第3話 綺麗な男性は人間ではなかった


 軽やかな音で4回コンコンコンコンとノック音がする。

 芽衣はめくれたローブはそのままに視線を向けると数秒後にゆっくりと扉は開いた。

 最初に入ってきたのは芽衣をここに運んでくれた男性で、手には真っ白な洗面器を持っていて、その腕には栗色の綺麗に編んである籠をぶら下げている。


「お待たせいたしました」


 相変わらず笑みひとつ見せない男性は、ピシッと頭を下げてから室内に入ってきた。

 その後ろには肩より少しだけ長い緩くウエーブのかかった黒から青にグラデーションがかかった髪を紺色のリボンで結んだ男性が入ってきた。

 前髪で目元が隠れがちだが、赤渕の眼鏡をしていて前髪で顔が隠れているのにスッキリとした綺麗な印象を与える男性だ。

 緩めの白いシャツにストライプのベストを合わせていて、袖は綺麗に折り曲げている。

 組んでいる腕の浮かび上がる筋肉がなんとも艶めかしく、男性らしい色気が爆発するように溢れている。

 細身のパンツに光沢のある黒の革靴を履いたその男性はシンプルな神官風の服を着ている人達とも、今ここにいる多分騎士なのだろう、この人ともあきらかに雰囲気が違った。

 芽衣を上から下まで観察するように行き来し見ると、眉を寄せて息を吐き出す。


「……セルジオ様?如何しましたか?」


「……いや」


 なにか面倒なものを見るような眼差しで目を細め芽衣を見ていたセルジオと呼ばれた男性は、スっ……と芽衣の足を見て更に眉をひそめた。


「では、手当をします」


 騎士である男性は芽衣の前にしゃがみ込むと顔を上げたのだが、すぐにゆっくりと顔ごと横をむく。

 芽衣は、ん?と首を傾げると、困ったような顔をした目の前の男性は言いずらそうに口を開いた。


「……その、肌が見えていますのでローブを閉じて下さい」


「……は、だ?」


 顔を少し朱に染めた目の前の男性の言葉を復唱してから自分の格好を見る。

 キャミソールにハーフパンツ。

 確かに肌が出てはいるが、タンクトップに近い形のキャミソールに膝上のハーフパンツ。

 外出や、他人に会うにはあまりにも部屋着過ぎるが芽衣にしてみれば特段肌を出しすぎている格好ではない。

 夏などでは、むしろ普通だろう。

 さらにその上から着せられたローブを羽織ったままである。

 見えるのは少しだけ開いた胸元と、膝から下の足だけだ。


 思わず首を傾げ、え?と声を出すとセルジオは深く息を吐き出し芽依の座るソファの後ろに立った。

 そのまま両肩の横から、あの綺麗に浮き上がった筋肉を見せつけるかのように伸ばされた腕がまるで芽依を抱きしめるように前に回される。

 はっ!と体を一瞬硬直させるが、彼が行ったのはローブを手繰り寄せ芽依の体を覆い隠す事だった。


「……お前は痴女か?」


 伸ばされた両手はソファにつき体を支え、芽依の顔の真横に来た綺麗な顔を見ると、その整った唇から人生で一度も言われたことなどない言葉が飛び出した。


「ち……痴女!?」


 ふいっと芽依から離れるセルジオは緩く結んである髪をふわりと揺らしながら、先程立っていた扉のすぐ横の壁に寄りかかり腕を組む。

 足もゆったりと交差して佇むその姿は綺麗な人形のようだが、いかんせん初めて芽衣に口を開いた言葉があまりにもあまりな言葉だった。


「あ、と。治療をいたします。」


 目を見開きセルジオを見る芽依の意識を戻そうと男性は少し早口で話した。


「失礼致します」


 そっと足を捕まれ持ち上げられる。

 ローブがハラリと足から落ち太ももから下が見えた状態になり男性はビクリと体を揺らしている。

 一度目を閉じ深呼吸してから目を開けて、芽依の足の裏を確認してから洗面器にいつの間にか張られていた水に足をつける。

 冷たさと痛みでビクリ!と体が揺れると、男性は赤みの引いた無表情の顔を上げて芽衣を見た。


「少しの我慢です」


「は、はい」


 何故かキラキラと光る水は、芽衣の砂利や泥の着いた黒く汚れた足を洗われているはずなのに濁っては綺麗になってを繰り返していた。

 これは一体なんなんだ、と黙ってその水面器を眺めている芽衣を、セルジオがジッと見ていた。


「……それが何かわかるか」


「え?……水……じゃないですよね……なんだろう」


 ジッと見てたのがバレたのかと芽衣は困ったように眉を下げてセルジオを見てからまた水っぽい何かを見る。

 見た目は水以外には見えない。

 しかし、汚れが綺麗に消えるコレは絶対水ではない。

 しかし、キラキラしていた輝きは足の汚れが落ちていくと煌めきも落ちていき次第にただの水のように輝きは無くなった。


「…………すごい、痛くない」


「怪我はこれで大丈夫だと思います」


「あ、ありがとうございます!」


 座ったままペコリと頭を下げた芽衣に、騎士は首を横に振り、いいえ、と返事だけをして退室して行った。


「(え!?行っちゃうの!?この人と二人きり……?)」


 内心かなり焦っている芽衣をセルジオは腕を組んだまま黙って見つめていた。


 騎士風の男性が洗面器片手に退室してから数分、部屋には2人いる筈なのに静まり返っている。

 黙ったまま壁に寄りかかり見知らぬ人物を観察するセルジオはモゾモゾと落ち着かない様子で辺りを見る芽衣を不思議な生き物かのように目を眇めて見ていた。

 先程そばに寄った時、芽衣からする香りがセルジオの何かに強く引っ掛かりを覚える。

 その気付いた香りはどんどん強くなっていき、セルジオにとっては嗅ぎなれた香りとなる。


「……お前はなんだ?」


「え……何とは……」


「もしお前が俺の考えているモノであればお前は1人のはずがない。人工物でも、ましてや妖精や精霊でもないだろう」


 何かを確認するかのように芽衣を見ていたセルジオは、静かな部屋に靴音を鳴らしながら歩き座る芽衣の前に立つ。

 その見下ろす鋭い紫色の瞳は冷たく鋭利な刃物のようだった。

 腰をかがめて芽衣の少し上まで顔を下げたセルジオは、人差し指をすいっと動かすと体を小さく丸めるように座っていた芽衣の顔がひとりでに上がった。


「…………違う、のか……お前はなんだ?」


「私は芽衣です、なんだと言われても人間ですとしか…………というか、精霊とか妖精とかそんな御伽噺にいるような生き物がいるわけないじゃない……ですか……?」


 目の前のセルジオの綺麗な顔が歪み雰囲気が冷たく変化した。

 心做しか体感温度が下がりローブの中にある手を擦り合わせると、立ち上がったセルジオは片眉を上げ背中に収納されていた二対の羽をばさりと広げた。


「…………俺は、お前の言う御伽噺とやらに出てくるらしい生き物のようだな…………」


「え…………」


「俺は精霊だ、人間もどき」


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