星穹のオルフェノア ―星命の燈火―

黒崎雄斗

第1話「天翔ける少女」

 

―――――『冒険がしたいかい? エレノア』




 私は、父さんの話が好きだった。

 うんと昔、父さんのご先祖様が巡ったという、冒険の話。


「うん、行きたい! 冒険に出て、ふるさとへ行きたい!」

「エレノアが大きくなれば、自分の足で行けるさ」


 何処までも広がる空の彼方には、誰も知らない世界が待っている。寒い暗がりの夜空を指さして、私たちは天上に点在する瞬きに期待を膨らませた。 


「今すぐは、ムリなの?」

「うん、ちょっと難しいかな。それに、此処には母さんや爺ちゃん、友だちもいるだろう?」



 父さんは、他の誰よりも空を知っていた。

 お国に任命された、偉い衛星機士。

 重力に逆らい、暗がりに向かって登り、そこで空の彼方に浮いている一つの雲と共に、この星を護っていたのだ。

 

 だから、其処がどれほどの危険と隣り合わせな世界かを知っていた。


 どれだけ空が広いのか。


 どれだけ空が怖いのか。


 そして―――――、どれだけ空が美しいのかを。

 



「父さん。いつか――、私も飛べるかな?」

「嗚呼、勿論さ。その時が来るまでずっと、僕は君を見守っているよ」

「うん! ずっと、ずっと傍に居てね!」






広い世界と、眩い未来を示してくれた、私の父さん。


ある朝、空から落ちて、消えてしまった。

私は独り――――、「夜の闇」に取り残されてしまった。







あれから12年。

父さんの事を思い出さない夜は無い。


思い出は確かなものだけれど、時にその儚さは現実のこの身を凍てつかせる。

とても冷たく、淋しい風が心を刺す。

もはや、深い暗闇。


けれど、『青い星座』。

もうこんなに長い時が経つというのに、天蓋はあの頃と同じ様相で、私の頭上で輝いている。



だから私は、今もまだ夢を見ている。


暗く煌びやかな空へ飛ぶ―――――――、あの夢を。






◇ ◆ ◇


「いい…………空気」


 其処は、太古より一切姿を変えない、原初の森。

 高所の断崖から見下ろすその風景は、まさに圧巻。風は大きな息吹の如くそよぎ、木々を靡かせる。

 森の上を、自分より一回り大きな怪鳥が飛んでいる。森を抜けた平野では、獣の群れが秩序立って並び、駆けている。


 野生を肌で感じ、自分が「生きている」と心の底から実感できる。



 これから――――、私も翔ぶのだ、と。



「――――よし、集中……!」


 後ろで一本に結んだ父親譲りの長髪が、風に靡いて揺れる。

 黒髪だが微かに赤みがかっており、"父親の情熱の熱りが遺った"と言われた事がある。

 実際———、どうなんだろう。


 私の足元には、低空飛行を可能とする機装がある。

 正式名称を―――――「低空飛行板型機装エアロ・ボード

 エーテル流の流れに乗って、滑るように空を翔ける。

 ただし、高度な操作技術を必要とし、私の他に乗りこなせる者は殆どいない。


 だからこそ――――、気張れ。

 

