第11話 龍海明都

 結局のところ、この砂漠の都市を後にするのはそれから3ヶ月先のことだった。

 国子監のある『ロンハイミンドー』なる地の調査とその行き方。それと折角、砂漠の中の人工都市に来て存外観光する場所も多かったから並行して遊ぶことも忘れなかった。3ヶ月の間に季節は秋から冬に巡り、センターピボット農場の収穫祭や、ヤフ・チャールの隣のプールに製氷の水を張る『氷開き』と呼ばれるイベントにも参加した。


 冬、という表現が実際のところ適当かは微妙だ。3ヶ月前ならプールに入ったり薄着でも大丈夫だったが、夜は出歩くなら防寒着が必須なレベルまで冷え込む。一方で昼間は以前ほどの照りつける暑さは無いものの、動くと汗をかくくらいの気温ではある感じ。前世日本で言えば、冬というよりは春や秋の気温と言った方が分かりやすいかもしれない、湿度は全然違うけども。



 というわけで。

 この砂漠の都市を去る時、私と陽乃は南の街道沿いに『昼間』に出発したのである。……行きは砂漠のど真ん中を夜に踏破したことを思えば、その季節の違いは明らかであった。



「やっぱり砂漠とはいえ街道沿いのが全然楽だねー明日葉ー」


「それはそうでしょう」


 正直に言えば、道があることを私達は把握できていないものの、所々にオアシスやキャラバン用の停泊地が点在しており、それらの中継地点には隊商がキャンプを設営したりしているので、情報交換で次の拠点に進んでいくイメージだ。

 そしてそれらの中継拠点は存外多く、出会うキャラバン隊も有料ではあるものの、水や食糧を融通してくれる。出会った相手が例外なく私たちの身長と、そして2人で旅していることに驚く辺り、やはり砂漠の踏破というのは安全な経路を取ったとしても2人でやるものではないのだろう。


 その前提を踏まえたうえで、私は更に陽乃に続ける。


「……でも楽ではあるけども、行きの陽乃と2人だけの世界に放り出された雰囲気も私は嫌いじゃないのよね」


「……まーね、分からなくはない!」


 とはいえ。

 実際に2人きりになったら陽乃のサバイバル技術に私は頼りっきりになるんだよね……。

 それなりに文化的な成熟がある場所じゃないと、私は陽乃のお荷物になってしまう。




 *


 この世界の中央に広がる砂漠は北部よりも南部のが狭いようで、私達は街道に沿った直線最短ルートを取っていないにも関わらず、あっさりと岩石砂漠、そして荒野の草原地帯へと到達することができた。


「久々に植物を見てすっごく安心する辺り、やっぱりウチらのルーツって植物なんだな、って思うね」


「そうね。こういうところで異種族になったって実感はあったりするもの」


 そして、私はもうこの辺りの木と意思疎通を取ることができない。木の種別によって念話が通じるかは差があるものの、やはり文化的に離れすぎるとアウトなのかもしれない。なお、陽乃はフィーリングと勢いだけでなんか遣り取りっぽいことをしている雰囲気がある。

 ……コミュニケーション能力って木相手にも発揮されるのか。


「ほら、陽乃。そろそろ行くわよ。

 この辺りの気候帯で南半球なら雨季だし、何よりハリケーンも襲来する可能性もあるわ。正直、野宿は避けたいわ」


 地球において台風は夏から秋シーズンなようにハリケーンも北インド洋を除けば同様のシーズン。だから南半球だと半年分ずれるのだ。


「わわっ、そりゃ大変だ!

 ……でも、明日葉? この世界で、台風って聞いたこと……無いような?」


「……言われてみれば、私たちの旅でも台風に遭遇したことは無かったわね」



 ――そして。

 結局、景色が変わってマングローブの密林が見えてくるまでの間……雨らしい雨は一度として降ることは無かったのである。




 *


 中央共和国出立から1ヶ月は経っただろうか。

 私たちの目線の先には、私たちの身長でもとても登れないであろう高い城塞があって。その出入り口となる石造りの城門は、小さなドラゴンくらいなら通れそうなトンネルのような通路が4ヶ所も設けられている。

 城壁の周囲には水堀が掘られ、城門まではこれまた堅牢な石橋が渡されている。水堀の周囲には熱帯域の植物が視界を遮らない程度に広がっており、都市でありながら自然も調和しているような街の入り口となっている。


