第6話 因果応報



平民風情へいみんふぜいが、編入などと思い上がった挙句あげくに遅刻だと? 当然失格に決まっているだろう」



 結果は予想通りであった。

 さげすむような表情で教師に冷たくあしらわれ、俺は校門を潜ることを許されなかった。



「約束を破ってしまった事は、誠に申し訳ない。しかし事情がありまして――」


「貴様の事情など知った事か! 再試験も認めない! さっさと帰れ田舎者いなかものが!!」



 怒鳴るばかりで、こちらの言葉は聞いてすらもらえない。

 ……“平民”という言葉を使ったあたり、遅刻以外の理由も混じっているように見えるが。

 諦めずに頭を下げるが、効果はなし。万事休ばんじきゅうすか……





「……む、来たか」



「うん?」



 その時だ。

眼前がんぜんの教師が何事かつぶやいたかと思うと、一台の馬車がこちらに近づいてくるのが見えた。

 馬車は俺たちのそばを通り過ぎ、校門を潜ろうとして……その途中で停止した。



「そこの少年」



 馬車から顔を出した男が、突然声を掛けてきた。

 まだ年若いが気品きひんあふれている。それなりに立場のある人間だろう。



「もしかすると君は、ティグル・アーネストではないだろうか」


「はい、そうです」


「やはりか。“大人びた雰囲気の黒髪黒眼の少年”、聞いていた特徴・・・・・・・と一致したのでね。確認しておいて正解だったよ」



 ……聞いていた特徴?

 一体誰に、何を聞いたというのか。



「ルフォス学園長! お戻りになられましたか」



 さっきまで俺を侮蔑ぶべつしていた教師が、馬車の男に一礼する。

 学園長……なるほど。彼はこの学園の頂点、学園長ルフォス・ガラハッドか。

 まさかこんなところで会えるとは。



「ベクター教諭、出迎えご苦労。……ところで、ティグル・アーネストと何か話していたようだが?」


「はい、それがこやつ、我が校の編入試験を申し込んだにもかかわらず、なんと遅刻をしでかしましてな……」


「ほう」


「そのくせ再試験をさせろとすがり付くものですから、キッパリ断ってやった所です。ほまれある我が校に、この様な図々ずうずうしく社会性のない者など不要ですからな!」


「なるほど、事情はよく理解した」



 次の瞬間、ルフォスが告げた内容は予想だにしないものであった。





「ティグル・アーネスト。ルフォス・ガラハッドの名において、特別に再試験を認めよう」



「――は?」


「なあっ!?」



 驚きの声が重なった。

 正直、ルフォスにもベクターという教師と同じく叱責しっせきされるものだと思っていた。

 理由はあれど、俺が試験に遅れたのは間違いないからだ。

 それが一体、どういう風の吹き回しだ……?




「君、さっき妖精族の少女を助けただろう」


「!」


「君が助けた少女の名前はリリ。我が校に所属する、正式な生徒の一人だ」



 あの瀕死ひんしだった少女が、この学園の生徒……!?

 いや確かに言われてみれば、この学園の制服を着ていたような気がする。

 ボロボロなうえ血みどろだったので、見た時はわからなかったが。



「名前と医療費だけ残して去ってしまったそうじゃないか。病院の医者が困惑していたぞ。

だがおかげで彼女の命は救われた。学園を代表する者として、礼を言わせてもらおう」




 そうか……恐らく彼は妖精族の少女、リリが病院に運ばれたと知って、自ら足を運んだのだ。

 そして自分の生徒を助けた人物の特徴を聞き、偶然ぐうぜんにもここで出くわしたという事か。



「……いえ。困っている人を助けるのは、人として当然のことですから」


「ふふ、“当然のこと”か。真っ直ぐでいい心掛けだね」



 微笑を浮かべるルフォスに対し、ベクターの顔面は蒼白であった。



「が、学園長!? 再試験を認めるという話は本気なのですか!」


「本気だとも。彼ほどの才能、そして誠実さを持った少年などそう多くはない。

それに彼が遅刻した理由は、我が校の生徒の救助を行っていたからだろう。情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地は十分にある。よって特例として再試験を認めることにした」



 ……因果応報いんがおうほうとはこのことか。

 まさかあの少女を助けたことが、このような形で帰ってくるとは想像もしていなかった。



「ルフォス学園長。彼女の容体ようだいはどうでしたか」


ひど衰弱すいじゃくしていたが、命に別状べつじょうはない。外傷既に完治しているそうだし、比較的すぐに日常生活に復帰できるだろう」


「……それは良かったです」


「再試験よりも先に、彼女の容体を尋ねるとはね。個人的には好ましい性格だ、少なくとも社会性・・・については問題がないようだね」


「が、学園長……」


「――ベクター教諭。次からは重要事項は独断どくだんせず、必ず私の判断を仰ぐように」



 ルフォスは笑みを消し、ベクターに目をる。彼は可哀想かわいそうなほど顔を青ざめさせていた。

 ……まあ、俺からは何も言わぬが吉だろう。



「さてティグル・アーネスト。悪いが今から時間はあるだろうか? 今回の襲撃事件について、目撃者である君の話も聞いておきたいんだ、私も関係者の一人なのでね。再試験の日程についてもそこで話し合おう」


