第30話 思い通りにはいかない
帰って来たのは、深夜だったけれど宿の人は快く迎えてくれた。イオも丁寧な治療を受けて、隣の部屋に泊まっている。
「はー……、すっきりした」
お風呂から出てきたわたしは、タオルで髪を拭きながらベッドに座り込む。
「大変な一日だったね」
エルメラも、すっきりした顔でわたしの隣に座った。温泉で癒されたわたしは寝巻に着替えてリラックスモードだ。すると、すぐ近くで低い聞き覚えのある声がする。
「うむ。吾輩も朝から戦っていたから、疲れたぞ」
「「ん?!」」
この部屋にはわたしとエルメラしかいないのに、三人目の声がした。キョロキョロと辺りを見回す。
「ここだ。ここ」
「ここって、精霊石?」
声が聞こえてきたのはベッドに立てかけてある杖の方からだ。よく見ると紅い精霊石が鈍く光っている。すぐにサラマンダーの声が答えた。
「ユメノの精霊石を通せば下界のことを見聞きできるのだ」
いいけど、わたしのプライバシーは?と思ってしまう。それでも、サラマンダーとこうして話が出来ることがありがたい。
「ねえ、サラマンダー。わたし、あなたに聞きたいことがあるの」
「我が友、ユメノよ。なんでも聞くが良い」
「やった! わたし、今すぐに元の世界に帰りたいの! 帰り方を教えて!」
「……。」
サラマンダーは黙った。方法を思い出しているのだろう。ドキドキしながら返事を待つ。だけど、返って来た言葉は予想外の言葉だった。
「なに!? ユメノは吾輩の友になったのではないのか!? それなのにすぐに帰ろうだと!?」
キーンと耳をつんざくような大きな声だ。
「いや、確かに友にはなったけれど、わたしは帰らないといけないの」
「つまり元々、帰るつもりだったと……、吾輩を騙しおったな!」
騙したという物騒な言葉にわたしも頭が沸騰する。
「なによ! 離れていても友は友でしょ!!」
「世界が変われば流石に話も出来ぬ! それに出会って、すぐに分かれては友情など育たん!」
「ぐぬぬ」
わたしは精霊石を睨みつけて、言葉を探す。怒ってはダメだとは思いつつ、中々帰り方を教えてくれないサラマンダーに苛立った。
「大体、元の世界に帰り方など、吾輩は知らぬ!」
「ええ!! エルメラ!?」
怒りの矛先は傍観しているエルメラに向かう。
「わ、わたしは、精霊の王なら知っているかもって……」
ぴゅんと怖がるように枕の下に隠れるエルメラ。
「そ、そんなぁぁ……」
わたしは一気に脱力して、ベッドに大の字に寝転んだ。サラマンダーなら知っているって言われて、ここまで頑張って来たのにあんまりだ。だけど、「ふむ」と言い、サラマンダーは続ける。
「だが、心当たりがないわけではない」
「本当!?」
わたしはバネのように飛び起き上がった。
「ああ。ユメノのことを禁忌の子とは言ったが、本来このように召喚してしまうことはしてはならないことだ」
念を押すように言われて、エルメラはしゅんと羽根を下げてしまう。
「しかし、まあそこは大目に見ることとして、召喚されたユメノとユメノを召喚したエルメラ。なにも偶然、ユメノが召喚されたわけではない。違う世界でエルメラと魂の色がよく似たのがユメノだったのだ」
どうやら無作為にわたしが選ばれたわけじゃないらしい。
「召喚された瞬間に二人の魂は交錯し、結び目が出来た。ユメノとエルメラの魂は今も結びついている。お主らには見えないだろうが、吾輩には見える。エルメラがユメノの魂がどこかへ飛んでいかないようにしているのだ」
わたしとエルメラは顔を見合わせる。何も見えないけれど、サラマンダーには紐みたいなものが見えるようだ。
「つまり、その結びつきを解けば」
「わたしは元の世界に戻れる!」
「そういうことだな」
サラマンダーの説明を聞いて、少しだけ前進した気がする。でも、その結びつきを解くにはどうすればいいのだろう。
「それから」
その後、サラマンダーが言ったことは、わたしにとって物凄い朗報だった。
三日後、ロザ王国の怪我をしていた精霊使いも動けるようになって、イオの怪我もだいぶ良くなった。一安心だ。そして太陽がサンサンと降り注ぐ、この日。わたしたち、サラマンダーの討伐に行っていた者たちはゲーズの市庁舎へ呼び出されていた。
兵士さんに連れられて、奥の部屋へと向かう。
「わたしたちを呼び出して何をするのかな? お前たちに褒美を使わすとかかな?」
「宝石ざっくざくよ、きっと」
オリビアさんはとてもご機嫌だ。ビューロさんも嬉しそうに頷く。
「毎回、呼ばれて報奨金を貰えるからな。今回もそのことだろ。オリビアの機嫌がいいのはいつものことだけど、ユメノも機嫌がいいな。なにか欲しい物でもあるのか?」
「えへへ、そんなところです」
本当は欲しい物があるわけではない。実は、わたしは慌てて帰る必要がないことが分かったのだ。
三日前、サラマンダーは言った。わたしの魂がこちらに来ている以上、あちらの世界の時間は止まっているらしい。どういう理屈か、詳しく聞いたけれどよく分からなかった。
