第5話 翅をもがれた妖精

※やや刺激的な描写があります。ご注意下さい。


◆◆◆


 ――オグールド村から、一週間ほどの時間をけて。

 ようやく俺は、首都レガリアに辿り着いた。



「ふむ。大きいな」



 アヴァロン王国の心臓ともいえる大都市を直に見て、俺は感動を覚えていた。

 白亜の城壁、整然と並んだ街道と建築物。それを行き交いするたくさんの人達。

 これほど栄えた都市は見たことがない。いや、前世はこういった人だかりに近づかないようにしていたのもあるが……



「いずれにせよ、俺の生きていた時代から大きく発展したようだ。人間とはここまで大きな都市をつくり出せるのだな……」



 感心の余り独り言を呟きながら、俺は荷物からある物・・・を取り出す。 

 それは俺の両親が用意してくれた冊子だ。

 綺麗な文字で『完璧! 王都での暮らしと学園生活のすすめ』と書かれている。


 俺の両親は読み書き・・・・ができるようで、二人に勉強も教えてもらっていた俺は前世ではなし得なかった、文字の読み書きができるようになっていた。

 そしてこの冊子には、王都の簡単な地理と着いてからやるべきこと、そして学園生活を送る上での心得が書かれている。



「心配性というか、過保護というか……」



 自分より実年齢が年下の両親に、こうも世話を焼かれている事実に苦笑する。無論、悪い気分ではないが。

 ともかく冊子を参考にしつつ、まずは実際に王都を歩いてみることにした。

 冊子と実際の地形を比較して、どのくらいの差異があるのか確かめるためだ。



「“王都に着いたら、まずは宿を探すこと”……ふむ。では宿探しも兼ねて、軽く散策といくか」



 そんな訳で俺は意気揚々と王都探索を始めた、のだが。



「あれは肉屋か? 見たことのない肉だらけだ……魔物肉も取り扱っているのだろうか」


「鎧を被った剣士、もしやあれが騎士か? 手合わせを受けてはくれるだろうか」


「文字が宙に浮いている……まさか魔術か!? 母さんから聞いていたが、本当に人間が魔術を扱えるとはな!」



 早く宿を探さねばならないのに、あちこち気になってつい寄り道をしてしまう。

 まるで初めてけるわらべにでもなった気分だった。


 ……いかんな、肉体の方に精神が引っ張られている気がする。

 在学中はこの都市にずっと世話になるだろうし、この感覚にも早く慣れなければな。





 アヴァロン王立騎士養成学校に入学するには年に一回、春先に行われる入学試験を突破する必要がある。

 しかし今は初夏。入学試験はとっくに終わってしまった。

 次の入学試験まで待つことなど到底不可能だった俺は、編入試験を受けることにした。


 入学式を過ぎても入学できる唯一の方法、それが編入試験だ。

 突破すれば中途入学という扱いで晴れて学生となるが、試験の難易度は普通の入学試験より高いらしい。

 試験の内容は模擬戦。学園の教官相手に力をしめし、その実力を認めてもらう必要がある。

 認められなければ俺は故郷にとんぼ返りだ。勝負は一発限り。故に絶対に遅刻しないよう、念入りに道順と時間を確認して宿を出た。




 ――だが。



「これは……血の匂い」



 試験会場である学園に向かう途中。

 はなやかな王都にそぐわぬ、粘ついた殺意の匂いを俺は感じ取った。


 周囲の人々が気づいた様子はない。

 常人じょうじんには感じ取れない程のごくわずかな匂いだ。距離もあるだろうし、常人にはぎ取れないだろう。


 ……ただの血臭ちしゅうなら乱闘騒ぎでもあったかと、気にかけることもなかっただろうが。

 血戦けっせんの中を生き抜いてきた俺にはわかる。この血は戦いで流れたものではない。

 何者かの悪意に満ちた、非道な仕打ちによって流れた血だ。



「――――」



 その場で足を止める。

 無視して先に進めば、試験には問題なく間に合うだろう。

 だが血臭の元に向かえば、試験は間に合わなくなるかもしれない。


 前世の俺ならば、迷う事なく前者を選んだだろう。

 だが。



「前世と同じやり方では、この先上手くいくはずもないからな」



 他者を切り捨てる生き方はもうやめたのだ。

 力強く石畳を蹴り、俺は全速力で血の匂いの元へ駆けた。





 ――人気ひとけのない|廃倉庫に、人形のように打ち捨てられていたのは。

 両の腕を切り落とされ、金色の髪を血で染めた少女だった。



「――――」



 少女は、辛うじて息をしていた。

