笑うことが出来なくなった【傾国の美少女】を全力で幸せにしようと思います
皐月陽龍 「他校の氷姫」2巻電撃文庫 1
第1話 疎遠になった幼馴染は【傾国の美少女】と呼ばれるようなモデルになっていました
「なあ、今月号やばくね?」
「【傾国の美少女】が表紙に使われてるやつだろ? 俺初めて雑誌なんて買ったわ」
道行く人々、皆が同じ話をする。
それも、今日発売の雑誌『Unreal Beauty Girls』こと『UBG』の表紙を彼女が飾っているからだ。
「コンビニで見つけた瞬間の鳥肌エグかったよね」
「私ちょっと怖くなっちゃった。あれって人形じゃないんだよね」
「実在するよ。私の友達に読モ時代知ってる子居るし」
歩いても歩いても、老若男女問わずみんな彼女の話しかしない。それほどまでに、彼女の存在は圧倒的だった。
「【傾国の美少女】なんて大層な二つ名付けられてるけどさ。あれで名前負けしない顔とスタイル持ってるんだからやばいよね」
「知ってる? どこか忘れたけど、どっかの国の王子から連絡来たこともあるって噂らしいよ」
「マジで傾国じゃん」
「あの国の有名な石油王が求婚したとかも聞いたことあるよ。まだ高校生……じゃなくて中学生でしょ?」
「ロリコンじゃん。……いや、そーでもない? 子供らしさってか中学生らしさ全然ないよね」
「分かるー。私より年上って言われても信じそう」
どこまで歩いても彼女の話題は尽きない。
歩道の端に移動し、ふと手に持っている袋から一冊の雑誌を取り出した。
その表紙を見ると呼吸が止まってしまう。
周りの音どころか、自分の心臓の音も聞こえなくなって――時間すら止まってしまったんじゃないかと錯覚する。
「――綺麗だな」
俺が最後に見たのは、小学校二年生から三年生に進級する直前。もうかなり昔のことだ。
俺――
……昔のことだから。彼女は俺のことなんて覚えてないだろうけどな。
表紙を飾る彼女の姿を見つめながら、そんなことを考える。
彼女の表情にどこか違和感を覚えたものの、気のせいだろうなと俺は雑誌を袋に戻して帰路についたのだった。
◆◆◆
幼馴染がトップモデルになったことを知ってから数年後。俺は高校生になっていた。
「おー。同じクラスだ。やったな、時雨」
「……」
「ん? どした? 小学校の頃の友達でも居たか?」
今俺の隣で話しかけてきているのは、
彼とは同じ高校に進学したのだが――そこで一つ問題が起きた。というか今問題が起きた。
「え、あれ?
「……え!? 榊原椿芽ってあの!?」
「ん? ……お、まじじゃん。え、あの【傾国の美少女】がこの高校に!?」
辺りがざわつき、隣で白尾がおー、と声を上げる。
「まじかよ。すげえな。同じクラスに芸能人とか。……ん? どした? 時雨。顔色悪いけど」
「…………なんでもない」
思わず驚いてしまい心臓が軋んだが、ふうと息を吐くと少し落ち着く。
……俺のこと、覚えてないよな。さすがに覚えてないだろうな。
「気分悪いのか? 保健室行くか?」
「大丈夫だ。ありがとう。とりあえず体育館行こう」
「あ、ああ。そうだな。人多いしな」
ここに居ると鉢合わせる可能性がある。……時間の問題な気もするが、今は心の準備が出来ていない。
クラス表の前でザワつく生徒達から抜け出すように、俺は白尾の背を押して体育館へと向かった。
◆◆◆
体育館では入学式恒例……って言っていいのかは分からないけど、校長先生の話とか生徒会長の挨拶を聞いたりなど色々あった。
その時間が終わると教室へ移動だ。幸い、列で移動となっていたので彼女と顔を合わせることはなかった……が、彼女の後ろ姿を見つけた。探さなくても自然と見つけてしまった。