 今この瞬間に至るまで、何度も練習を積み重ねてきたんだ。

 大気を翔ける際の感覚、気流の測定、噴出エネルギーの補充、そして勇気。

 必要なものは全て揃えた――――、つもり。



 あとはただ、この身を空へ―――――。


サン――、ィ――――、イチィ――――!」




 そして私は、空に向かってその身を投げ出す。


「いっけぇぇぇーーーーー!」


重力に従って、降下する。

次の瞬間、私は風と一つになった。

まるで天上の雲を突き抜けんとばかりに、一直線に上昇した。

数秒経つと、エーテル流の軌道に乗った機体は、徐々に安定していった。

余裕を掴んだ私は、ボードに集めていた意識を、眼下の景色へと向ける。


それは、私の想像を塗り替えた。


「凄い、――――――これが!」


 私の横で、鳥が一緒に飛んでくれている。

 まるで、私を「仲間」だと思っているのか、一定の距離から私を見守っているかのよう。

 このまま、こうして空をゆったりと飛ぶのも悪くない。




 けど、―――――だ。



「よし―――――、急降下!」


 ボードを下に向けると、エーテル流から抜け出していく。

 そして、下に広がる森に向かって、私は重力に従うように落下する。

 数メートル上の場所で体勢を立て直すと、そのまま森の中へと踏み入れる。


「痛っ……! ちょっと掠った」


 脛に枝が掠り、傷が付く。

 されど、この程度は上等。

 右へ、左へと、広がる森の木を避ける。ひたすらに低空飛行を続けていく。

 一度でもまともに当たれば、きっと大怪我では済まない。

 しかしそんな恐れは、向かい風が更なる期待を運んで、洗い流してくれる。


 身体を右へ、左へ、時に回転するようにして、森の中を駆け巡る。

 やがて、その先にある光が差す場所に向けて、私は速度を上げていく。


「良し、よし! 私――――――、最高!」


 そうして、森の開けた場所に待ち構えていたのは―――――。









「これって―――――!」


 これまで見たどんな植物よりも、巨大な樹木が其処にあった。

 人跡未踏の、この森の奥地にて、『主』の如く聳え立っていた。

 その圧倒的な存在感を前に、私は言葉を失くした。


(嘘でしょ…………、こんなが存在するの⁉)


 滑空中である事すら忘れるほど、私はその屹立した樹を見上げる。そんな茫然状態から帰り、今まさに目の前に迫る樹の壁に、ようやく気付く。


「げ、――――ヤバっ!」


 思わず姿勢を上に向けて、樹木を下から沿うように上昇していく。

 間近に居ながらも、まともに見ることすらできない。

 今はただ、再び上空に向けて進むのみ。







 その、わずかな刹那。

 私の目に、確かに『人影』が映った。



「…………え?」



 誰もいない、居るはずがないこの場所で。

 そこで私を見て、その顔は凛としていた。

 あの眼差しに、私は妙な懐かしさを憶えた。



―———むかし、あの人影と何処かで会ったような。



 時が止まったかのような感覚から帰ると、私は森の上空へと飛び出た。

 それでも尚、大樹の上を往くことは叶わず、そのまま軌道を変えて元の地点へと向かう。


『警告――――バッテリー消耗。墜落の危険があります』


「…………おっと」


 概ね計算通りだったが、リミットは想像より早かった。

 飛行の際に噴出するエーテル波、それを発生させるエネルギーが底を尽きたのだ。

 今すぐ安全な場所で着地しないと、地面に向けて真っ逆さまに落ちる。


 先程の崖付近が遮蔽物も少ない。

 だから、そこへ目掛けて速度を上げていった。


「お願いだから、間に合ってぇー…………!」

 

 目標の場所まであと少し、確実に着地しなければならない。

 メータに注意を向け、私は気を引き締める。

 



 だけど、その日の私は、どうやら運がなかったらしい。


「うわっ!」


 急な気流に身体が奪われてしまい、更にはボードが足から離れてしまった。無論、あとは落下する他無い。


「惜しいーーー!」


 幸い、高度はさほど高くなく、対衝撃用の防護服も着用していた。更には、偶然に下は湖で、落ちてもきっと問題はない。

 そのまま私はボードと共に湖に落ちた。


 水面から顔を出し、泳いで岸に上がるよりも、意識は思索に夢中になった。身体を水面の浮力に委ねながら、光差す晴天を見渡していた。



だなぁ…………」



 純粋に、悔しかった。

 けれど、それ以上にあの風の心地良さに、未だ胸が踊っている。

 

 結果は失敗。

 されど、今回の飛行体験はまごう事なく成功と言える。

 凡ゆる挑戦は「トライ」&「エラー」あるのみなのだ。むしろ初回でこれほどの成功体験は上場とも言っていいだろう。



 

 ———一方、上昇前に見た人影アレは、一体何だったんだろう。


 ふと疑問が過ぎると、冷静になった私は岸辺まで泳いで這い出た。

 顔を上げると、誰かの足元が目に入る。その人影が何なのか、私は一瞬で悟るも、同時に落胆した。


「ようやく見つけたぞ、

「……なんでここに居んのよ、エドガー」

「貴様は問題児だからな。そのボードに位置情報を送る発信機を付けておいた」

「えぇ、それって…………」


 誰がそれをやったのか、凡その検討がつく。

 同時に、これから長々とされるであろう説教も、大体想像つく。


 憂鬱だ。

 そうして私は、『学院』という牢獄じみた場所へと、連れていかれた。




◇ ◆ ◇ 


 午後14時頃。

 エレノアの教室では現在、エドガー・ウィンドルドによる「星霊学」の講義が行われている。


「諸君も知っての通り、我々は星霊力エーテルを用いる事で、様々な技巧や術式を開発してきた」


 彼は星霊学の第一人者で、これまで幾つもの星霊機装の開発に携わってきた。一方で、成績が芳しくないものには容赦がなく、「鬼教官」として知れ渡っていた。


「エーテルは、万物を構成するとされる元素。故に、この世界に生きる者達は、長い年月をかけてエーテルの研究を進めてきた。未だ、その全貌は明かされておらずとも、今こうして、我々はエーテルを用いた道具や機装を編み出してきた」


