十秒勇者

桑野和明

第1話 プロローグ

 夕陽が射し込む放課後の教室で帰り支度をしていると、幼馴染みの白神姫子しらがみひめこが声をかけてきた。


秋斗あきとくん、ちょっといいかな?」

「んっ、どうしたんだ?」


 俺は視線を姫子に向ける。


 姫子は女子にしては背が高く、つやのある黒髪を肩まで伸ばしていた。クラスの委員長をやっていて、多くのクラスメイトから好感を持たれていた。


 姫子は一歩前に出て、俺に顔を近づける。


「私たちのクラス、文化祭でミステリー物の演劇をやることになったでしょ。それで秋斗くんにシナリオを書いてほしいの」

「えっ? シナリオ?」

「そう。文芸部の秋斗くんなら書けるでしょ。中学の時にも異世界ファンタジー小説をネットで連載してたし」

「よく覚えてるな。そんなこと」

「すごく印象に残ってたから。たしか、タイトルは『異世界最強伝説アキト~無敵の力で百人の魔王を倒して、ハーレム生活を満喫まんきつします~』だったかな」

「やめろおおおおお!」


 俺は大声を出した。


「俺の黒歴史じゃないか! 思い出させるなよ!」

「黒歴史なの?」


 姫子が不思議そうな顔で首をかしげる。


「すごく面白かったのに。胸のおっきなエルフや猫耳の女の子が出会ってすぐに主人公のアキトに告白してくるところとか、すごく笑っちゃったよ」

「笑うなっ! あれは読者を意識して書いたんだ。モテる主人公のほうが人気だから」

「そうなの? てっきり、秋斗くんの願望を書いたのかと思ってた。主人公の名前もアキトだし」

「……ぐっ。と、とにかく、あの小説のことは忘れてくれ。俺も脳内から消去しておくから」

「うん。わかった。で、演劇のシナリオは書いてくれるの?」

「……ああ。ミステリーなんて書いたことないけど、やってみるよ」

「ありがとう。秋斗くん」


 姫子は笑顔で俺の腕に触れる。


「じゃあ、来週までにあらすじを考えておいてね」

「来週? 早いな」

「大丈夫だよ。秋斗くんならやれるって。私は信じてるから」

「信じてる……か」


 俺は姫子を見つめる。


 こいつ、昔から人の使い方が上手いな。まあ、姫子自身が一番大変な委員長をやっているんだし、手伝ってやらないとダメだよな。


 その時――。


 俺の足元で何かが光った。

 視線を落とすと、床に青白い図形が見える。それは円形で見たことのない文字がびっしりと書かれていた。


 え? 何だこれ? ファンタジーアニメに出てくる魔法陣みたいな。


 そう思った瞬間、魔法陣の輝きが増し、俺はまぶたを強く閉じた。


 十秒……二十秒……。

 どのぐらいの時間が過ぎたのか、わからない。

 俺はゆっくりとまぶたを開く。


「あ……」


 そこは教室じゃなかった。十畳ほどの真っ白な部屋で、壁際に二十代前半の女が立っている。

 女は白いシャツにグレーのスーツを着ていた。茶色の髪は短めで、すらりとした体型をしている。


「初めまして。私は異次元公務員の新人コロンです」

「異次元公務員?」


 俺は首をかしげる。


「そんな職業、聞いたことないけど?」

「それは当然です。あなたたちの世界にはない職業ですから」


 コロンは、にっこりと微笑んだ。


「創造神ネーデ様が造った世界を管理する職員と思っていただければ問題ないかと」

「創造神? えっ、夢?」

「夢じゃありませんよ。あなたは特別な存在なので選ばれたんです」

「特別な存在……」

「はい。特別な力を持つあなたなら、私が担当する世界にいる邪悪な魔王を倒せるはずです!」

「魔王って……」


 俺は口を半開きにしてコロンを見つめる。


 これって、ファンタジー小説によくある異世界転移ってやつか? マジでこんなことがあるのか。


 コロンは一歩前に出て、俺の手をぎゅっと握った。


「どうか、魔王を倒して世界を救ってください。白神姫子様」

「違うわっ!」


 俺はコロンの手を振り払った。


「俺は白神姫子じゃねぇ。月見秋斗つきみあきとだ!」

「えっ? 月見秋斗?」


 コロンは俺の顔をまじまじと見つめる。


「白神姫子様じゃないんですか?」

「違うよ。つーか、姫子は女で俺は男だ! すぐにわかるだろ?」

