ねこネコこねこ

 にゃーん。


 そんな声を、街の中で聞いた。

 それはうさぎちゃんと一緒にお出かけしていたある日のことだった。建物と建物の隙間から、確かに『にゃーん』って鳴き声を聞いた気がした。


「うさぎちゃん、聞こえた?」

「ゆかりさんも聞こえていましたか。この声……猫でしょうか?」

「猫だと思うけど……こんなところに?」


 猫もネズミもカラスもハトも、都心に近づけば近づくほど見当たらなくなる。いくら人間社会に適応できる動物と言っても、『ネオンの山脈』は生きづらいみたいだ。きょうび、彼らのような生き物たちは山脈のより向こうか、地方の都市でしか見ることはない。


 だからこそ、その声はハッキリと耳に届いた。にゃーん。また声がした。


「あっ、ゆかりさん! あそこ、あそこです!」

「えっどこどこ……あっ」


 うさぎちゃんが指さした、空調の室外機の下にある小さな空間。そこから顔だけ出してこっちを覗く丸い影があった。形状は確かに猫。だけど、その表面は明らかに金属で、顔は液晶パネル。

 つまり、あの子は。


「……猫のロボット?」

「のようですね。あの顔立ち、NAFナフ社の『ハッピィキャット』シリーズだと思います」

「よく分かるね」

「表情のバリエーションが豊富なんです。動きも本物の猫に近いらしくて、ロボット猫の中ではかなり有名なほうだと思います」


 ロボット猫は目線をわたしたちに合わせたまま、さらにもう一度にゃーんと鳴いた。あっ、奥に行っちゃった。


「追いかけてみる?」

「ええっ、あの隙間をですか?」

「うん。わたしたちなら通れそうじゃない? あの猫ちゃん、なんかわたしたちのことを呼んでるみたいな気がして」

「そうかもしれないですけど……って、ゆかりさん!」


 うさぎちゃんの返事を待たず、わたしは隙間へ足を踏み入れた。室外機を乗り越えると、思っていたよりも奥まで続いていたことが分かった。たくさんの配管が壁から生えているけれど、身体を横にすれば服を汚さずに通れそう。


「ちょ、ちょっと待ってくださいゆかりさん……!」


 後ろから慌てたようにうさぎちゃんが付いてくる。と、その時また鳴き声が。上の方からする……って、いつの間にか配管のひとつにロボット猫が登っている。滑らかな動きで金属の尻尾を振って、わたしたちを見下ろしていた。


「やっぱり、わたしたちのこと呼んでるのかな」

「分からないです。そもそも、猫なら『飼い主』がいるのでは」

「ペットってこと? ってあぁ、また奥に。とりあえず追いかけてみたら、何か分かりそうじゃない?」

「本当でしょうか」


 道路を行き交う車の音がだんだん遠くなっていく。突き当りまで進むと、裏道というか、普通に人が通れるくらいの幅の道に出た。わたしたちを囲む建物は、ネオンきらめく表側とは打って変わって、最低限の照明しかない無骨な壁を見せている。ロボット猫は向かって右側に座っていて、わたしたちと目が合うとまた歩き出した。