 すると、エドガーが教壇の上にとある機装を置く。


「例えば、この星霊光刀エーテル・ブレイド。軍や警備隊にも配布されている、最も一般的な戦術機装。エーテルを刀身に圧縮させ、高度な刃として振るう。この中にも、既に実習にて体験した者も何名かいるだろう」


 時に、男子生徒が「浪漫」を抱くとされる、近接戦特化の機装。

 このクラスにも、軍への所属を希望する者や、趣味として扱う者もいる。

 ただし、扱うためには「免許」が必要となり、無断で使用、及び保持すことは違法となる。


「では、実際に刀身の出力を行ってもらおう。学生番号――二十四番」

「お、ワイか」


 指名されたのは、学院でも優等生として称される男「オルファス」。

 彼は教壇の前に立つと、エーテル・ブレイドを手に取って、起動コマンドを入力する。


 青白い光を発して、刀身が発現した。

 尚、こうして刀身を発現させるだけでも、一定の練習が必要となっている。


「流石だな、オルファス」

「当然や。ワイは将来、国家を担うべき男。こんくらい出来てなんぼの…………」

「だとすれば猶更、相応しい口調を正しく使えと、何度言えばわかる」

「うるさいわい! オカンの口調が移ったんや!」


 鬼教官を前に、躊躇いなく反論をするオルファスに対して、周りの生徒は失笑を浮かべる。

 実際、他の生徒であれば、軽く拳骨が入っているであろう。


「まあ、よろしい。では席に戻れ」



 そう言われて、オルファスはガニ股でズカズカと席に戻る。

 その堂々とした後ろ姿に、エドガーは呆れと微かな笑みを溢した。


「…………さて、エーテルの操作は、次代を重ねる毎に進化と発展を遂げている。我々は、常に先の可能性を見出し、それを実現させる義務がある。このエーテル・ブレイドだけに非ず、あらゆる技巧や機装が、やがて国家の中枢を担うであろう。諸君も、その事を常に留意し、より勉学に励むように慎め」


 そうして、エドガーはエーテルブレイドを仕舞い、講義を終えようとする。




「…………では最後に、本日のおさらいといこう」


 ドン――、とエドガーが教壇を叩いた。

 機装が振動で音を立てて揺れる。


「エレノア・ルティーゼッ!」

「んあ?」

「貴様に問おう、本日の授業において、エーテルの研究は何に繋がると、私は発言した?」


 何故、急にエドガーがエレノアに質問を下したのか。

 それは無論、彼女が終始居眠りをし、授業内容を一切聞いていなかったように見えたからである。

 事実―――――、その通りではあるが。


「…………ええと」


 エレノアは、眠気でボヤけた思考を鮮明にさせる。

 教版に描かれた内容。

 教壇に置かれた機装。

 隣席のクラスメイトのノート内容。

 

 

 ―――――概ね察せる。

 

「"国家の発展とその柱軸"を担う技術革新、でしょ?」

「…………具体的には?」

「『エーテル研究』。つまるところエーテル流の原理を解き明かし、それを国家の繁栄に活躍させるという、我が星の理念の基盤たる指針。それは我が星のが契られし、尊き柱たる主を介して、天上のより齎される恵みを、惑星市民として讃美し、その栄光を享受する為に不可欠な"理性的義務"。…………どう? 何か"相違点"はあります?」