「あ……たしかに男……ですね。ちょっと待ってください」


 コロンは右手を動かした。すると、空中に半透明の板が現れる。

 眉間にしわを寄せて、コロンは板に表示されている文字を読む。


「……えーと、秋斗さん。もしかして、近くに白神姫子様がいませんでしたか?」

「いたよ。同じ二年A組のクラスメイトだからな」

「そのせいですね。少し魔法陣の位置がずれていたようです。あはは」

「あはは、じゃねーよ」


 俺は大きなため息をつく。


 特別な力を持っていたのは俺じゃなくて姫子ってことか。

 姫子は正義感が強くて、人に好かれるタイプだからな。特別な存在って感じはする。

 少し悲しくもあるけど、魔王がいるような異世界に行くよりは平和な日本で暮らしていたほうがいい。


「じゃあ、さっさと教室に戻してくれ。きっと、大騒ぎになってるだろうし」

「……えーと……それは無理なんです」

「んっ? 無理?」

「はい。別世界に転移するために必要な秘薬がなくなってしまいまして」

「はぁ? ってことは、俺はどうなるんだよ?」

「こちらの世界で生きていくしかないですね。すみません」


 コロンは丁寧に頭を下げた。


「すみませんじゃねぇよ! 俺は特別な力なんてないんだろ? 戦争も知らない日本の高校生が魔王がいるような危険な世界で生き残れるわけないだろ!」

「いえ。秋斗さんも少しですが特別な資質を持っているようです。これなら、いいスキルを手に入れることができるかも」

「スキル?」

「スキルとは神から与えられた特別な技術や能力のことです。この世界にいる人族は、最低でも一つはスキルを持っています。生活に役立つ【料理】や戦いで有利になる【腕力強化】のようなスキルを」

「戦いで有利になる、か」

「はい。もし、秋斗さんが戦闘スキルを手に入れたら、生存確率が上がります。とにかく、秋斗さんがどんなスキルを手に入れられるか確認しましょう」


 コロンは胸元から半透明の小ビンを取り出した。その中には青白い液体が入っている。


「これを飲んでください。そうすれば、あなたはスキルを授かるはずです」

「これを飲むのか。うーん」


 俺は小ビンを受け取り、うなるような声を出した。


 まあ、こうなったら、飲むしかないよな。毒ってことはないだろうし。


 俺は覚悟を決めて、一気に液体を飲み干した。

 一瞬、俺の体が青白く輝く。


「これでいいのか?」

「はい。スキルを取得した光が出ましたから。あとはどんなスキルを手に入れたかですね」


 そう言って、コロンは俺の肩に触れ、呪文を唱えた。


「……あっ、これは誰も持ってない超レアなスキルですよ。しかも戦闘スキルだから……んんっ?」

「どうかしたのか?」

「……い、いえ。何でもありません。あはは」


 コロンは頬をぴくぴくと動かして笑った。


「えーと、秋斗さんが手に入れたスキルは【無敵モード】です」

「【無敵モード】?」

「はい。【無敵モード】は最上位の戦闘スキルが七つ使えるようになる複合スキルです。【超神速】【超剛力】【超魔力】【物理攻撃無効】【魔法攻撃無効】【状態異常無効】【完全回復】で、一つ持っているだけでも圧倒的に戦闘で有利になれるでしょう」

「おおーっ! すごそうな名前のスキルばかりだな」

「ええ。生物の限界を超えたスピードで動けますし、巨大なドラゴンさえ持ち上げることができます。魔力が百倍になる【超魔力】もあるから、魔法を覚えれば使い放題ですね。しかも、物理攻撃も魔法攻撃も状態異常も無効ですから、ダメージを受けることもありません」

「それって、強すぎないか?」


 俺は首をかしげる。


「ゲームなら、完全にチートだと思うけど?」

「そうですね。複合スキルは戦闘や商売、農業などに特化したスキルの組み合わせなので、持っている者はその分野で成功することが多いです」

「そりゃ、成功するだろうな。多くのスキルを持ってるほうが圧倒的に有利だろうし」

「ええ。複数のスキルを持つ人族はそれなりにいますけど、複合スキルも含めて五つ以上のスキルを持つ者は、一万人に一人以下でしょう。しかも、【無敵モード】の中に入っているスキルは伝説級のスキルばかりですから」