 また、都市の背後には広い海が広がっているのが確認でき、吹き付ける潮風は、海の香りを私たちの鼻孔にまで届けてくれる。


 そしてそんな門前から石橋、更に手前に居る私たちのところまで人がごった返しており行列が出来ている。


「……あれ? 国子監って古い中国の学校だよね、明日葉?」


「ええ、合っているわよ、陽乃。

 ……ただ、ここはどちらかと言えば地球で言うと東南アジアの方が近いかしらね?」


 確か、国子監自体はベトナムにも存在したはず。ベトナムのケースだと当然中華圏に近いから影響を受けたのだけれども、この世界においては『ロンハイミンドー』が近隣では最大勢力なので、むしろ影響を与える側かもしれない。

 それだけの影響力がある都市だということは、門前の混雑具合からも自明だろう。私と陽乃は周囲の人々から頭1つ分は高いことから視界の先を見渡せ、喧騒で声がある程度はかき消されずに会話が出来ている。


「東南アジアっぽいってことは、どんなものが食べられるかなー。パクチーとかトムヤムクンとかだよね?」


「地球と一緒ならね。もっとも、フィオレンゼアでの煮物祭のこともあったから、食事は普通かもしれないけど」


「あー、アイテムボックスのおかげで割とどこでも同じ料理が食べれるもんねー」


「でも、海が近いから海産物が多いかもね」


「いいねっ! お寿司とかないかな?」


「もし地球の東南アジアと同じ感じで寿司だったら、『なれずし』系統の発酵食品でしょうね」


「……それはそれでアリ!」


 そう言えば、陽乃の舌も私と同じく長命種族仕様だった。



 なお、この都市に入るための行列は本当に長く、それを理解している周辺住民が街道沿いに屋台を出していて。

 その屋台の中には、なれずしではなく陽乃が想像していた方の『握り寿司』を提供している屋台もあったが、流石に新しい街で初手から生ものを食べるのは怖かったので、エスニック系の麺入りのスープを買うことにした。


 スパイスが効いていた料理……だったけど、これが実際にどんな味だったかは陽乃の食べたときの一言に集約されるだろう。


「……ほぼカレー味だこれ!!」




 *


 並び出してから何時間経過したかは陽乃の懐中時計を見ていないから分からない。が、門前まで来た時には既に日は傾いていた。

 でも、その間ずっと陽乃と喋ったり、屋台で飲み物を買い足したりしていたので、そんなに苦では無かった。


 石造りの巨大な門の一番左のトンネルのような通路に入ると5グループくらい先で入国? 入城? の検査をしている職員が見えた。その職員は鹿のような角を頭から生やしている獣人であった。

 陽乃は目線だけで獣人のことを指して私に問う。


「明日葉?」


 言葉は無かったが、恐らく種族のことを聞いているのかな、と思って私は答える。当然、事前に調べてはきていた。


「……幻獣がルーツにあると伝えられている『ティエントゥ族』ね。この辺りだと人間よりはやや少ないけど3割程度はこの種族らしいわ」


 身体能力や寿命などは人間とほぼ変わらない……が、角以外の大きな特徴として寝ている間にお告げのように『神の声』を聴くことができる種族らしい。

 眉唾物な気がする一方で、実際に先進的な学術都市を築いている辺りから全く荒唐無稽な話でもないのかも。



 と、そんなことを話していたら私たちの番が来て、門内に入るための書類を見せ、通行のための税を支払う。

 書類を見ていた鹿角の職員が顔を上げて私たちを見やったとき、一旦動きが止まる。

 陽乃も職員の様子に同時に気付いたようで、私たちの視線は一瞬交錯する。……陽乃も、心当たりはないようだ。



 そして、しばしの逡巡のうちに鹿角の職員はこう口を開いた。


「貴殿ら……もしや、ボーリアルコニファーか?」


「……そーですけど、書類に不備でもありました?」


 ……私たちの種族を知っているとは、珍しいこともあるものだ。

 陽乃が代表して答えると、職員は多少慌てたようにして答える。


「ああ、いや。別に不備は無かったが……。

 完全にこちらの話で、関係が無かったら申し訳無いのだが……」


 妙に歯切れが悪いが、陽乃が更に促すことでこの職員は語り続ける。


「数年前に、我が街――『龍海明都ロンハイミンドー』より出奔した学士の一派に、貴殿らの種に関心を抱く者らが居てな。

 ……確か『夜雀団』と名乗っていた気がするが……。

 尤も。数年も昔の話とはいえ、面倒ごとに巻き込まれないように気を付けて頂きたい」


「あ、それ。ウチらのコロニーの目前で会ったね、明日葉?」


「ええ、はい。門番が捕まえていたとは思いますが」


「なんと! そこまで至っていたのか――」



 出発時に出会った山賊団っぽいやつら、ここから来ていたのか……。


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