「はい、問題ありません」


「良い返事だ。では馬車に乗りたまえ」



 断る理由など皆無かいむだ。俺は馬車のステップに足をけた。





 翌日。俺は再び学園に足を運んでいた。

 理由など決まっている。再試験を受けるためだ。


 ……今はちょうど真昼。休憩時間なのだろうか、校舎の外をうろついている学生の姿が目立つ。

 とはいえ目立つのはお互い様か。すれ違う学生が次々に好奇こうきの視線を向けてくる。

 制服も着ていない俺は、学園内でかなり目立っているようだった。



「……」



 だが俺はすでに、この状況に違和感いわかんいだいていた。

 学生から向けられる好奇の視線に混じって、軽蔑けいべつが込められた視線を感じ取ったからだ。



「ねぇ、あれって……」

「ああ、噂の編入生じゃないか?」

「平民のくせにうちに編入を申し込んだ、身の程知らず!」

「しかも遅刻したんだって! なんで再試験なんて認められたんだろうね?」



 ……昨日のベクターとかいう教師に向けられたものと同じだ。

 教師だけでなく生徒からも向けられるとなると、どうもこの学園は普通の環境ではないらしい。



「まあ、俺のやることに変わりはないが」



 昨夜の学園長との話し合いでわかったことだが、リリという妖精族の少女を襲った集団は、未だ見つかっていないらしい。

 現場に残された斬痕ざんこんの切り口、場所、深さなどから、使い手の情報はおおよそ把握できる。

 彼女を襲ったのは、十人程度の大人の集団。それもそこそこ手練の剣士だ。

 一人の少女に大人がよってたかって滅多めった打ちにするというのは尋常ではない。

 この学園の異様な雰囲気とあの襲撃事件には、何か関連性があるのだろうか。

 ……常在戦場じょうざいせんじょう。何が起こっても対処できるよう、気を引き締めなければな。




 騎士の育成を目的とするこの学園には、剣の腕を競い合う為の修練場しゅうれんじょうがいくつも用意されているらしい。

 編入試験が行われるのも、そうした修練場の一つだそうだ。



「来たか、ティグル・アーネスト」



 会場には、既に試験官を務める教師らしき男と、大勢の観客ギャラリー……生徒たちが集まっていた。

 ここにくる途中とは比較にならない程の、好奇と悪意に満ちた視線が向けられる。



「おお、今日は遅刻しなかったぜアイツ!」

「今日も遅刻したら俺たちがボコボコにする所だったぜ」

「アイツのせいで昨日は、せっかくの昼休みを無駄にしちゃったもんねー」

「今回の試験官ってガリウス先生でしょ? 平民が勝てる訳ないじゃん、かわいそー」



「……試験官を務めるガリウス・ガーランドだ。

既に知っているだろうが、改めて試験の内容を伝える。俺と貴様、一対一で勝負を行い実力を測る。学園が求める基準を満たしていると判断されれば合格だ」



 ガリウスと名乗った試験官は、見上げる程の大柄な男であった。

 ……相当な実力者だ、昨日のベクターという教師とは比べものにもならない。

 いくつもの修羅場を乗り越えた者の、特有の覇気を感じる。



「俺は剣を使うが、貴様が使う武器は自由だ。魔術の使用も許可する。部外者への攻撃、試験に相応ふさわしくない行為を行ったとみなした時点で失格とする。

以上。何か質問はあるか」



 親切にも試験のルールをおさらいしてくれた試験官。

 ここまでは事前に知っていた情報通りだ。



「……三つ、よろしいでしょうか」


「なんだ」


「一つ目。周りの大勢の生徒達は、試験の合否に影響を及ぼしますか」



 俺の誤算は、これ程多くの観客が来ることを想定していなかったこと。

 編入生の噂は流れていてもおかしくないし、遅刻した上再試験を受けるとなれば話題にもなるだろう。

 そしてどうやら俺は、多くの学生達に歓迎されてはいないらしい。

 観客達の表情を見ればわかる。どうも俺の健闘を見にきたのではない。むしろその逆。俺が無様に敗北する様を見にきた、という表情。敗者を笑い物にする者達の眼だった。

 もし彼らが試験官の一員を務めているならば、この試験の難易度は一気に跳ね上がるが……



「周囲の生徒は本試験には何ら関係ない。試験の噂を嗅ぎつけてやってきたただの観客だ」



 どうやら杞憂きゆうだったらしい。

 だが逆に一つ分かったこともある。学園側は観客の存在を拒絶しなかったということだ。

 生徒がこの試験を見せ物にすることを、学園側が認めている。



「……二つ目。試験の合否は基準を満たしているか学園側が判断するということで間違いないですか」


「そうだ」



 言い換えれば、勝敗にかかわらず学園の裁量さいりょうで合否を決められるということになる。

 人付き合いにうとい俺でも、ここまで露骨ろこつな態度を見せられれば気づく。

 平民かつ編入生である俺を、学園側は歓迎していない。

 だからどれだけ好成績を残したとしても、学園側の判断で不合格にされる恐れがある。

 故に。



「三つ目。……俺が貴方に勝てば、試験は確実に合格でしょうか?」



 俺の取りうる最善の選択肢は一つ。

 完膚かんぷなきまでに勝利を収め、俺の実力を学園に認めさせること。



「ふ。……やれるものなら、な!!」



 試験官が獰猛どうもうな笑みを浮かべ、静かに鞘から長剣を抜き放つ。

 応じて、俺も剣を抜く。


 これ以上の言葉は不要。

 俺の運命を決める、編入再試験が始まった。

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