マネージャーちゃん(新卒社員)(全権委任)は今日も事務所と平場を回している

新城鍵(旧:なつめなつ)

1 オタクマネージャーとすねかじりアイドル


「却下」




床面積6畳の激狭会議室に、透き通った神妙な声が響き渡る。




「絶対に無理」




定期試験の面接官よろしくテーブルに両肘をついたショートボブの女は、偉そうに、そして嫌そうにこちらを見つめてくる。




「なんでよ」




対して、ホワイトボードにびっしりと文字を書き、前日徹夜で練り上げたプレゼンを終えたあたし、吉原愛海よしはらめぐみは、不合格通知をしてきた悪徳教官に毅然とした態度で反旗を翻す。




「何が不満なの」

「全部」




有無を言わさず全否定してくるアカハラ上等のクソ教授―――もとい、あたしの担当アイドルこと町田まちだ紗友里さゆりは、やれやれといった様子でご自慢のピンク髪を指で弄っている。



そんな塩対応な彼女に対し、あたしは我慢ならず文句を言う―――








「あたしが持ってきた『チャリで祠を壊しまくる旅〜大喜利すれば助かるのに………〜』とかいう神企画の何が嫌だっていうのさ!?」






「そのタイトルも内容も全部だよ!!」

「えー、めっちゃ楽しくない?」

「祠壊すとか犯罪でしょまず!?」

「大丈夫だ、問題ない」

「私炎上嫌なんですけどぉ」

「だから大喜利するんだよ。大喜利したら祠壊すノルマは免除」

「だから、って前後の繋がりがあるときにしか使えないよね?今繋がりなくない?」

「あー、そこに気づいちゃったの?それじゃもうダメだね。君たぶん死ぬ」

「あのさぁ愛海、ミームで喋るのやめよう?私分かんないし、単純にキモいよ?」

「…………親友にキモいって言われた」





…………新卒初日のお仕事は、親友兼担当アイドルに酷いことを言われるという散々なスタートになった。ぴえん………

















あたしこと吉原愛海(ピッチピチの24歳☆)は、本日より芸能事務所『Future&Communications』、通称F&Cの社員として働いている、れっきとした新卒社会人である。


ただ、6年あった学生時代の後半はF&Cでバイトしていたから、バイトの延長って感じもしなくもない。今日の朝も4月1日特有のハイテンションなどなく、いつものように魚を焼いて一汁三菜とモ◯エナをキメてきた。







―――しかし、大きく違うのは。





「愛海も災難だね〜。全員分のマネージャーもプロデューサーも両方やれって」


「…………新卒社員にやらせるには責任が大きすぎる」




この社員採用にあたり、我がF&Cの社長様こと杉原歩すぎはらあゆむ(29歳独身)からこんなことを言われたのである。





『俺さ、プロデュースもマネージャーも辞めるから。あとはお前に任せた!w』






「前から思ってたけどやっぱあの社長おかしいでしょ」

「所属してる人全員分かってるよそんなの」

「人のキャパシティ考えろって話だよ〜」

「一応経理とかの仕事は社長が持ってくれてる分マシじゃない?」

「寧ろあたしにそういうのまでやらせたら労働基準監督署に訴える」

「そもそもこれまでのバイトで愛海がシゴデキ女なのは自分でも分かってるでしょ?それを受けて………ってことじゃないの?」

「どうせそうなんだけど、そういう理由とかを言わないのよあの人は………だからもうすぐ30歳なのに独り身なの」

「自分にもブーメラン刺さってるけど大丈夫?」

「…………あたしは彼氏いらないだけだし。セのつく友達なら一応居るし」

「はいはい。愛海ちゃんはモテモテでえらいでちゅね〜よしよし」

「…………ぶっ殺すぞお前可愛いからって調子乗りやがって」

「私の彼氏はファンのみんなです♡」

「いつか首絞めるから覚悟しとけよ」




同い年の親友によしよしされ、口とは裏腹にバブみを感じてオギャりながら、あたしは考える。






F&Cは、幅広いジャンルに対応した所属タレント4名の新興事務所だ。

社員数も本日より倍増した勢いのある事務所で、インターネットカルチャーを大事にしながらエンタメの可能性を広げていくのを会社の目標にしている。



………と大本営発表してみたが、まあ確かに勢いはある。

ショートボブピンク髪ギャルアイドルこと紗友里は、デビュー1年を迎え小さいハコなら埋められるくらいの実力にはなっており。

他のメンバーとしても、作詞作曲の提供で人気を博し始めたギタリストお姉さんとか、FPSを中心に頭角を現し大会でも活躍しているクソガキ女とかがおり、知名度は低めながらも上り調子であるのは確かだ。





あれ?紹介したの3人だけだっけ?


