第2話見知らぬ景色
キャミソールとハーフパンツ姿であぐらをかきビールを口に運ぶ女を前に、男性は酷く困惑していた。
得体の知れない人物を見下ろすその瞳は一体何者なのかを計り知れず、眉をきつく寄せている。
キラキラと輝く背中までの銀髪を左側の肩口で薄緑色の綺麗な髪飾りで緩く纏め、引きづる程に長い神官風の服を着た男性は、何かをしていたのだろう。
明らかに日常生活を過ごしている雰囲気とは違うのだ。
「……領主様、これは一体……」
明らかに領主と呼ばれた年若い男性よりも数倍歳を重ねた老人が、ソッと近づき耳元で囁く。
「…………ここは、どこ?」
ビールを持ったまま立つことも出来ずキョロキョロと辺りを見渡すと、白いテーブルクロスを敷いた長テーブルに目がいった。
レースも刺繍もないただの白いテーブルクロスの上には収穫したばかりであろう果物や野菜が沢山乗せられている。
そのすぐ隣には緑の髪をした男性が無表情ながらも少しだけ不思議そうにこちらを見ていた。
その背中には髪よりも深い緑の羽根がある。
「……は、ね?」
目を見開き羽根をキラキラとさせているその男性に驚きビールを持つ手に力が入り、缶がべコンと少しへこんだ。
その音と歪んだ缶、その衝撃にすこし飛び出たビールに警戒して数歩程下がるが、前の神官もどき達と芽衣は無言を貫いた。
このままでは埒が明かないと、芽衣は控えていた男性に連れられ豪華な建物へと促される。
その際にハッ!と目を見開いた領主が自分が着ているローブを脱ぎ芽衣の体を覆うようにぐるりと巻く。
「なんて格好をしているのだ!」と叫ぶ領主に、どうやらキャミソールとハーフパンツは人道的にアウトな姿のようだった。
案内の為に先を歩く男性は装飾の施された薄い甲冑を身にまとい腰には剣を下げている。
ゴツゴツとした分厚いブーツも通常使うには豪華すぎる装飾がされていて、先程の様子を見る限り何か特別な式典でもやっていたのだろうか。
甲冑や、服装は白と薄い黄色で統一された配色で目にも優しく、男性の優しげな顔つきをより明るく見せていた。
「…………あの、ここはどこですか」
「………………………………」
室内に居たため今も裸足のまま歩かされる芽衣は、砂利道に顔を顰め足の裏に感じる鋭い痛みに耐えながら聞いてみた。
緊迫した様子に靴が無いんです、など言える雰囲気は皆無で芽衣は片手で握りしめるビールの缶をギリギリと締め上げるかのように掴み痛みを逃がしていた。
ちなみに、ビールは歩いているときに一気飲みしている。
砂利道から舗装された道に出た芽衣は、痛みが軽減されてホッと息を着くのだが目的地はまだつかないらしい。
ピタリと止まった芽衣に、男性も立ち止まり振り返る。
無表情な男性は芽衣を見下ろすが、痛みの限界に来た芽衣は、ローブによって隠されていた片足を出し足裏を自分で確認する。
足の裏が血で染まり真っ赤に滴っていて、沢山の小石や砂利がくっついていた。
皮膚にめり込んでいるのだろう、鋭い痛みが襲ってきている。
そんな芽衣の足を見て息を飲んだ男性は、無言で芽衣を抱き上げ足早に歩き出した。
「わっ!あ……あの……」
「……口を開きませんよう。舌を噛みますよ」
初めて会った時は座っていたし、その状態からローブでぐるぐる巻きにされた為靴を履いていないとは思われていなかったようだ。
外出の際は靴を履く。
そんな当たり前の固定概念で芽衣の素足にだれも気付けなかった。
「…………気付けずすみませんでした。痛みが強いでしょう、直ぐに手当を致します」
「あ……ありがとう、ございます」
思っていたよりもしっかりと返事をしてくれた男性に横抱きされた芽衣は、その体幹に驚いた。
平均的な体格の成人女性1人抱き上げて走っているのに体のブレを一切感じないのだ。
走る衝撃や、上下に揺れる振動は勿論あるのだが横にブレる感じがない。
つまり、恐怖感がないのだ。
確かに見ず知らずの自分よりも大きな男性に抱えられた事にビクリと体を揺らしはしたが、それよりも痛む足で歩かなくて良くなったことに安堵したほどだ。
「………………ここは本当にどこなんだ」
着いた先は真っ白な宮殿だった。
傷や黄ばみなどない見事な白い巨大な宮殿は全体的にまるっこいフォルムをしていて可愛らしい。
その入口の門には兵士が2人駐屯していて、男性の姿を見た2人は敬礼、なのだろうか腹部より少し上の位置に握りしめた手を当てた。
「副隊長、どうしたんですか?」
「……儀式の途中でアクシデントがありました。後程アリステア様より話があるかと思います」
「……わかりました」
チラリと向けられた視線にヒヤリとしながらも、何も言われないのをいい事に視線を下げると男性はそのまま宮殿に入っていった。
フリーパスで入っていく男性にやはり関係者なんだな、と思いながら運ばれた先は綺麗に整えられた一室で。
「こちらでお待ちください。すぐに戻ります」
返事も聞かずに出ていった男性の背中を見送った芽衣は深い深い溜息を吐き出した。
一体、これはどういうことなんだ。
疲れた体は久しぶりに早く帰れた事に喜び飲んだたった1口の冷たいビールの至福すら与えられなかった。
残りを何とか流し込むように飲み干したが、もう味なんて分かるはずもなく、意味のわからないこの境遇に強ばっていた体の力をやっと抜く事ができた。
それも今だけなのだろう。
人が来るまでのほんの少しだけの自分だけの時間。
「…………なんだろう、なんなんだろう。あきらかに日本じゃないよねこれ。むしろ、地球じゃないよね?…………いやいや、そんな小説みたいな話あるわけないよね?え?ちがう?…………いや、なんかわかんなくなってきたぞ?……でも、服装といいなんか武器持ってたし……あれぇ?それとも日本から離れた別の国?私が知らないだけの……?もぅわからん、酒をくれよ酒、そういやおつまみないじゃん!さいっあく……っっいったぁぁ……」
考えを放棄し、買ったおつまみがない事にはらをたて足をバタバタとすると、体重がかかり痛みが強くなった。
パッと地面についていた足を浮かせるが、ジンジンとした痛みは消えない。
着せられたローブを捲って足を見てみるが、先程みた惨状と変わらない様子があった。
「……ぐっろ。小石とか砂利取るの痛そう……」
はぁ……と息を吐き出した芽衣の元にノック音が聞こえた。
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