラクラしちゃった。昨日のわたしより動揺してるじゃん。


『それで、回答を決めかねていると』

「はい……。だって、楽器の経験ないですし」

『それだけが理由なら、ここで練習すればいい。業務時間外であれば使って構わないよ? ハルや他の演奏者たちだって練習に付き合ってくれるだろう』

「それは、そう……ですけど」

『それでも迷っているのは、他に理由があるってことだね?』

「……そうですね」


 アニムスさんはなんでもお見通しだ。しのぶちゃんがいなくなった日だってそうだった。ああ、今日がバイトだったのは幸いだったかもしれない。わたしはたどたどしく、時間をかけて心の内側を覗いた。


「あの子、本当に心の底から音楽が大好きなんだと思うんです」


 演奏中のれんげちゃんの姿が脳裏に浮かぶ。まるでおもちゃをもらった子供みたいな無邪気さで、自分とマナナンさんが生み出す音色を楽しんで。その輝きに、わたしは心を奪われた。


 けれど。


 だからこそ。


 本気の彼女と一緒に音楽やるってことは、わたしも本気にならないといけないと思うから。寝ても覚めても、ずっと音楽と一緒に生きてなきゃいけない。彼女がそうやって生きているから。


「……でもそうしたら、みんなとの時間がなくなっちゃうんじゃないかって」

「ゆかりさん……」

「あの子の力にはなってあげたいんだけど、ね」

『なるほどね。うさぎ君は、どう思う? もしゆかり君がバンドに入ったとしたら』

「わたしは……そうなったらわたしは、ゆかりさんと一緒にバンド入ります!」

「うさぎちゃん!?」

『ふふふ、大胆だね』

「でも、きっと他の2人も、同じようなことを言うかもしれません」

「そっか……ふふっ。ならやっぱり、バンドには入れないね。みんなが押しかけて来ちゃったら、あの子のバンドがわたしのバンドになっちゃう」

「いいんですか? わたしが言うのも、何ですけど」

「うん。わたしは『リア活部』が、いちばん大切だから」


 けど、れんげちゃんの力にはなってあげたいな……。そんなことを呟いたら、またアニムスさんにそれを拾われた。


 その時教えられたことを持って、わたしは数日後に再びれんげちゃんの前に立った。今度はわたしが真っ直ぐな目で、彼女を見る。


「――だから、ごめんね」

「そっ、か……」

「あのね、れんげちゃん。わたし気付いたんだ。わたしはあなたを『観る人』でいたいんだって」

「観る、人?」

「うん。れんげちゃんの作った音楽を、客席のいちばん前で聴いてる人でいたい。わたしもステージに上がっちゃったら、あなたの横に立っちゃったら、きっと正面からあなたの音楽を聴けなくなっちゃうだろうから」


 ひと昔前、令和時代の初め頃にはこんな言葉が流行ったらしい。


 ――推し。


 わたしから見たれんげちゃんは、まさにそれなんだ。


「だからさ、バンドが結成できたら、ライブは絶対呼んでね。ファンクラブもできたら会員ナンバー1はわたしがもらうよ」

「……! うん! 約束する!」

「じゃあ今日も、よろしくお願いします」

「こちらこそっ! それじゃあ、聴いてください!」


 ギュイイイイイン、と高らかに、ギターの音色が街へ響いた。

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