 乱暴ではあるが止血処置が施され、小さな命を繋ぎ止めていた。

 俺に気づいた様子はない。意識を失っているのか、精神こころを折られたのか。

 涙の跡が残る翠眼すいがんは今は何も映さず、曇り空のようにうつろであった。




「――――」



 少女は人間ではなかった。小さな背中にちょうのような二対の翅……の、残骸がぶら下がっていた。

 恐らく妖精族。小柄な身体と背に生えた翅は、俺の知る特徴と一致している。



 辺りに人の気配はない。犯人は既にこの場を去ったのだろう。

 付近には争った形跡があった。大小多数、いずれも鋭利な刃物によるもの。複数人の剣士の戦いで起きたものだ。

 少女の柔肌やわはだきざまれた無数の斬痕ざんこんが、何よりそれを物語ものがたっている。



「――――」



 血溜ちだまりには粉々にされた剣の欠片と、むしり取られた翅の残骸、そして何かの肉片・・・・・がぐちゃぐちゃになってへばり付いていた。

 普通の戦いではこうはならない。俺がぎつけた悪意の発生源は、間違いなくここだった。



 ……恐らくこの少女は何らかの理由で、複数の剣士と一人で戦ったのだろう。

 孤立無援こりつむえん健闘けんとうするも、最終的に少女は敗れた。

 そして人気のないこの場で集団暴行リンチされ、翅を千切られ、剣を砕かれ、両腕を切り落とされ、目の前でミンチにされたのだ。

 剣士にとって命ともいえる、自分の剣と両腕を。

 少女に絶望を植えつけるために。



下衆げすめ」



 敗者をなぶり、再起不能さいきふのうにする。これ以上ない程の剣士への侮辱ぶじょく。自然と声がれていた。

 出血量からして惨劇さんげきからまだ時間はっていないだろう。追うこともできるだろうが、今俺がやるべきことはそちらではない。

 足元が血に濡れるのも構わず、俺は少女に近づく。

 やはり少女の反応はない。構わない。鞄からガラス瓶を取り出す。



「……母さんからもらった回復薬。どのくらい効果があるかは、わからないけど」



 大事な時に使えと母は言っていたが、まさに今がその時だろう。こんなに早く機会がくるとは思っていなかったが。



みるぞ。動くなよ」



 そう一声かけて、液状の回復薬を腕の切断面にけていく。

 失血死する前に傷が塞がればと考えての行為だったが――



「む、おおっ!?」



 想像以上の効能こうのうだった。

 なんと傷口から骨肉こつにくが盛り上がり、傷一つない新しい腕が生え始めたのだ。

 欠損けっそんした部位を再生する薬など、少なくとも前世では聞いたことがない。



「こ、これ本当に回復薬なのか? 母さん、一体何を俺に持たせたんだ……?」



 治している俺の方が動揺してしまっているが、なんとか治療を続行する。

 頭部の裂傷れっしょう、千切られた翅、身体中の切り傷、切り落とされた両腕。

 回復薬を使い切る頃にはすっかり再生して、傷一つない身体になっていた。



「…………」



 少女は治療中、声一つあげることはなかった。

 だが心なしか、表情は先ほどより和らいでいる。血色けっしょくも良くなったし、呼吸も安定しだした。

 これで命は助かっただろう。



「とはいえ、流石にここに放置する訳にはいかんな」



 見る限り外傷だけで、内臓の損傷や辱めを受けた痕跡は見られなかった。

 だが万が一という事もあるし、治療できていない箇所もあるかもしれない。

 念の為病院に連れていった方がいいだろう。



 ……試験には、間に合わないかもしれないな。





 ようやく病院を見つけ、医者を言いくるめて少女を預けた頃には、すっかり日が暮れてしまっていた。

 当然、試験には遅刻だ。戦わずして敗北とはこういう事を指すのだろうか?



「と、ほうけている場合ではないな」



 とはいえこのままオグールド村に帰る訳にはいかない。

 無意味かもしれないが、今からでも学園に向かうべきだろう。

 無断で遅刻した上に姿も表さないとなれば、相手にあまりにも失礼だからな。

 それに……悪足掻わるあがきでもなんでも、最後まで足掻きたい。

 諦めの悪さには多少、自信があるのだ。



◆◆◆

今話ほど刺激的な描写は、予定はもうないです。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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