…………そういや、ぜんっぜん舞台に立ってない芸人さんもいたなぁ。またの名を社長って言うんですけど。








………ただ、コイツらには大きな問題も存在しており。







「お前らはゴミだ!!!!」







「え、急にどうしたの愛海」




ヒス構文のごとく急に大声を出したあたしにビビ…………ることもなく、「いつものやつかぁ」と生暖かい視線を送る親友に、あたしは熱弁する。




「端的に言って、めんどくさい!!」

「………だからさっきからブーメランなんだって」



「紗友里。いいからあんたは提出物の期限を守れ」



「…………」

「確かに遅れて出してきたもののクオリティは高いよ?けどそれが期限3日後に届くってのはさぁ、駄目だよねぇ」

「…………ごめんなさい」

「あんたアイドル以外何もしてないんだよね?日頃何してんの?」

「…………家で寝てます」

「起きたら?」

「…………イソスタ見てます」

「外に出たら?」

「…………流行りのお店に行って爆買いしたり、服を爆買いしてます」

「そのせいで金がなくなったら?」

「…………愛海の家に転がり込んでご飯食べてお布団借りて寝てます」

「どのくらいあたしの家にいるっけ?」

「…………月の半分くらい」





「バッカモーン!!ソイツはニートだよ!!紛うことなきスネカジリだよ!!」




そう。そうなのだ。


この事務所のタレント共、はっきり言って問題児だらけなのだ………。



SNSを見ただけではイケてる系陽キャギャルに錯覚する親友様も、ベールを剥がせばこの通り。

提出物の期限は守らないわ、すーぐ金欠になるわ、あたしの家を不法占拠するわでお馴染みのクズ女と化している。


………そしてこのレベルがあと二人存在する。具体的に言うとギタリストとゲーマー。




これまでは胃を痛める社長を後ろから鼻で笑い、対外事務をこなしながら「大変そうだな社長ってwww」なんて思ってたバイトくんことあたしも、気づけばもう当事者。


さらには、マネジメントだけでなくプロデュースまで押し付けられた。社長はプロデュースとかしないで「お前らの好きにやりゃいいよ」精神だったのに。自分がやらないからって仕事増やすなバカ野郎。





「……………はぁ」




成功が約束された進路を蹴ってまで飛び込んだエンタメの世界。初手からハードモード確定のお仕事。


…………まぁでも、やるしかない。






「あたしがマネになったからには、紗友里を絶対成功させるから。あたしの手腕舐めんな。親友のあたしを信じろ」




「愛海…………」




自分で言うのもなんだが、あたしは頭がいい。仕事もできる。コミュ力もある。部活でのマネ経験だってある。プロデュースは………ア◯マスとう◯プリを履修済みだから大丈夫かな、うん。ダ◯ナミックコードも見てるし。




そんなふにゃふにゃの自信を持って、あたしは向き合う。


この子たちを笑わせてあげたいという、確固たる決意を持って。







「では早速なんだけど、荷物纏めてあたしの家から出ようか。部屋の半分くらいあんたの荷物なんだけど」






「鬼!!性悪!!メンヘラ!!人の心を失った化け物!!隙あらば自分語りするかまってちゃん!!!Utubeで芸人さんのネタに評価コメするイタいヤツ!!!!自分を陰キャオタクと認められない可哀想な女!!!!!」








「…………後半人格否定じゃん?」






えーっと、笑わせる前にぶん殴りたいんですけど………??

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マネージャーちゃん(新卒社員)(全権委任)は今日も事務所と平場を回している 新城鍵(旧:なつめなつ) @natsume-natsu

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