第18話 タッグ戦
闘技場の中央に銀の鎧を装備した巨大な男が立っていた。
背丈は二メートル五十センチ以上あり、体重は三百キロを超えているだろう。
肌は褐色で背中に黒い大剣を背負っている。
あれがガルドルか。見ただけで強いってわかる外見だな。
ガルドルはゆっくりと俺に近づき、結んでいた唇を開いた。
「お前が十三魔将を倒した異界人の月見秋斗か?」
「ああ。そうだ」
俺はガルドルの問いかけに答える。
「……ふむ。強さを感じられないが、まあいいだろう。俺にとって重要なのは、お前の実績だからな」
「実績って、ザルドールを倒した実績のことか?」
「そうだ。十三魔将を倒したお前を俺が殺せば、俺の強さはさらに世に広まることになる。ついでに金ももらえるからな」
ガルドルは牙のように尖った歯を見せた。
「これはお互いが納得して戦う試合だ。殺されても文句は言うなよ」
「……そう……だな」
俺は自分より一メートル近く背が高いガルドルを見上げた。
まずいな。ガルドルもメルダも殺る気満々じゃないか。時間稼ぎが通用しない可能性が高い。
「では、皆さん。準備はよろしいですか?」
審判らしき男が俺たち四人を見回した。
「鐘の音が鳴ったら試合開始です。降参する時は大きな声で宣言してください。また、降参した相手を攻撃することは禁止ですからね」
「わかってるわ」
メルダが軽く右手を上げた。
「強引に殺したりはしないから」
そう言って、紅を塗った唇を舐める。
メルダたちと離れると、うにゃ子が俺の腕を突いた。
「秋斗。まずはうにゃ子が攻めるにゃ」
「んっ! 【動画モード】は戦闘力が上がるのに時間がかかるんだろ? 大丈夫なのか?」
「ふっふっふっ。【ランダム召喚】のスキルを使えば時間は稼げるにゃ。それどころか、ドラゴンを召喚すれば、二人ともすぐに降参するはずにゃ。まあ、まかせておくにゃ」
うにゃ子は胸に手を当てて呼吸を整える。
そして――。
「みんなっ、ニャロニャローッ! へっぽこVチューラーの桃玉うにゃ子にゃあああ! 今日もよろしくにゃ!」
うにゃ子は左手のピースサインを目元に当て、大きく舌を出した。
「今、緊急で動画を回しているのにゃ。にゃんと、うにゃ子は闘技場で決闘することになったのにゃ。相手は強そうな二人組にゃ。でも、安心するにゃ。名誉うにゃPの秋斗がいっしょに戦ってくれるからにゃ」
【動画モード】に入ったのか、視界に文字が流れ出した。
【おおっ! タッグ戦か。がんばれよ、うにゃ子】
【よし、殺せ! 神の俺が許す】
【うにゃ子が死んだら、俺も死ぬ。だから、死ぬな!】
【うにゃ子、応援してるからね。大好き☆】
【みんな、さっさと高評価ボタンを押せ! うにゃ子の戦闘力を上げるぞ!】
【了解した。ポチっとな】
【う、うにゃ子……今日のぱんつの色は?】
【だから、エロコメ止めろって!】
相変わらず、神様たちは好き勝手な書き込みをしてるな。まあ、これで、うにゃ子の戦闘力が上がるのなら、問題ないか。
「では、試合開始です!」
鐘の音が鳴ると、うにゃ子が俺の前に出た。
「一気に決めるにゃ!【ランダム召喚】発動っ!」
うにゃ子の頭上にルーレットのような円盤が具現化した。円盤の端側には多くのモンスターのイラストが描かれている。その円盤が回り出し、数秒後に止まった。
軽やかな電子音とともに、青い半透明のスライムが召喚された。
スライムは体長三十センチほどで饅頭のような体形をしている。
「にゃあああああああ! 最弱のスライムが召喚されたにゃ!」
うにゃ子が絶叫した。
【おいっ、うにゃ子。何やってんだ? 一番弱いモンスターじゃないか】
【あ、やらかしたな。さすが、へっぽこVチューラーだ】
【撮れ高的にはよかったぞ。でも、これで、うにゃ子死亡確定かもな】
【さよなら、うにゃ子】
【桃玉院配信猫姉】
【おいっ! まだ戒名をつけるのは早ぇよ!】
「あははっ! 面白い子ね」
メルダが甲高い笑い声をあげた。
「召喚魔法には大量の魔力が必要なのに、それでスライムを召喚するなんて。ほんと、おバカさんね」
「バカバカしい」
ガルドルが大剣を振ってスライムを真っ二つに斬った。
「メルダ。さっさとその女を殺せ。俺が月見秋斗を殺す」
「にゃああああ!」
うにゃ子が俺の背中に隠れた。
「作戦変更にゃ。うにゃ子の戦闘力が上がるまで、秋斗ががんがるのにゃ」
「結局、こうなるのかよ」
俺は幻魔星斬を握り締め、近づいてくるガルドルを見つめる。
こいつらは本気で俺を殺そうとしている。ならば、こっちも覚悟を決めるしかない。
最悪ガルドルたちが死ぬかもしれないけど、反撃されないように、それなりの力で攻撃する!