「だよな。これなら魔王だって倒せるんじゃないか?」

「そっ、そうですね。【無敵モード】の時は、魔王の攻撃も完全に無効化するはずです」


 コロンは笑みの形をした唇を動かす。


「とにかく、スキルも手に入ったことですし、こちらの世界で生きていきましょう。多少のサポートはしますから」

「多少って、全面的にやってくれよ。そっちのミスじゃないか!」

「いやぁ、異次元公務員は地上の世界に直接関わることはできないんです。だから、魔王討伐もお願いしている状況で」


 コロンはぺこぺこと頭を下げる。


「とりあえず、このぐらいはサービスさせてもらいます」


 コロンが呪文を唱えると、俺の学生服がダークブルーの服に変化した。腰には茶色のベルトが巻かれ、靴は茶色のブーツになっている。


「修復機能がある冒険者用の服とブーツです。あ、冒険者というのは、素材を採集したり、モンスターを倒したりして、生活している人たちのことですね」

「冒険者か。やっぱり、そういう職業があるんだな」


 俺は腕を組んで考え込む。


 正直、異世界に行ってみたい気持ちもある。それに元の世界に戻れないのなら、選択肢もないしなぁ。

 だけど、コロンの態度が少し気になる。笑顔がぎこしないし。


「あのさ。さっき、無敵モードの時は、って言ってただろ。そうでない時は無敵じゃないってことだよな?」

「そっ、そうですね。秋斗さんは普通の人間ですから、通常時は死ぬことがあります。ただ、【無敵モード】は一日に何十回も使えますから」

「何十回って、【無敵モード】の効果時間は何時間なんだ?」

「それは……えーと、十……ですかね」

「十分かよ! だいぶ短いな」

「いえ……十秒です」

「……え?」


一瞬、俺の思考が停止した。


「……十秒?」

「はい。でも、一分間のクールタイムで、また使えるようになりますから」

「いや、ダメだろ。その一分間で殺されちまうよ」

「大丈夫です。私が選んだ秋斗さんなら、なんとかできるはずです!」

「姫子と間違って、俺を転移させたくせに」

「それは過去の出来事です。今は未来のことを考えましょう」


 コロンは殴りたくなるような笑顔を浮かべて、俺に七色に光る石を渡した。


「これはお詫びの『虹の石』です。売れば、食事つきの宿屋に十日は泊まれると思います」

「詫び石かよ!」


 俺はコロンに突っ込みを入れる。


「それなら、一個じゃなくて百個くれよ」

「ええっ? クレーマーですか」

「それぐらいの大ミスをやらかしてるんだよ。あんたは!」

「あっと、そろそろ終業時間なので、秋斗さんを地上に転移させていただきます」


 コロンは素早く呪文を唱える。

 すると、俺の足元に魔法陣が現れた。


「おいっ! まだ、【無敵モード】の使い方も聞いてないぞ」

「強く念じるだけで大丈夫ですよ。では、新たな世界での人生をお楽しみくださいー」


 コロンがそう言うと同時に、魔法陣が輝き、俺は森の中に転移した。

 周囲は巨大な木に囲まれていて、地面には落ち葉が積もっている。空気は澄んでいて、どこからか鳥の鳴き声が聞こえていた。


「マジかよ……」


 俺の口から掠れた声が漏れた。


 まさか、間違いで異世界に転移するなんて。

 つーか、終業時間って何だよ! 聞きたいことが山のようにあったのに。


 深くため息をついて、顔を上げる。

 枝葉の間から、青い空と太陽が見えた。


 とにかく、人のいるところに行かないとまずいよな。森の中じゃ、安心して寝ることもできないし、水や食べ物も探さないと。


 その時――。


 ガサガサと茂みが音を立てて、緑色の生物が姿を見せた。

 背丈は百三十センチぐらいで、髪の毛はない。上半身は裸で茶色の毛皮を腰につけている。手には刃の欠けた短剣を持っていた。


 この生物……ゴブリンだよな。猫背で歯が尖ってて、ファンタジーアニメで見た姿と同じだ。


「ギャ……ギャギャ!」


 ゴブリンは黄色くにごった目で俺を見つめる。


 これは……どうなんだ? ゴブリンって悪いモンスターのイメージあるけど、絶対にそうとは限らないしな。もしかしたら、友好的な生物なのかもしれない。


「えーと……こ、こんにちは。俺の名前は月見秋斗……」

「ギャギャーッ!」


 ゴブリンが甲高い声をあげて、俺に突っ込んできた。



 ◇ ◇ ◇ 作者(桑野和明)より ◇ ◇ ◇


 この作品はカクヨムコン10に参加しています。

 笑いとバトルがメインのコミカル異世界ファンタジーです。

 楽しんでもらえるように頑張って書きました。


 面白いと思っていただけた方、応援してやるか、続きを読みたいな、と思った方がいましたら、ページの下の部分にある【♡応援する】や【★で称える】ボタンを押してもらえると嬉しいです。また、レビューや感想も待っております。


 *この作品に限らず、カクヨムコン10に参加している作品で、面白いものがあったら、♡や★ボタンを押してあげてください。きっと、他の作者さんも、すごく喜ぶと思います。

 

 よろしくお願いいたします(ぺこり)

 


 

 



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