第62話 成果報告
山と積まれたコボルトの牙を見て、村長のハインツもその娘であるクリスタも驚愕の表情でフリーズしてしまった。
「えーっと、多分全部で44匹だと思います。確認をお願いしても良いですか?」
「「…………」」
「……あのー、ハインツ村長? 確認をお願したいんですが……?」
「あ? あ、ああ。すまん、確認だな」
我に返ったハインツは、ニコラスと付いてきていたゼップと共に数を数える。
「確かに、44匹分だな。なのだが、俄かには信じられん……。ものの数刻の間、しかもたった2人でとは……。」
「村長、2人の成果に間違いねぇよ。目の前で見てた俺も信じらんねぇが、アヤノはとんでもねぇ正確さで射殺しちまうし、タイチもほぼ一撃で仕留めちまう」
「そうか。まぁ現実として目の前に大量の牙がある訳だから、嘘でも何でもないのだがな……」
「お2人とも素晴らしいですね!!」
まだどこか現実として受け止め切れないハインツに対して、クリスタはすっかり感心しきっていた。
「俺は寄って来たのを斬っただけなんで……。文乃が弓で倒してくれたおかげですよ」
「まぁ!! アヤノさんは弓の名手なんですね、こんなにお美しいのに……」
文乃の功績が大きいと聞いて、クリスタの文乃を見る目がさらに熱を帯びる。まるで憧れの芸能人が目の前にいるような眼差しだ。
「お褒めいただいてありがとうございます。ただ我々は二人なので広範囲は探れません。取り零しもあるかと思います」
「そんなことありません! 今日仕留めていただいた分だけで、ほとんど駆除出来ていると思います。仮に何匹か残っていても村だけで対応できるでしょうし、これ以上被害は出ないはずです! ねぇお父様?」
「ああ、それは間違いない。おそらくほぼ仕留めてくれたはずだからな、この時点で目的は達成できたと言える。どれ、早速完了の手続きをしよう。討伐数は44匹、1匹10ディルだから440か。それに達成報酬500を加えて940。想定以上の速度と討伐数だったから、キリの良い所で1,000でいいだろう。さぁ、依頼書を貸しなさい。私のサインと上乗せで支払う旨一筆したためよう。ああ、もちろん私のポケットマネーから出すからな?」
そう言って、依頼書にサラサラとペンを走らせると、それを丸めて封蝋で止めた。
「これを持って行きなさい」
「ありがとうございます。数日掛かる予定でしたが、今日だけで完了できて良かったです」
「ああ、こちらこそありがとう。これで麦の収穫も予定通り行える。また何かあったらよろしく頼む」
「かしこまりました」
報告を終えハインツと握手をした二人は、レンベックへ戻るべく席を立とうとする。
が、それを見たクリスタが2人に声をかけた。
「あら、お2人は戻られてしまうのですか? ねぇお父様、こんな素晴らしい成果を上げていただいたんですもの、晩餐にご招待差し上げて、本日は泊まっていただいてもよいのでは?」
「私はかまわんが、フローターズの二人はどうかね?」
「お誘いありがとうございます。ですが、装備品の調整も必要ですし、明日も別の依頼をこなす予定なので本日は戻らなくてはなりません。またご縁があれば、是非お願いします」
「そうですか……。そういう理由では仕方がありませんね……。ではせめて、お帰りはウチの馬車を使っていただけないでしょうか? 私がお送りいたしますので!!」
心底残念そうな表情を浮かべてから、良いことを思いついたとばかりに別の提案をクリスタがしてくる。
「えっと……、馬車を出していただけるのは非常にありがたいのですが、よろしいので? レンベックまでは我々がいるので大丈夫ですが、帰りはお嬢様お1人。治安が良いとは言え完全に日も落ちます。村長のご息女を危険に晒すのはいかがなものかと……」
「いえいえ、何も問題ご「良い訳なかろう!」っ!! お父様……」
「問題無い訳がないわ。タイチの言う通り、夜道をロクな護衛も付けずに馬車を走らせて良い訳が無かろう。大人しくまた来てくれるのを待っておれ」
