第17話 お宅拝見
穴の上に設置されていたテーブルの下から出た文乃は、まずは周りを見渡してみる。
そこは、穴から乗り出して見た通り台所のようなスペースで、扉が1つ、他の部屋へ繋がる入り口が2つ確認できた。
まずは竈と思われるものの方へ足音を立てないように歩いていく。
わずかに床板がきしむ音が聞こえるが、意外に床板はしっかり張られているようだ。
竈のように見えたそれはまさに竈だったが、ほとんど使われた形跡が無かった。
(煤が付いてないし、灰も全く無いわね……。煙突っぽいものもついてるから、煮炊きには薪とか炭を使っているはず。そうするとこれはほとんど未使用なようね)
続いてその横の台に目を向ける。腰くらいの高さの台の上面には、深さ30cm程度の凹みが二つあり、タイル張りになっていた。
それぞれの凹みの中央付近には小さな穴が開いている。
(タイル張りのシンクかしらね? 穴が開いているところは排水溝? 下水道があるのかしら……。そしてコレは……)
向かって左側のシンクの中には何も無かったが、右側にはシンクからややはみ出す程度の高さの瓶があり、中には水が入っていた。
(これ、大きさは小ぶりだけどあの水瓶と同じ? ちょっと試してみた方が良さそうね)
水を汲み出そうとしてはたと手を止めると、近くにある棚の方へと足を向ける。
上段には数は少ないもののいくつかの食器が並べられており、扉の付いていた下段を開けると、そこには幾ばくかの食料と小さな箱や革袋が入っていた。
上段からマグカップのような食器を手に取り再びシンクに向かうと、水瓶から水をすくってシンクに流し始めた。
数分すると目に見えて水量が減ってきたため、手を止めてじっと水面を見つめる。
(やっぱり水位が上がってきてる……あの水瓶と同じ仕組みっぽいわね。これで水については心配いらないわね)
下段に入っていた物の確認は後に回すことにして、今度は奥にある暗い部屋をそっと覗くと、そこは倉庫になっており、窓のない薄暗い部屋に作り付けの棚があり、色々なものが収められていた。
(これは向こうにもあったリンゴ風の梨で、こっちはジャガイモかしら? それとこっちの麻袋は……、粉? 小麦粉っぽい質感ね。あとは干し肉とチーズか。基本的に保存食ね。いい加減新鮮な野菜が食べたいわ。あとはバケツとか雑巾に……、ノコギリにハンマー……。大工道具かしら? それとこれは杖ね。木で出来たものとこっちはあの老人が持ってた素材に似てるわね)
続いて、一つある扉は後回しにしてやや明るい部屋へ繋がる入り口をくぐると、そこはリビングと思われるスペースだった。
広さは8畳程度、煉瓦で出来た暖炉と思しきものが壁際にあり、木の扉がはまった窓が一つあった。
扉の無い入り口が一つあり、その先には階段が見える。
まずは、初めて発見した窓へ近づいてみる。おそらく窓ガラスははまっておらず、木でできた雨戸のような扉が閉まっており、隙間から微かに光が差し込んでいる。
(さすがにいきなり開けるのは不用心ね。ひとまず今は陽が出てるのかしら?時間経過で暗くなるか、要観察ね)
家具類は、木で出来たテーブルが1つと椅子が4脚、引き出しの付いたシェルフだけというシンプルさだ。
シェルフにはガラスのような小瓶に液体が入ったものが数本と、ティーセット一式が並べられており、引き出しの中には、木箱に入った茶葉らしきものが4つ入っていた。
(あの小瓶以外は、特に目を引くものは無いわね。液体が入っているようだけど香水? それとも薬? 調べてみたい所だけど、迂闊に蓋を開けるのも危険ね……)
続けて扉の無い入り口の方へ慎重に足を進める。
そこは小さなホールのようになっており、正面には二階へと続く階段が、左手にはやや大きめの扉がついた入り口があった。
キッチンにあった扉と比べると一回り以上大きく、所々金属で補強がしてあり、頑丈そうな作りで内側から閂が掛けられている。
(ここが多分玄関ね……閂がしてあるから、物理的に施錠してあるのかしら? あっ、これ多分南京錠?? 外カギはこれを使う感じか……。確認したいけど、いきなり外に出る訳には行かないからここは後回しね)
2階へ上がる前にひとまず1階を調べるため、台所にあった扉を開けてみる。
(あ、ここはトイレね。良かった、すっかり忘れてたけどトイレがあるのは助かるわね。それにここのも水洗っぽいし、匂いもほとんどしない……。やっぱり下水が完備されているのかしら? それだと清潔でありがたいわね。へんな伝染病のリスクも減るだろうし)
トイレがあったと伝えると、また太一がウォシュレットと騒ぎそうだな、と思い立ち苦笑しながらリビングへ戻る。
リビングへ戻ったころで、ポケットに入れていたスマホに設定したタイマーが、振動で45分が経過したことを告げた。
(あと15分か。少し急ぎましょう)
そのまま玄関にあった階段を上がると、上り端右手と正面に扉があった。
右手にある扉を慎重に押し開けると、そこはおそらく寝室として使われているのだろう部屋で、六畳程の広さにベッドとサイドテーブル、小さなテーブルと椅子、それと天井近くまであるキャビネットが一つ置かれていた。
またこの部屋にもやや大きめの窓があり、薄っすらと光が差し込んでいた。
(こっちはどうやらワードローブかしらね。ローブが1着にチュニックとズボン、あとは肌着と下着ね。あの老人がそうなのか、この世界の人がみんなそうなのかは分からないけど、おしゃれする気は無いのかしら??)
