閉会式 / MEMORIZE

『――以上をもちまして、体育祭のメインプログラムを終了します。続いては閉会式となります。生徒はグラウンド内に集合してください』


 たくさん走って笑って声を出した体育祭も、ついに終わりの時を迎えた。空はうっすらと赤く染まり、競技によって目まぐるしく形を変えていた校庭も今は何の変哲もないただの砂地に戻っていた。

 わたしはなんとなく全身に疲労感を覚えた。けれどこれはバーチャルな感覚で、現実世界のわたしの肉体は今も椅子に座ったまま脱力状態となっているはずだ。およそ8時間くらい青空の真下で動き回り続けていたっていうのに、明日は日焼けとも筋肉痛とも無縁な休日を過ごすことになる。それは楽で幸せなことのようにも思えるし、アンリアルな違和感っていうふうにも思える。仮想空間で楽しい思い出ができると、終わり際にいつも考えてしまうことだ。


 閉会式は吹奏楽部の演奏で始まった。運動後のストレッチを全校生徒でやったら、成績発表のお時間。全学年総合のトップ3クラスが表彰される。


『3位、3年B組』


 わぁぁ、と遠くのほう、3年生のエリアで歓声が上がる。やっぱり肉体のスペックが結果にあまり関わらないから、経験値ってステータスが豊富な上級生のほうが高得点を取りやすいのかな。なーんて思っていたけど2位は1年A組。これは1位がどこか分からなくなってきた。


『では、総合1位の発表です。1位に輝いたのは……』


 ドロロロロロ、と吹奏楽部がドラムロールを奏でる。わたしたちA組はクラスみんなでお祈りポーズ。ソフィア先生も表情はクールなままだけど、手元でちっちゃく拝んでいたのを見逃さなかった。


『…………2年』

「「「おおおっ!」」」


 2年生確定! 確率50%! さぁ次に来る1文字は『え』か『び』か!


『2年…………A組っ!』


 大歓声。やった、やったぁ! 空中にスコアボードが投影される。やっぱり障害物競争のまきみちゃんや、ドッジボールといったところで高得点を稼いだみたい。ポイントシューティングでも電脳サバゲー部の人たちが大活躍してくれた。みんなMVPだね。


 トロフィーは学級委員のとおりちゃんが受け取って、授賞式の後は校長先生のながーいお話。ちゃんと聞こうとしたことはあんまりないけど、話の中に必ずネウロン社が出てきてビジネス的な話に着地するのだけはなんとなく聞こえている。ときどきあまりにも強引な流れで話を持っていくこともあったようななかったような。


 話が終わったら校歌斉唱で、閉会式もおしまいだ。観覧席の保護者たちの中には、もう何人かがログアウトを始めているのが見える。わたしのお母さんはまだいるけどね。こういうのはちゃんと最後まで見届けるのが出角家なのだ。


「優勝おめでとーゆかり。うさぎちゃんもね」


 で、終了後のわずかな時間で話しかけにくるのもわたしのお母さんなのだ。


「あっ、ありがとうございます」

「ありがと。写真撮ってた?」

「撮ってた。二人三脚とか、うさぎちゃんにもデータ渡してあげよっか?」

「いいんですか?」

「もちろん。今も撮ったげよっか」


 そういうとお母さんは手元のインターフェースを操作して、半透明のカメラを出現させた。〈視界念写〉ってのも簡単にできる昨今だけど、『写真』はやっぱりカメラというアイコンに強く紐づいている。撮られる側としてもタイミングが分かりやすいし。

 カメラレンズがわたしたちを向いた。ポーズはどうしようかな。でもやっぱり喜びを表現するには……ハグしちゃおう。


「ゆ、ゆかりさんっ!?」

「ピース! ほら、うさぎちゃんも」

「撮るよー」

「えっ、えええっ! 待ってくださ――」


 パシャリ。どんな写真になったかは、現実世界に戻ってからのお楽しみってことで。


◆◆◆


 その後はクラスみんなで集合写真を撮ったり、教室に戻ってプチ祝勝会をしたりして、下校ログアウトの時間を迎えた。精神を戻された現実世界の肉体は、驚くほどに軽い。無意識に額を触ったけど、ずっと巻き続けていたハチマキは影も形もなかった。


 翌日。わたしは朝から、うさぎちゃんと一緒に埼玉県のとある公園へと向かった。


「おはよ、みんな」

「やぁやぁ。昨日は優勝おめでとう」

「にゃっほー☆」


 そこに待っていたのはみふゆとしのぶ。つまりリア活部全員集合。この場所はみふゆたちが二人三脚の『ヒミツの特訓』に使っていた公園だったらしい。そこへ集まったのは、4人だけのちょっとしたをするためだ。


「さてと。まずは短距離でも軽く走ってみようかな」

「準備運動は入念にしてくださいね。現実世界こっちでケガしちゃったら大変ですから」


 適当な遊具を目印にして、よーいどん。白線も何もない砂利道を4つの足音が進んでいく。

 けど、すぐに音はバラバラになった。両脚サイボーグのうさぎちゃんと、全身サイボーグのしのぶちゃんが圧倒的な速さでわたしとみふゆの先を行く。


「ひゃー、やっぱ速いね」

「ぜぇ、はぁ、そういうゆかりんも中々じゃないの……?」

「サイボーグですからね。……もしかすると現実世界のほうが、同じ条件を揃えて競技するのって難しいのかもしれませんね」

「そうかもね〜。サイボーグ同士の勝負にしても、ボディのモデルスペックが全てになっちゃうし」


 そっか。サイボーグの身体は、限界が本人の努力じゃなくって使用モデルで決まってしまう。そんな環境じゃ勝負なんてする意味がない。プロスポーツの世界なら全選手のモデル統一みたいなルールも考えられているけれど、いち学校の体育祭のために全校生徒を同じ規格でサイボーグ化なんてさせられない。わたしだってそんなことで生身を捨てたくないし。

 そう考えると、一見不思議に思えるような『仮想空間の体育祭』というのも、競技の公平さやクラスみんなで一丸となる連帯感ってところでは現実より良いのかもしれない。

 まぁ、それで頭は満足でも身体が満足しないから、わたしたちは今日こうして運動しに集まっているのだけど。


「そうだうさぎちゃん、これ」


 遊び疲れて休憩中、わたしは提げていたショルダーバッグの中身を広げた。


「これ……『写真』ですか?」

「へぇ。よく印刷機があったもんだね。流石レトロマニア」

「いや、家には無くってね。けどひとつだけ思い出したの、印刷機がありそうなところ」

「うーんどこだろ? 東京にそういう専門店があるの?」

「ううん。正解はKopfloser Ritter――バイト先。そういえば最初に招待券を貰ったとき、あれ紙のチケットだったなーって」

「ってことは、わざわざ昨晩印刷しに行ったってことですか?」

「そういうこと。4人で撮ったのもあるよ」


 ツルツルした紙の表面にプリントされているのは、全てがバーチャルな実体のない景色。でも確かに昨日わたしたちが過ごした、思い出の景色。


 手でそっとなぞった4人の笑顔は、間違いなくわたしたちの笑顔だった。

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