 つまらなさげに淡々とエレノアは紡ぐ。

 その様を静聴していたクラスメイトは思わず「おぉ〜」と簡単の声を溢れさせ、拍手を送った。

 それもまた、エレノアにとってはつまらないものである。


「…………聴いていたのなら、それで良い。時折り、当てずっぽで言い当てようとする不埒者も居るからな」

「優秀な生徒を疑うだなんて、不埒な教師も居たものね〜」


 軽口を叩いているようで、エレノアのその口調に攻撃性が孕んである事は、エドガーは無論、クラスメイトの誰もが察していた。

 しばらく、静かな緊張感が二人の間に走る。


 エレノアという少女にとって、学院での授業はさほど重要なことではない。全て把握し理解出来ている彼女は、学業を全く持って不毛な代物と判断している。

 何故ならエレノアにとって「国家への奉仕の為の教養」ほど、偽善的で無価値に思える知識は無いからである。


 そうして「不良優等生と鬼教師の睨み合い」によって、授業が絞められた。




◇ ◆ ◇


―――――『星章学院アーストゥラ・アカデミア』。


 ソルティア連邦最大の人材育成機関である。

 大陸の中央にある「央都」の、そのまた真ん中に位置して立っている、地図を見ても地理的に観ても非常に分かり易い場所である。

 戦闘教義、星の歴史、生態論理、技術開発など、他諸々の多くの学問を通して、学徒たちは知恵と技術を修得していく。


 全史的に観れば歴史は浅いが、この学院が設立されて以来、この国は目まぐるしい進化と発展を繰り返してきた。

 毎年、教養と志のある多くの若者を引き入れ、国の前線に駆り出す優秀な人材を輩出してきたからである。


 敷地内には、本棟(第一棟)と実験棟(第二棟)。

 昼の木漏れ日や夕陽が差し込む本棟の中庭兼大講堂。本棟と渡り廊下で繋がった資料館。第二棟は第一よりも一回り大きく、よく学院外から来客が出入りしている。屋内外に数種類の修練場と、備品倉庫。食堂も別棟で個別になっている。


 学徒が学ぶ上で多くの利便性を機能する最先端の設備も揃っており、学徒によっては帰宅せずに学院内で一晩を明かし、研究に没頭するという者の話もある。




 そんな学院の一日の学業を終え、学徒であるエレノアもまた教室にいる。

 ちょうど、件の昼の無断欠席や授業態度で散々と怒られ、不貞腐れているところであった。


「まーたアンタは、何回怒られたら気が済むの?」

「だって、意味無いじゃん」

「そりゃ、アンタは何故か成績上位で、単位も足りてるけどさ」

「でしょ? だったら授業聞くだけ、暇なだけだよ」


 エレノアがそう話している相手は、幼馴染の少女「メディス」であった。


「ねぇ、メディス…………」

「嫌だ」

「まだなんも言ってないじゃん」

「どうせ、私の代わりにボード取り返してきて、でしょ?」

「………………」


 ボードに位置発信機を取り付けたのは、やはりメディスであった。

 あのエアロ・ボードは元々エレノアが個人的に購入した者を、半ば強引にメディスに頼んで改造してもらった代物である。

 それはメディスからしても「せっかく作ってあげたのに」と不満が残るのである。


「ねえ、なんでなんて付けたのよ」

「飛行型機装の無免許運転なんて冷静に考えなくたって危ないでしょうが。何かあった時の為に取り付けるのは常識よ。別にエドガーは関係無い」

「…………むぅ」

「むぅ、じゃないわよ。可愛いヤツだな、このっ!」


 今日だけに飽き足らず、エレノアはしょっちゅう授業をさぼっている。その度に、逃げて、捕まって、説教されてを繰り返していた。

 だが、それは何も「不良だから」などという安易な理由だけではない。


「それで? 目当ての場所は見つかったの?」

「うん、一応ね」

「ホントにあったんだ。

「私も最初は目を疑ったわ。あれは植物というより、森そのものの化身みたいだった」


 エレノアの専攻科目は「環境生態学」である。

 簡単に説明すると、自然環境の調査及び、原生生物の生態の解明を行う。数ある学科の中でも、少数派であり、応用研究科でありながら好ましい印象は持たれてない。

 彼女のさぼりの理由の殆どは、実のところフィールドワークであった。

 しかも、その為に赴いているのは、央都の外れに位置する「禁足域」という場所。その名が示す通り、許可がなければ立ち入りを禁じられている。


 尚、エレノアは正式な許可を得ていない。にもかかわらず、独自に侵入を繰り返し、生態系の調査を行っていた。

 理由は当然、正当に申請しても受諾されなかったからだ。

 