女性として、また様々な服装が山のように氾濫していた現代人として、ちょっと複雑な心境になりながらワードローブを閉めると扉へと向かう。
もう一部屋を確認しようと思いつつも時間が気になりスマホを確認すると、57分が経過したところだった。
(時間切れね。遅れると伊藤さんが心配するし、そろそろ戻りましょ)
それでもほとんどの部屋を確認できたことに満足感を得た文乃は、地下への入り口がある台所へと戻っていった。
キッチンテーブルの下をノックすると、少し間をおいて太一の顔が床から出てきた。
何度見ても慣れない状況に文乃が苦笑していると、太一にもその理由が分かったのか苦笑しながら口を開く。
「お帰り。危ないものは無かったかい?」
「ただいま。そうね、これと言って危険なものは無かったと思うわ。共有するから一度下りましょ」
「了解……。はい、お手をどうぞ」
太一が文乃の手を引きながら、二人で地下へと下りる。
文乃は、家全体の作りと2階の一部屋以外は一通り確認したこと、家具以外に見つけた食料などの物資についてを、スマホで撮影した画像と合わせて、太一へ共有していく。
「なるほど。二階建てだったか。生活感が無いのは向こうをメインにしてたからだろうなぁ。この家は、出入り口兼ダミーってとこかね。召喚魔法の研究をしていることが公になるのは、避けたかったのかね……」
「堂々と研究できるなら、ここまで周到に隠す必要は無いものね。世界を手に入れるとか物騒なこと言ってたし」
「そうなると、周りの住人との接点もあまり無いだろうから、好都合っちゃ好都合か。あと、水瓶とトイレがあったのは大きいなぁ。俺もすっかりトイレの事は忘れてたけど、毎回戻る訳にもいかないからね。ちなみに、ウォシュレット付いてそうだった??」
食い気味に聞いてくる太一に、文乃は苦笑を浮かべる。
「やっぱりそこが気になるのね……。ご自分の目で確かめてみたら?」
「そりゃ確認するさ、真っ先に。じゃあ俺の方では、それと屋根裏の確認をしつつ、ちょっと外の様子を中から窺ってみるか」
「窓が一方向、それもおそらく玄関と同じ側にしか付いてい無いようだから、多分両サイドも隙間なく建物が建っているんだと思う。で、玄関がある側が通りとか開けた所に面しているんでしょうね。1階と2階で差し込む光にそんなに差は無さそうだから、道の広さはそこそこありそうよ。住宅街、という概念がこの世界にあるか分からないけど、少なくともポツンと一軒家ってことは無いと思うわ」
「了解。窓から注意深く確認してみる。後は玄関だけど、鍵は是非とも見つけておきたいなぁ。しばらくは地下を拠点にするかもしれないけど、外を出歩くのにずっと1人って訳にも行かないし」
「そうね。遺品の中には鍵は無かったから、こっちにあるはずよね。あ、魔法で開閉するタイプだったらお手上げね……」
「あー、その線もあるか。一般的な家だったとすると、物理的な鍵の可能性は高いとは思うけど、この世界の魔法とか魔道具的なもののハードルが分からんからなぁ……。まぁ無かったら無かった時だな」
「無いものねだりしてもね……」
「うん。さて、それじゃあ俺も小一時間行ってきます」
「いってらっしゃい。外見る時だけは気を付けてね。あ、このローブあげる。私は上で見つけたほうを着るから」
「…………。ありがとう」
にこやかに着ていたローブを渡されて、太一は苦笑しながらそれを着込み、地上へと向かっていった。
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