第12話 複合遠心力

 門での入城手続きを終え、龍海明都ロンハイミンドーの城壁内に入った私たちをまず迎えたのは、繁華街と呼ぶべき異国情緒漂う屋台街であった。


 並んでいる屋台はほぼ食べ物か飲み物のお店で、コールドドリンクから海産物を焼いているお店、後は果物を売っているところもある。

 そして屋台の裏手には建物が奥まった場所に並んでいて、そちらは観光客向けの服屋であったりとか、冒険者や旅行者向けの安宿などが立ち並んでいる。


「おおー、なんか雰囲気あるねえ。今までも別に外国ではあったんだけどさ、『異国』って感じが特にするよね、こういう景色」


「そうね。私たちのコロニーだとこういう場所って少なかったもの」


「まー、北の外れで寒いし、森の中だから人が来ないもんね!」


 冷帯の森を切り拓いて……というか、私たち自身が木の生まれだからある種の共生ではあるものの、こうした南国っぽい雰囲気はかなり差を感じるものである。


 陽乃は適当な屋台で、氷の沢山入った赤いドリンクを買って、適当に屋台で売っているものを見ながら進んでいく。見たところ周りの人も同じ観光客っぽい雰囲気で、行商人ほどではないけれども、結構荷物を背負って移動している人も多い。……私たちはアイテムボックスがあるので荷物は最低限だけどね。


「陽乃、それ美味しい?」


「んー? 明日葉も飲む?」


「貰おうかな」


 そう言えば、陽乃は飲んでいたドリンクのストローから口を放し、そのまま私に手渡す。飲んでみれば、イチゴっぽいフレーバーと共にかなりの甘さが口に広がる。


「ヤシの樹液から作ったシロップらしいよ、明日葉」


「すごく甘いわ」


「それはそう」


 激甘ドリンクを陽乃に返して。

 そのまま彼女と一緒に歩いて行ったら繁華街をそのまま抜けて、もっと落ち着いた雰囲気の場所にて宿を取ることとなった。


 金銭的に困っているわけでも無いのだから、安宿ではなくちゃんとした宿を取るのは当然だけど、やっぱり陽乃ってこういうところは卒がない。




 *


 1週間経過した。

 というのも国子監の天文設備のレンタルの許諾と資料照会に時間がかかっているためだ。


 原作歴史における国子監にそうしたレンタル制度は存在しない。官吏養成機関として儒学を教えるのが本道であり、科挙のための予備校的な側面も有している国子監は、外国人留学生の受け入れを行っていた事実は遣唐使の例から存在するが、流石に施設のレンタルは実施されていないはず。

 逆にそれに類するものは中世ヨーロッパの『パトロネージュ』制度が近いだろう。いわゆる芸術家の『パトロン』というやつだが、自然科学分野においても都市国家が期間限定で学者や技術者を雇って短期契約でもって技術の振興を図る例は存在している。


 それに近い制度が龍海明都ロンハイミンドーの国子監にある辺り、この世界の文化ツリーもやっぱり地球とは全然異なる発展を遂げていることを感じさせる。


 とはいえ、これだけ外国人がやってくる都市だと、その書類の審査だけでも時間がかかるのは致し方ないだろう。


「――でさ。別にウチらは急いでいるワケじゃないし、このまま待っても良いんだけど。明日葉的にはどうするとかって決めてたり?」


「ええ、一応は。

 専門的な設備とか無しで、宿でも出来そうなことから試してみようかな、と考えているわ」


「へえ。それってどんなの?」


「やることは単純よ。容器に溜めた水を抜くだけ」


「わお、本当に分かりやすい!

 ……でも、それで何が分かるの?」


「コリオリりょくだけど……それよりも、先に材料集めからしようか。

 説明は後でするから」



 そこそこの容量があって底面に排水口が取り付けられているもの――それが必要なものだ。大事なのは排水口を開く際に手を水の中に入れたり容器を揺らしたりして、水の流れを作らないように注意すること。


 となると自作した方が色々と融通は効きそうかな。水の流れを見たいから出来れば容器は透明なものにしたい。

 ということで『材料鋪ざいりょうほ』と看板に書かれているお店にやってきた。私もよく知らないけれども、職人とかではなく庶民が家具とかを自作する際に建材を買うお店らしい。


 まず、排水口が売っているのを見つけたので2つ購入する。予備というか2種類売っていたので。


「お。これとか良い感じじゃない? 明日葉っ」


 そうやって陽乃が引っ張り出したのは透明の板であった――って。


「どうして、アクリル板がこの世界にあるのよ。これ20世紀の技術のはずでしょう……」


「砂漠のセンターなんたら農法と同じじゃない?」


「……センターピボットね。

 確かにあれと比べればまだアクリル板の方が『古い技術』ではあるけれど……」


 アクリル樹脂の生成って確か重合反応が必要だったはずだけど、それって出来るの……触媒加熱とか? というかそれ以前に、その材料のメタクリル酸メチルへの合成って可能なのだろうか。あれって確かシアン化水素を……って、とんでもない劇物だから別ルートを使うよね。