「この世界はVRゲーム。こいつらはゲームキャラ、ゲームキャラ、ゲームキャラ……」
「何を言ってる?」
ガルドルが首をかしげた。
「死の恐怖で心が壊れたのか?」
「本気を出すための呪文みたいなもんだよ!」
【無敵モード】発動っ!
俺は幻魔星斬に魔力を注ぎ込む。紫色の刃がハンマーのような形に変化した。
「んんっ?」
ガルドルが腰を落として、大剣を斜めに構える。
構えなんて関係ないなっ!
俺は一瞬でガルドルの側面に移動した。そしてハンマーの形になった幻魔星斬を叩きつける。銀の鎧が砕け、ガルドルの巨体が十メートル以上飛んだ。
よし! 残りは……。
俺は驚いた顔をしているメルダに突っ込んだ。
「あっ……くっ!」
メルダは呪文を唱えながら、短剣を突く。だが、その動きは【無敵モード】状態の俺には、とんでもなく遅く感じた。
俺は幻魔星斬を斜め下から振り上げる。ハンマー状の刃がメルダの腹部にめり込み、彼女の体が闘技場の端の壁に激突する。
「があっ……」
メルダは目と口を大きく開いたまま、ゆっくりと前のめりに倒れた。
三……二……一……。
【無敵モード】の時間が終わり、クールタイムの数字が新たに表示される。
これでどうだ?
俺は倒れているメルダとガルドルを交互に見る。
二人とも倒れたまま、ぴくりとも動かない。
よし! 最初の十秒で倒せたか。後は二人が死んでないことを祈ろう。
数秒の沈黙の後――。
「うあああああ!」
観客席から歓声があがった。
「すげぇ! あっという間に倒しやがった。さすが、十三魔将を倒した異界人だ」
「あ、ああ。あのガルドルが一撃だぞ。信じられん」
「あいつ、スピードだけじゃないぞ。パワーも圧倒的じゃないか」
「複数の戦闘スキル持ちってことだろう」
「この強さ……七人神に匹敵するんじゃないか?」
「かもしれんな。あいつらの強さも規格外だが、月見秋斗の強さもとんでもない」
同時に神様たちの書き込みも視界に溢れた。
【よくやったぞ、秋斗。さすが、名誉うにゃPだ】
【お前はうにゃPの誇りだ。認めてやる】
【いや。勝ったのはいいが、瞬殺じゃないか。うにゃ子が活躍してないぞ】
【こいつ、ほんとに空気読めないな。うにゃ子に止めを刺させろよ。俺たちはそれを望んでいるんだ】
そんな余裕はないんだよ。
俺は心の中で書き込みに突っ込みを入れる。
十秒で倒さなければ、クールタイムの一分で俺たちが殺される可能性があったからな。
「あ、ありえない」
壁際で試合を見ていたダニエルが掠れた声を出した。
「メルダとダニエルが一瞬で倒されただと? そんなこと、あるわけがない」
「これが現実にゃ」
うにゃ子が俺の隣で胸を張った。
「うにゃ子と秋斗は最強のコンビなのにゃ。お前はうにゃ子たちに戦いを挑んだ時点で負けていたのにゃ」
「ぐ……くそっ!」
ダニエルはぎりぎりと歯を鳴らして、アドレーヌを指さした。
「アドレーヌっ! 今回は負けを認めてやる。だが、お前は運良く強い奴を見つけただけだ。お前の実力ではないことを覚えておけ!」
そう言うと、ダニエルは俺たちに背を向けて去っていった。
ダニエルって、ほんと嫌な奴だな。アドレーヌは妹なのに、こんな負け惜しみを言うのか。友達にはなりたくないタイプだ。
「秋斗様。申し訳ありませんでした」
アドレーヌが深く頭を下げた。
「こんなことになる前に、私がダニエルお兄様を説得できればよかったのですが」
「気にしなくていいよ。あの様子じゃ、説得なんて無理だと思うし」
俺は胸元まで上げた右手を軽く振る。
「とにかく、勝ててよかったよ。これでアドレーヌが正しかったことを証明できたしな」
「……はい」
アドレーヌの青い瞳が潤んだ。
「やはり、秋斗様は未来の勇者です」
「あ、いや。それはまだわからないけどさ。は、ははっ」
人差し指で頬をかきながら、俺は視線を動かす。
メルダとガルドルが魔法医の治療を受けているのが見えた。
どうやら、死んでなかったようだ。
よかった。あいつらも嫌な奴らだったけど、死んでほしくはなかったからな。
俺は額の汗を手の甲でぬぐった。
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