「で、でも……」
「でも、では無いわ。全くお前という奴は……。二人ともスマンな。娘は昔から物語、それも冒険譚が好きでな。中でも鮮血の舞姫ことベランジェールに心酔しておる。そのせいで、アヤノのような実力と美貌を兼ね備えた冒険者を見つけると、歯止めが利かなくなってしまうのだ……」
ハインツが片手で額を押さえて、ゆっくりと首を振りながらそう教えてくれる。
「んー、運動部の子が先輩に憧れる感じ?」
「どちらかと言うと、宝塚とかそっち方面じゃないかしらね? 自分で言うのもあれだけど……」
太一と文乃は顔を見合わせて苦笑いするしかない。
が、そんな周りを完全に無視して、クリスタのプチ暴走は止まらない。
「で、では、アヤノさん、いえアヤノ様! アヤノお姉様とお呼びして良いでしょうか?? 私、昔からずっとアヤノお姉様のような素敵なお姉様が欲しかったんです!!」
「クリスタ、いい加減にせんか!」
「うわぁ、確かにこれは宝塚だわ……」
「…………まぁ、別にそれくらいなら良いけど」
「ホントですかっ!! 嬉しい!! ありがとうございます、アヤノお姉様っ! また来られる日をお待ちしていますね!」
「はぁ……アヤノもタイチも、ほんとにスマンな」
「あー、俺は特に何も無いので大丈夫で「タイチお兄様もよろしくお願いしますねっ!」ぐふっっ!!」
クリスタの不意打ちに飲みかけていたお茶を吹き出す太一。
「あらあら、太一オニーサマは、少々はしたないんじゃないかしら?」
「げほっ、なんっ、で、俺っ、が??」
「だって、タイチ様はアヤノお姉様のお兄様なのでしょ? だったら私にとってもタイチお兄様ですっ!」
「そ、そうなんだ……。まぁ、いいか。ハインツ村長、不肖の兄ですがよろしくお願いします」
「……あぁ、お前たちが良いならもうそれで良い……。何かあったら指名依頼を出すから、兄妹として頼む」
「ええ、お任せください。って、えっ?? 指名依頼ってC級からじゃないんですか??」
「いや、そんな規則は無かったと思うがな。単にC級くらいにならないと、名前を知られる事が無いからそうなってるだけでは無いのか?」
「……なるほど。確かにそうかもしれませんね。分かりました。その時は受けさせていただきます。文乃さん、もちろん良いよね?」
「ええ。姉が妹を助けるのは当然でしょ?」
「お姉様っ!!!」
「では、何かあったらまたお声掛けください。それでは、馬車に乗り遅れるといけませんので、そろそろお暇します」
「うむ。今後ともよろしく頼む。無理はせんようにな」
「ありがとうございます。クリスタもまたね」
「はい! お姉様もお兄様もお気をつけて! またお会いできる日を楽しみにしておりますね!」
嬉しそうに挨拶をするクリスタの背後に、千切れんばかりにブンブン振られている尻尾を幻視しつつ、太一と文乃は屋敷を後にした。
すでにレンベック行きの馬車は来ており、早速二人も乗り込む。先客が3人ほど居り、行きよりは少し手狭だ。
「では、レンベック行き発車します~!」
傾き始めた陽が、麦畑をさらに輝く金色に染め上げる中、馬車はレンベックに向けて進んでいく。
同乗していたのはいずれも商人で、まもなく収穫を迎える小麦の様子見と商談に来ているそうだ。
商人たちの会話に聞き耳を立てていると、当然話題はコボルトの脅威に対する懸念にも及ぶ。
曰く、今年はコボルトの駆除が全く出来ていないらしい、このままでは収穫に大打撃を受けるかもしれない、いや救世主が現れてコボルトを殲滅させたらしい、などなど。
流石は利に敏い商人と言うべきか、今日の駆除の話まで噂ながら知っていたことに、太一と文乃は内心驚いていた。
寝たふりをしながらそんな商人の話を聞いているうちに、馬車はレンベックへと辿り着いた。
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