 となると、プロピオンアルデヒドとか酢酸イソブチル辺り……いや、考えれば考えるほどに不可能さが際立ってくるけど、それでも現物があるってことは何とかはしているのだ。


 ここに来て一番化け物の『記憶持ち』が作ったであろう代物が登場した。鉄道よりも遥かに意味が分からない。下手したら自然光での紫外線重合とかやってる……? いや、それだったら店頭に並ぶ値段には絶対ならない。


「……明日葉? 今日はフリーズ長いね?」


「はっ――あのね、陽乃。これは流石に技術的に凄すぎるのよ」


「でも材料としてベストっしょ?」


「……。

 それは当然、そうなのだけど! それで良いって済ませるには――」


 ……陽乃はそこから宿に戻るまでの間、ずっと私の愚痴を聞いてくれた。




 *


 宿の中庭を借りて、水を入れる容器は2つ作った……というか、ほぼ陽乃のDIYで私は指示だけ出した感じだけども。やっぱりこういう組み立て作業も陽乃のが上手である。

 それで排水口をそれぞれの容器に取り付けて、下から水を排出できるようにした。溜めておきたいときは栓を下から閉じることもできる。

 端材で作った台の上にこれら2つの容器を置けば、容器を揺らさずに水を地面に流せるという算段だ。


「……で。コリオリりょくってのを測るんだっけ? それって結局なんなの?」


「一応、前世のときに地理の授業で習ったはずだけど……もう、それは良いわ。

 くるくる回っているような物体の上で物を投げたりすると、その当事者だと真っすぐ投げても、曲がって飛んでいるように見えるのよ。その見せかけの力のことね」


「うーん、分かるような分からないような……」


「例を挙げると台風が渦巻いているのとかは、このコリオリの力の影響をしっかり受けているわ。地球なら北半球は東向きで、南半球なら西向きになるのよ」


 もっとも地球と回転方向が反対だったら向きは逆転するが、それは大丈夫だろう。太陽が東から昇って西に沈んでいるし。


「北半球と南半球で働く向きが違うってことは、それを見れば今どっちに居るか分かるってことだね!」


「ええ。流石ね陽乃。

 それで、その『コリオリの力』は。

 台風みたいな気象現象でも南北で逆転するけども、今用意したような水を流すときの渦の流れでも判別できるのよ」


「おおー、何か凄い話だねっ! これで南半球に居るってのが確定できるってわけだ!」


「ある程度赤道から離れていないといけないって条件はあるけどね。

 ただ、この世界の地図が正しければ問題ないはずよ」


「あ、地図ってこれ? 六角形の――」


 そう言うと、陽乃は自分のアイテムボックスのポーチから折りたたまれた六角形の世界地図を取り出す。例の推定『エケルト図法』のやつだ。

 現在地である龍海明都ロンハイミンドーは地図上では中央からやや下に位置している。

 この星の地軸の傾きが分からない以上何とも言えないが、地球上でなら南回帰線辺りまでは来ているように思う。



「北半球なら左巻きの渦、南半球なら右巻きの渦が出来るはずよ――栓を抜くわね」


 私はそう言って2つの容器の栓を同時に抜いて排水口を開ける。


 すると――



「……あのー、明日葉?

 この場合は、どう判断すれば良いの?」


 ――なんと1個目の容器は右巻きの渦が出来て、もう片方は左巻きとなったのである。


「あー……えっと……。

 もう1回試してみるわ。もしかしたら偶然かもしれないし――」



 しかし、同じ『実験』を何度繰り返しても。

 必ず1個目の容器が必ず右巻きで、2個目のその逆になった。



 ここまで規則性があると、偶然とかの範疇ではない……気がする。必ず、この現象には明瞭な理由が――


「ねえ。明日葉さ」


「陽乃、何かに気付いたかしら?」



「あのさ。

 排水口の形、2つの水槽で違う商品を使ったけどさ。これ、何かに関係あったりする?」



「……大いにあるわね。と、いうか。

 それはそうよね。水の流れが無いと詰まりの原因になるから、常識的に考えれば排水口の形で水流を作るように設計するわよね……」


「じゃあ、これは――」


「ええ。……単なる排水口の製品差に起因するものでしかないでしょうね」


「……駄目じゃん!」



 この日の夜。

 宿の部屋備え付けのお風呂に陽乃と一緒に入った時に『お風呂の渦は右巻きだー』って、からかわれることになるのであった。


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