スタイルだけでももう常人からずば抜けている。背も程々に高く、しかし高すぎない。髪は日差しを反射するような光沢があって、歩く姿すら周りから浮いている。もちろん良い意味で。
案の定生徒達がザワついて、先生達が注意に回ったりしていた。入学式だからか、結構柔らかめの注意だ。
そのまま教室に着くと、黒板に席と番号が振られていた。当然ながら、出席番号は五十音順だ、
俺は……窓際に近い後ろの席。というか端のすみっこだ。めちゃくちゃ良い席だな。寝ないようにしなければ。
白尾は俺の前の列の前側の席。
榊原椿芽は――廊下から二番目の一番前の席だ。
そのことにホッとする。……名前的に近いことはないだろうと思ってたけど、席も離れていて良かった。
「席は五十音順だが、もし目が悪いとかあったら今のうちに言ってくれー。今日のうちに座席表作らないといけないんだ」
担任の先生が言って、少しの沈黙が訪れる。どうやら目の悪い生徒は居なさそう――と思った次の瞬間、俺の隣に居た女子が手を挙げた。
「ご、ごめんなさい、先生。目が悪いので前に行きたいです」
「ん? おお、分かった。じゃあそうだな。根城、どうだ?」
「すみません、先生。実は俺も目悪くて……一番後ろはちょっと」
「む、そうか」
なんとなく嫌な予感がする。彼女の性格が変わっていなければ、ここで手を挙げるだろうなと思って。
いや、でもさすがに大丈夫か。前の席の人なんて代わりたい人も多いだろうし――
「私が代わります」
「お、おお? いいのか? 榊原」
「はい」
――彼女の声は、随分と大人びたものになっていた。山を流れる小川のように澄んだ声。けれど、重厚感も纏ったどこか圧も感じる声だ。
それだけで……もちろん言葉の内容もあって、教室がざわつきはじめた。
「し、静かになー! 榊原、本当にいいのか?」
「視力は良いです。知り合いも近くに居るので」
彼女が後ろを向いて、俺はサッと目を逸らしてしまった。
……さすがに俺のことじゃないよな。近くに同じ中学出身の子とか居るんだろう。
「分かった。それじゃあ榊原の席と交換してくれ」
「あ、ありがとうございます! 榊原さん!」
「気にしないで」
隣から人の気配がなくなり、俺は全力で窓の外を眺めた。
いい天気だ。凄まじくいい天気だ。こんな天気のいい日はピクニックでもしたいな。ここ十年くらいやってないけど。
そんな現実逃避は――隣から掛けられる声によって、すぐに終わることになった。
「雪月くん」
「…………人違いじゃないですか?」
「ううん。雪月くんだよ」
苗字を呼ばれ、冷や汗が全力で出始める。絶対に全力の使われ方が間違っている……が、これ以上無視なんて出来ない。
処刑台に立つつもりで隣へ目を向ければ――そこには【傾国の美少女】が座り、こちらに顔を向けていた。
しかし、その表情は――俺が知っていた彼女のものから大きくかけ離れていた。
「……はい。
「知ってる。久しぶり」
「久しぶり、です」
既に俺らのやり取りに……というか彼女が声をかけてきた時点から、教室は大変なことになっていた。先生がどうにか鎮めようとするも、効果はほとんどない。
けれど、そんな中でも彼女の声と言葉は、一言一句たりとも聞き漏らすことはなかった。
「またよろしくね。雪月時雨くん」
「……えっと。よろしくお願いします。榊原椿芽さん」
どうにか言葉を返すも、彼女の言葉は上手く心に入ってこない。
その顔に昔の面影は少しだけあったが――それ以上に、大きく変わっていたから。
傾国の美少女。そう呼ばれる俺のかつての幼馴染は――目の光が消え、感情が全て抜け落ちてしまったかのような。そんな印象を強く抱いた。
同時に、あの日感じた違和感の正体はこれかと一人で勝手に納得するのだった。
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