第56話 ハイデンへの馬車旅
ドミニクに、ひょっとしたら外泊になるかもしれないと伝えた後、太一は大門前の広場に戻って来た。
お昼を前にして賑わう屋台を見て回り、馬車の中で食べられそうな昼食を物色して回る。
同じようなことを考える人が多いのか、汁気が少なく食べやすいサイズにした色々な料理が売られていた。
太一はナンのようなものに薄切りにした肉と酢漬けと思われる野菜をサンドしたものと、こっちに来て最初に食べたリンゴのような梨を2つずつ買って、乗合馬車の発着所へと向かった。
何台も馬車が止まっている辺りで、ハイデン村行きの馬車の場所を聞いていると、広場の方からやってくる文乃が目に入った。
先ほどまでは持っていなかった、最初の弓より大きな弓を背負っている。
太一に気が付くと小走りで近づいてくる。
「ふぅ、お待たせ。よかった、間に合って」
急いで来たのか、少し息が上がっている。
「お疲れ。どう? いい弓は手に入った?」
「時間が無かったから吟味してはいないけど、いくつか射させてもらってバランスの良さそうなのを選んできたわ。と言うか、ヴィクトルさんほっとくと次から次へ持ってくるんだもの。日が暮れる前にさっさと切り上げてきたの」
太一の問いに苦笑しながら文乃が答える。やはりドワーフの武器マニアは一筋縄ではないらしい。
「ヴィクトルさんの話だと、ショートボウと比べて2倍くらいの有効射程があるらしいわ。外装の硬さ次第だけど、ショートボウだとゴブリンが着てた革鎧程度の防御力で50mが傷を負わせられるギリギリのラインだから、こっちだと100mくらいまでが限界有効射程って感じね。コボルトがどこまで武装してるのか分からないけど、装甲が薄いなら100mくらいまではキルレンジになるんじゃないかしら」
「100mか。十分な距離だね」
「この距離だと、狙撃に近い事も出来そうよ。あと、伊藤さんのスキルがその距離で発動するのかどうかも合わせて確認したいわね」
そんな話をしていると、ハイデン村行きの馬車から呼び出しが掛かる。
「間もなくハイデン行き発車します~。ご利用の方はご準備くださ~い」
「2人分お願い! いくら?」
「お1人30ディル、お2人で60ディルになります」
「お? そこそこ安いな。はい、60」
「ありがとうございます。お客さん乗合馬車は初めてですか? 近隣の村との行き来を活発にするため、領主様から半額補助が出てるんですよ。なので、実際はお1人60ディルですね」
「へぇ、そりゃありがたいな」
「はい、それはもう。お荷物はそれだけですね?今の所他のお客様はいらっしゃいませんので、ご自由にお座りください。間もなく出発です」
馬車は丈夫な布で出来た幌を持つ幌馬車で、荷台の御者台側2/3が乗客スペースで、両サイドにベンチシートが用意されていた。
後ろの1/3は荷物を置くスペースになっている。ぎっちり詰めて座って10人程度のキャパシティだ。
気候が良い季節だからなのか、幌の下半分がロールアップされており開放感がある。
「ゆったり出来るのはありがたいな」
「お昼の時間は空いてることが多いですね。それでは出発しますので、お座りください。あ、門を出る時に確認がありますので、身分証がある方はご準備くださいね。お2人は冒険者とお見受けしますので、問題無いと思いますが」
御者が声を掛けて来てから程なくすると、ゆっくりと馬車が動き始めると、ロータリー状になっている乗車場を出て大門へと向かって行く。
大門には乗合馬車専用の受付があり、身分証を見せるとスムーズに手続きが終わり、馬車は町の外へと出ていった。
村までの道程は、街道も綺麗に整備されているためか想像以上に快適なものだった。
座席には特にクッションのようなものは無かったが、時折小石を踏む以外大きな揺れも無く、ガタゴトと小気味良い音をさせて進んでいく。
昼を食べながら聞いた御者の話によると、ハイデン村はレンベックの穀物庫とも言われるくらい小麦の生産が盛んな重要拠点の一つなので、人と物の輸送をスムーズにするため昔から街道が整備され、衛兵による見回りもしっかり行われる安全なルートなのだそうだ。
そんな快適な馬車旅が1刻ほど過ぎたあたりで馬車は小さな丘を越えようとしていた。
丘の頂上が近づいてきたところで、御者が太一達に声をかけてくる。
「お客さん、ハイデンは初めてでしたよね? この時期に、この丘から見られる景色はちょっとしたものですよ!」
「ん?」
程よい揺れに、うつらうつらとしていた太一は目を覚ますと、御者の横から顔を出し前を見る。
「おおお!これは見事だな……」
そこはまさに金色の絨毯だった。
間もなく収穫を迎える一面の小麦畑が、午後の光に照らされ金色に輝いている。
小さくアップダウンを繰り返す平原の奥までそれが続いており、時折吹く風が通り道を描いている様を、太一は言葉も無くしばらく眺めていた。
「ホント、すごく綺麗ね……。青き衣を着た少女が降り立つのかしら?」
同じように見とれていた文乃がそんなことを呟いたので、太一も我に返る。
「それは見てみたいけど、巨大な蟲の襲撃がセットだからなぁ……」
そんな話をしていると、金の草原の向こうに村らしきものが浮かんできた。
「お、あの先に見えるのがハイデンかな?」
「はい。ここまで来ればあと少しです。ここからはこの麦畑の真ん中を突っ切っていきます」
御者の言う通り、丘を越えてから15分ほどでハイデンの村へと馬車は滑り込んでいった。
「お疲れ様でした。日帰りされるのでしたら、5の鐘の後が最終の便になりますのでご注意ください」
「ああ、ありがとう。早めに仕事が片付けられたら、その馬車で帰るよ」
御者に別れを告げた太一と文乃は、ギルドで説明された通り依頼主である村長の家へと向かうことにした。
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