第18話 続・お宅拝見

(窓はこれか。そこそこ光が入ってる所を見ると、文乃さんの言った通り道は広めで、向かいの建物もそんなに高くないのか?)

 そっと窓の隙間を少し広げて外を見てみると、窓の正面は道になっているようだった。道を挟んだ向こう側にも住宅と思われる二階建ての建物が並んでいるのが見える。


(こっち側の隣も似たような建物だな。反対隣はちょっと見えないけど、まぁ似たようなもんだろう。世界遺産になってるようなヨーロッパの古い都市も、確かこんな感じで密集して家が建てられてた気がするな。道は……片側1車線あるか無いかってとこか。二階にも窓があるみたいだから、無理にここから確認しなくてもいいな……)

 二階への階段へ向かいながら、はたと足を止めた。

(っとその前に、トイレチェックだな)

 1人ほくそ笑みながら、キッチンへ戻りトイレへと入っていく。

 

 そして1分後、ガックリと肩を落とし項垂れた太一が出てきた。


(くそ……。やはりウォシュレットは普及していないのか!?早すぎたのか……? いや、諦めるのはまだ早い。諦めたら試合終了だと、白髪鬼も言ってたじゃないか。高級な宿とか、豪邸とかにならきっとあるはず!!)

 そして太一の、自分的異世界やることリストの上位に、依然としてウォシュレット探しが書かれたままになるのであった。

 

 気を取り直した太一は、二階へと向かう前に玄関で鍵の形状の確認をすることにする。

(ふむ。割とゴツめだな。鍵穴もあるから物理的な南京錠か? あーー、でもこれ微妙に例の文字が書かれてる気がするわ……)

 鍵穴付近に小さく彫り込まれている文字と、転送のカギになっている指輪の文字を見比べながら思案する。


(鍵穴に何かを差すのは間違いないけど、電子ロックならぬ魔法ロックの可能性が濃厚だな、こりゃ……。ひとまず2階手前の部屋で鍵が無いか小物を漁ってから、窓から外を確認、かね)

 鍵の確認を済ませ、ざっくりの方針を決めた太一は二階へと向かい、右手の部屋へと入っていく。

 

 ワードローブの中は、文乃がオシャレじゃない服しかなかった! と言っていたのを思い出し、サイドテーブルにあった引き出しを開けてみる。

(うーーん、小銭にナイフ、ハンカチ?それとこっちは宝石?魔石?の欠片かね。鍵っぽいのは見当たらないな)


 望み薄と思いながらも念のためワードローブの中も確認してみる。

(ホントに最低限の服しか無いなぁ……。まぁ貴重な現地の着替えだし、外行くなら最初はこれを着ることになる……。サイズだけでも合わせてみるか。鏡すら無いから、目視で合わせるしかないけど)


 まずは簡素なズボンを手に取り腰に当ててみる。

 ウエストは結構緩そうだが、ひもで縛るタイプのようなので問題無いだろう。

 丈についても、180cm近い身長のある太一でも問題無い長さのようだ。

 続けてチュニックを確認してみるが、こちらも腰のあたりをベルトで縛り、袖も紐で長さを調整する作りになっているため特に問題無さそうだ。

 もう1つあるベストも、ルーズな作りになっているためおそらく問題無さそうだが、念のため合わせてみる。


(だるんだるんだな……。ベストと言うより腕が通せるタスキだ、こりゃ。そして上下裏表が分かり辛いな……)

 ハリがなく、フォルムも分かりにくいためうまく合わせることが出来ず試行錯誤していると“コトン”と何かが床に落ちた。

 慌てて床を探すと、金属で出来た短い棒のようなものが落ちていた。

 

(……まさか)

 拾い上げてよく見てみると、5cmほどの長さの金属棒の根元に直径3cm程度の台座のような金属が付いていた。

 金属棒は片側に1cmほどの刻みがいくつかついており、根元の金属台座には小さな緑色の宝石が埋まっている。


(いかにもな魔法の鍵だねぇ……。あー、ベストのポケットに入ってたのか。っていやいやいや、都合良すぎでしょ……。まぁ、いいか。ひとまず確保、っと。)

 ベストをひっくり返してみると、いくつかポケットがあるのが確認できた。

 おそらくそのどれかに入っていたのであろう鍵を自分の服のポケットに入れると、ドアと反対側にある窓へと向かった。


 こちらも1階にあった窓と同じように、内窓として明かりがとれるようにした木製の鎧戸があり、その外側に防犯用と思われる金属で補強された木製の雨戸がついた二重構造になっている。

 内開きになっている鎧戸を音を立てないようにゆっくりと開き、さらに慎重に観音開きの雨戸を太一が少しだけずらすと、数センチの隙間から、外の光が勢いよく室内に差し込んできた。


(1階より様子が良く分かるな。道幅は5~6mくらい、石畳が敷かれてる感じか? 玄関から下り階段が数段あるから、基礎は上げてあるのか。中世みたいに、ゴミとか排せつ物が捨てられてるようなこともないし、結構清潔だ。向かい側も似たような作りの建物が並んでいて……、高層建築はこっち側からは見当たらず、と)

 長らく暗がりにいたため眩しさに目を細めつつ、開いた隙間からさらに外を窺う。


(建物は左右両側に続いてるから、通りの真ん中あたりかねぇ。人通りは無いし、店っぽいのも見当たらないから文乃さんの言う通り住宅街かね。治安まではさすがに良く分からんなぁ。後でしばらく街角観察してみるか)

 ある程度外の確認を終えると、また静かに雨戸と鎧戸を閉め、まだ確認していない隣の部屋へと向かった。

 

 隣の部屋も同じような広さだったが、シンプルだった寝室とは正反対に非常に雑然としている。

 目立ったのは横長のテーブルで、その近くにスツールが2脚置いてあり、引き出し付きの書棚が部屋を狭く見せていた。

 テーブルの上には大量のメモ書きとペンとインク、何かの治具っぽいものが無造作に置かれており、テーブルの端にある浅い箱には、大小の魔石っぽいのものや、金属や角、鱗のようなものなどが雑多に入っていた。


 書棚には、転送元にもあったような召喚者に関する本が何冊かと魔法に関する読める本と読めない本が数冊ずつ入っており、引き出しの中は治具や工具と思われるものがいくつかと魔石が少々、魔法陣を書いた紙がいくつか入っていた。


(研究室、ってより作業場に近い雰囲気だな。魔法使いサマだし、何かしら魔法のアイテムを作ってたのかね……? ま、何を作ってたかは、どうせすぐには分からないから後回しだな。魔法の本は文乃さんへの土産だなぁ。さて、まだ少し時間もあるし、もうちょっと外の様子を見てみるか)

 ポケットのスマホのタイマーを確認すると40分ほどが経過したところだったため、再び外を確認するため今度はこちらの部屋の窓を少しだけ開けた。

 

 その時だった。

 “カラーン、カラーン”とやや澄んだ鐘の音のようなものが、太一の耳に飛び込んできた。


(うおっ、焦ったぁ。脅かさないでよ、全く……。ちょっと遠くから聞こえてるなぁ。鐘楼みたいなのがあるのかね? こっちからは見えないから別の方向か。昔の教会みたいに時間を知らせるタイプかもしれないから、時間をメモっておくか)

 突然の鐘の音に驚く一幕はあったものの、それ以外は特に変わったことも無く人通りも相変わらず無い。

 そのまま交代時間が近づいてきたため、そっと窓を閉じて太一は地下室へと向かった。

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