それだけで本人の研究心を止める事はできなかったのである。


「んで、また行くの?」

「まあ、当然でしょ。ちょっと気になることもあるし」

「じゃあそん時は、アタシも連れて行ってちょうだい」

「なんでよ」


 そうして駄弁る二人の間に、もう一人の優等生が割って入って来る。


「待たんかい、エレノア」

「…………オルファス……」


 オルファス・アイン・ヴァネット。

 由緒正しき「ヴァネット家」の嫡男であり、両親も政府の重鎮だという。

 自身もまた、優秀な成績を修め、将来は「都市防衛部隊」への所属を希望しているという。

 ただ、成績はいつもエレノアに一歩劣っており、(一方的に)ライバル視している。


「ホンマお前はいつもいつも、何べん問題起こせば気が済むんや。もっと、この学院の生徒としての誇りや矜持はないんか?」

「ないよ、そんなもの。そして要らない」

「己はホンマぁ!」


 すると、憐れむような目線を向けて、メディスがオルファスに語り掛ける。


「まあまあ、オレンジ君」

「誰が果物や!」

「いくら自分が連戦連敗だからって、そうやって絡んでも疲れるだけだよ?」

「う、うっさいねん! 己には関係ないやろがい!」

「関係あるよ、そりゃ。アンタの声って耳に響くんよ。だからもうちょい抑えてよ、オットセイ君」

「おまんらは、ええ加減に名前を覚えんかい!」


 もはや「漫才」と化していた。

 だけどそれは、あまりエレノアに干渉させたくないという、彼女なりのフォローである。

 ただ幾ら他人の名前を覚えるのが苦手とはいえ、いい加減、オルファスほど突っかかってくる人間の名前くらいは覚えてあげてもいいのではなかろうか。と、エレノアは内心呆れつつあった。


 本来なら、それで済むのがいつもの二人のやり取りである。

 しかし、今回はそうはいかなかった。


「ワイはなぁ、何もかも中途半端でいい加減にして放棄する己の事が気に入らんのや、エレノア!」

「なにそれ、アンタがエレノアの何を知ってんのよ」

「知らんがな! ただワイは、バカ真面目に頑張っても報われんくて、泣くのも我慢して代わりに血と汗を流す輩をごまんと知っとるのに、己みたいなふざけたヤツだけが認められるんが、腹立たしくて仕方ないんや!」


 エレノアの肩が、一瞬揺れる。

 これまで笑い事で済んでいたオルファスの言葉から、自分の中の核心を突くような怒りを感じたのだ。

 

「じゃあ何よ、誰かに謝れとでも言いたいの――――?」


 やや琴線に触れた様子のメディスが、掴みかかる勢いで言い返す。

 しかし、オルファスの勢いは衰えない。


「ちゃうわい! そない傲慢な事は言わへんけど、頭キレんならそれなりの姿勢は守れっちゅうねん! さもないと、へし折れたヤツらの顔立たんやろがい!」

「…………だから、そんなの知らないってば」


 エレノアの口から、小声でそう溢れる。

 そんな様子を見兼ねたメディスが、強引にエレノアの手を引っ張る。


「もういい、行こ」

「あ、ちょー待たんかい!」

「じゃあねぇ、オッタマゲータ君!」

「だから、ワイはや!」


 教室を出たエレノアは、一段と暗い表情を浮かべていた。

 それを見て、メディスは心配そうに声を掛ける。




「大丈夫、エレノア? 別に、あんなの気にしなくていいよ」


 メディスが掴んだ手を揺すって、俯いた様子のエレノアに声をかける。


「……何よ、他人がどんだけ努力したとか、知ったこっちゃないわよ。叶えられる夢あるだけ良いじゃない、私なんて。わたし――――」

「…………エレノア」


 メディスが、縮こまったエレノアの両肩を掴む。


「アタシ、正直アンタが何にそんな悩んでるのか、分かってない。でもアンタなりに必死だってのは、分かる」

「メディス…………」

「でも他人に理解されなくたって、その心に灯った情熱だけは消しちゃダメよ」

「……うん」

「だって私は、昔アンタのそういうところに…………」


 そこまで言い掛けて、メディスは俯く。

 首を振って、再度エレノアの両肩を叩く。


「…………うん、よし。帰ろうか」

「うん」

「なんか奢るよ」

「うん」

「それとも何かお願い聴いてあげよっか?」

「それじゃあ、ボード取り返してきて」


 数秒、キョトンと止まる。


「ううん! ちゃっかりされてますなぁ、うちの姫は! だが断わーる!」

「ちえっ」


 損なわれた元気が微かに取り戻され、二人は笑って学院を後にする。












 かつてエレノアが通過した森の奥、巨大樹木の下。

 その人影は、植物のように無機質な声で、そっと呟いた。




 ―――――――『何が、淋しいんだ? エレノア』

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2024年11月29日 20:00
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星穹のオルフェノア ―星命の燈火― 黒崎雄斗 @Xero_LastStory_69

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