「ペットかぁ。うちは飼ったことないな」

「わたしもです。ときどき、欲しいなって思うことはあるんですけどね」

「へー? 飼ってそうなイメージだったけど。とか」

「そうですか? でも飼うとしたら、確かに小型かなって思います。わたしが住んでいるところ、大型はダメでして。ゆかりさんはペット、飼いたいって思うことありますか?」

「んー、考えたことなかった」


 そんな話をしながら、わたしたちはロボット猫の後をついて行った。いや、もしかしたら導かれていたのかもしれない。

 電柱の影。自販機の裏。立体歩道の支柱の根元。

 猫は逃げるでもなく、近づいてくるでもなく。ずっとわたしたちと一定の距離を保って、どこかへと歩き続けていた。


 やがて、また別の路地裏に入って進んでいた時。道の真ん中で座ったロボット猫は、わたしたちではなくどこかを向いてひと鳴きした。


 にゃーん…………ニャーン。


 続けて聞こえたその声は、ロボット猫の反響ではなく。


「あ……」


 フサフサとした茶色い毛並みに、クリンとした宝石みたいな瞳。それは紛れもなく、の猫だった。大きな1匹と、そのかたわらに寄り添う子供らしき1匹。物陰から現れたその2匹にロボット猫が近づくと、お互いのほっぺをすり合わせ始めた。まるでいつもそんなふうにしているみたいに。


「もしかしてこの子たち……あなたの、なの?」


 しゃがんで話しかけたわたしに、ロボット猫がみゃあ、と返す。3匹はギュッとくっついて、みんなでわたしたちを見つめていた。


「どうしてわたしたちを、ここに……」

「うーん、例えばお腹がすいてる、とか?」


 再びみゃあ、と返事。たぶんこれは肯定の声なのかな。それじゃあ……わたしはうさぎちゃんにこの場で待っててもらって、近くのコンビニで猫が食べられそうなものを買ってきた。人工肉バイオミート、サラダ用チキンテイストだ。

 袋を開けてあげると生き物猫たちが寄って来て、匂いや見た目を確かめてからムシャムシャ食べ始めた。よかった。


「この子たち、どうしてこんなところでご飯を探してたんだろう」

「……捨て猫、でしょうか。生き物のほうは分かりませんが」

「捨て猫……」


 ペットという言葉の意味するものが、動物からロボットやソフトウェアに変わっても。

 捨てられるペットという存在は、ゼロにはならないのか。そう思って少し悲しくなった。


「しかしゆかりさん、この子たちをこれからどうすればいいんでしょう」

「それが問題だよね……ロボット猫ですらわたしたちどっちも飼えないし、生き物はそもそも飼えないし……」


 これは困った。わたしたちは猫が見つめる中、しゃがみ込んでうんうん唸り声を上げた。

 と、目を閉じてあごに手を当てていたら、視界の右上に表示させていた地図アプリがふと目に入った。


「ねぇ、うさぎちゃん。ここって確かさ……」


◆◆◆


 抱えていた猫たちを地面に降ろすと、猫たちは興味深そうに柔らかい足元を踏みしめる。その足がササリササリと小さく緑を揺らすのを見ながら、わたしは「こんにちは」と遠くの影に挨拶した。


「――――まぁ。こんにち、は。また、きて、くれたんですね」

「お久しぶりです。あの、今日は……お願いがあるんです」


 色褪せた鳥居のそばで、わたしたちはその人を待った。名前のない神社。その神主さんはあの時と同じ姿で、1歩ずつ時間をかけてわたしたちの前に立つ。


「その、この猫たちを……ここで暮らさせてあげられませんか」

「まぁ……この、ねこたちは?」

「わたしたちも、詳しいことはよく分からないんです。けど、建物の隙間で3匹集まって、お腹をすかせてて」

「でもわたしたちじゃ、この子たちは飼えないから……せめて、路地裏よりも居心地の良いところに、って思ったんです」

「――そう、なんですね」


 神主さんがスッと腰を下ろして、猫たちに手を伸ばす。すると猫たちは3匹とも神主さんの下に集まって、手のひらが子猫の頭を撫でた。


「ごはんは、おふたりに、おてつだいして、もらうかもしれませんが」

「もちろんです! じゃあ……!」

「にぎやかになって、きっと、かみさまも、よろこびます」


 神主さんが優しく笑う。わたしたちはお礼と一緒に、社殿へお参りした。突然ごめんなさい神様。この子たちをよろしくお願いします。


 振り返ると猫たちが3匹並んで、全員でどこか一点を見上げていた。もしかして、神様が見えているのかな。空から降り注ぐ陽光が、生き物猫の毛並みとロボット猫のツヤをひときわ輝かせていた。

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