3章:異世界生活 ことはじめ

第27話 脱出2日目

 翌朝、窓の隙間から入る光で目を覚ました太一は、地下室の上から文乃を起こして地下に入れてもらい、朝食を摂りながら荷物を運び出す準備をしていた。


「この水瓶以外は全部上に上げるか」

「そうね。持ち運べることは分かったけど、小さいけど似たようなのが上にもあるし、わざわざ運ばなくてもいいわね」

「了解。じゃあ朝飯食べ終えたら、早速運んじゃうか。あ、そういや文乃さん、着替えたんだ。サイズとか着心地はどう?」


 昨夜のうちに文乃は、太一が持ち帰った服に着替えを済ませていた。

 微かに袖口に装飾がある白色のチュニックに、濃い緑色でノースリーブの足首まで丈のあるワンピースを重ね胸の下あたりをベルトで止めている。


「サイズは多少合わないところもあるけど、全然許容範囲ね。ゆったりしていて動きやすいわ。伊藤さんの服が標準だとすると、むしろ異常なくらいジャストサイズよ」

「ベティの目利きは驚異的だな……」

「そうね。着心地も良いわよ。摩擦軽減、だっけ?それの効果かしら。ベティーナさんには早くお礼が言いたいわ」

「ああ、ベティも会えることを楽しみにしてたからな。また近いうちに行こう」

 

 そうこうしている間に朝食を食べ終えると、地下室から荷物を運び出していく。

 とは言え、身体能力が上がっていることも手伝って、ものの30分程度で運び終える。

「あっという間に片付いたわね」

 ガランとなった地下室を眺めて、ポツリと文乃が零す。


「この身体能力がどの程度のものなのか、冒険者登録したら分かるかな」

「何をして稼ぐかは、その辺も考慮して考えないとね」

「地球じゃあデスクワークばっかだったし、肉体労働するのも悪くないかぁ」

「そうね。あんまり危ないのは勘弁だけど……」

「違いない。さて、じゃあ二人で地下から出るか。文乃さん、後悔は無いかい?」

「ええ。むしろ早く外へ行きたいくらい」

「了解。忘れものも無し、と」

 まず先に太一が外に出て、その後を追って文乃が外へと出る。

 

 試しに出入り口があった部分を踏んでみるが、当然地下へと戻ることは出来なかった。

「さて、これで後戻りは出来なくなったわね。まぁその方が、中途半端じゃなくて良いけど」

「進むだけ、ってね。さ、宿屋へ持ち込むものを仕分けちゃおう」

「分かったわ」


 そこから1時間ほどかけて荷物の仕分けをしていく。

 本類は数が多いので、やはり読めない魔法の本と地図類だけを持って行くことにし、残りは部屋の隅へジャンルごとに積んでおく。

 服や地球から持って来た物は当然全て持ち運び、指輪や魔法石などのマジックアイテムと今の所用途不明の杖も持って行く。


「この杖は何かで包んだ方が良さそうね。ローブの事を考えると、多分ヤバイ奴よこれも」

「うん。あかん奴の気配しかしない」

 この家にあった物からは、2階の作業部屋にあった素材類と治具、魔法についての本を可能な限り持って行く。

 また、食料類も非常食としてある程度必要と判断して持って行くことにした。

 

「きっとこの素材やら道具も、凄い価値の物が含まれてるんでしょうね……」

「だろうねぇ……。なんかもう、ほとんど空き巣とやってる事が変わらなくなってきた。今更だけど」

「遺産相続したと思いましょ。勝手に異世界に呼び出したんだもの。それぐらいやっても罰は当たらないでしょ」

「まぁね。さて最後はこの一番悩ましいのをどうするか、だな……」

 そう呟く太一の目の前には、台所に置いてあった水の湧く水瓶(小)があった。


 機能面から考えると確実に持って行きたい代物だし、重さ的にも今の太一達なら別に気にならない。

 しかし、水が入ったままの物を宿に運び込むのは憚られるし、そもそも水瓶を持って街中をうろつくのもあまりいただけない。


「悩ましいなぁ。水全部捨てて、ダッシュで持ってくか?」

「どの程度の時間で一杯になるか分からないけど、満水で持ってくよりは遥かにマシね」

「ちょっと水捨ててみて、時間計ってみよう。向こうと違ってシンクもあるし」

 そう言うと太一は、水瓶を抱えて一気に水を流す。

 すると、さばーっと勢いよく水が流れた後、カランと水瓶の中から何かが落ちてきた。

 

「あ」

 危うく排水溝に吸い込まれそうになるのを、素早く文乃が拾い上げる。

「ナイスキャッチ」

「中から出てきたわね……。石?」

 拾った物体を、隙間から差す光に照らしながらよく見てみると、1辺が5cm程度の透明感のあるガラスのキューブのようなものだった。


「見た目より軽いわね。ガラスみたいにもっと重量感あると思ったけど……。あっ! これ、魔法具ね……。細かい文字と模様が彫られてる」

「どれどれ」

 太一も手に取って見てみると、確かに指輪や杖に書いてあるような文字や模様が、光にかざすと浮かび上がる。

「ひょっとして、こっちが本体??」

「あー、その可能性は高いな。瓶とセットかもしれないけど。ちょっと試してみるか」

 

 急いでキャンプ道具から一番大きなクッカーを取り出すと、中にキューブを入れてみる。

 すると程なくしてキューブから水が湧き出て来て、クッカーから溢れる前に止まった。


「どんな原理なのかさっぱり分からんが、とにかく凄いな……」

「ええ……。一定量出るとか、事前に水位を設定するプロセスがあるならまだ分かるけど、完全フルオート、しかもこの世界の物ですらない物に入れても溢れないとか、オーバーテクノロジーすぎるわね」

「これ、外に出したりポケットに入れたらどうなるんだろう?」

 そうして色々試した結果、キューブより高さがあり、かつ上面が開放されている物体の中に入れた時のみ水が湧くことが分かった。


「そういう条件設定かぁ。上手い事考えたもんだ。でもこれで持ち運べるし、運用もめちゃくちゃ楽になった」

「そうね。欲しい時に水が手に入るし、輸送の重さからも解放されるから良いこと尽くめね」

「この際、あのでかい水瓶ももっと楽に持ち運べた、って事は忘れよう……」

「今更ね」

「よーっし、これで持ち運ぶものも決めたし、気を取り直して宿屋探しに行きますか」

 貴重品と予想される物と若干の食料だけを袋に入れ、ポケットにお金の入った皮袋を詰める。

 ドアを少し開けて外を窺うと、陽もだいぶ高くなっており人通りも無い。


「よし、誰もいないな。今のうちに行こう」

 2人は外に出ると素早く鍵をかけ、昨日太一が向かった商業区の大通りへと歩いて行った。

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