でも、大事なのは、わたしが帰れたら、あのオーディションがあった日に帰れるということだ。つまり、わたしは仕事をすっぽかしたりしないし、信用を失ったりしないのだ。
これ以上の朗報は無かった。ついつい、足も弾む。
「市長、サラマンダー討伐隊一行が到着しました」
市庁舎の市長室に案内された。両扉が開かれて、大きな机に小太りの男の人がいるのが見える。ゲーズの市長さんだ。こちらも、にこにことご機嫌に笑っていた。
「おお! 討伐隊の者たちよ。中に入るがいい」
大仰にそう言って、わたしたちを手招きする。中に入ると毛足の長い絨毯がふかふかしていた。随分、羽振りがいいみたい。ゲーズは宝石を加工するのが主な産業だからだろう。
「市長、報告をさせていただきます」
ビューロさんが礼をして口を開く。しかし、市長が手のひらをこちらに向けてそれを制した。
「ああ、よいよい。仔細は全てロザ王国の者たちから聞いておる」
「ロザ王国の人たちから?」
市長は頷いて、わたしをじっと見てくる。みんなではなく、わたしをだ。
「聞いたぞ。ユメノという巫女がサラマンダーを討伐どころか、使役してしまったとか! よくやった!」
道理でニコニコしているはずだ。わたしたちが報告する前に全てを知っていたのだ。
「ああ、これはまだここだけの話だぞ。また、どこに敵国のスパイがまた紛れているか分からないからな」
「はあ……」
でも、ロザ王国の人にも教えた方がいいと思った。向こうも困って討伐隊を組んでいたのだ。サラマンダーがもう脅威じゃないと分かった方がいい。
わたしがそう言おうとすると、ビューロさんは少し顔を硬くさせる。
「それで、討伐隊は……」
「ああ、討伐隊は皆、騎士へと昇格する!」
「「「騎士!?」」」
声を上げたのはわたしとオリビアさんとエルメラだ。小さな声だったから、妖精とは気づかれなかったみたいだけど、騎士って普通は昇格するなら兵士の人のはずだ。精霊使いも騎士になれるのだろうか。オリビアさんは焦った声で言う。
「ちょ、ちょっと市長、今日は報奨金の話じゃ……」
「もちろん、騎士となれば報酬は弾む。一生金に困ることはないだろう」
「そうじゃなくて」
「さて、騎士として初めての戦いは明日だ。その力を存分に見せてくれたまえ!」
市長は完全にわたしの顔を見て言った。サラマンダーを使って戦争をしろ言うことに違いなかった。
わたしたちは市庁舎を出て、オトヒメが隠れていた泉までやって来た。ここまで来れば誰もいない。だけど、みんな無言だ。
「……わたしは街を出るわ。十分お金はあるし」
オリビアさんが下を向いて言う。本当は出ていきたくないはずだ。シュルカさんも頷いた。
「俺は故郷に一度戻る」
みんな、サラマンダーを鎮めに行くのは良くても、戦争に使われるのは嫌みたい。精霊使いのプライドみたいなものを感じる。
「ビューロさんは?」
「リーダーの俺は逃げるわけにはいかないだろうな。だけどユメノとイオも、街を出た方がいい。精霊使いが戦争に使われるなんていけない。特にユメノは」
ビューロさんはわたしを気づかわし気に見てくる。わたしは何が言いたいかすぐに分かった。
「そうだよね。サラマンダーが戦争に加担するなんて、勝ったも同然だもの。でも、あのサラマンダーがそんなことの為に力を貸してくれるとは思えない」
わたしの言うことに、確かにと次々に同意の声がした。みんな、サラマンダーのことを市長よりもよく知っている。わたしが友だからと協力してと言っても、それでは友ではないと言われるのが落ちだろう。わたしはフードの中を見上げて尋ねた。
「エルメラもそれでいいよね。それとも騎士になった方がいい?」
「まさか! 戦争なんて絶対いや!」
「そうだよね。でも、どこに行こう」
元々、サラマンダーに会うためにこの街へと旅をしていた。けれど、一応の目的は達成してしまったし、次に行くところは決めていない。
「……ユメノ」
イオがおもむろに口を開いた。わたしがその顔を見上げると、眉間にしわを寄せて苦渋の顔をしている。
「頼みがある」
「頼み?」
「ああ。俺と一緒にノームの森に来て欲しい」
そういえば、イオはサラマンダーを使役してノームを倒すつもりだったんだ。でも、わたしがサラマンダーを呼び出せるようになったわけだ。
「うーん、行くところもないから、いいかな?」
カカが口元の布の中から顔を出す。
「ただ、場合によってはノームの森は危険だぞ!」
イオもわたしを危険に巻き込むことが気がかりのようだ。ただ危険といっても、シュウマ山は登れたし、火の精霊の王サラマンダーもついている。これ以上、心強いことはないだろう。サラマンダーも精霊石の中から声を掛けてくる。
「ふむ。あのノームのジジイにも久しく会っていない。行ってみないか、ユメノ」
「今のは、サラマンダーか?」
「わたしたちの声が聞こえているの?」
みんな、いきなり聞こえたサラマンダーの声にぎょっとしている。
「あ。なんか、精霊石を通して話せるんです」
「……サラマンダー。俺に手を貸してくれないか」
イオは精霊石に向けて頭を下げる。
「構わぬ。それから明日の戦いなのだが、吾輩に妙案がある」
「妙案?」
サラマンダーは、戦争を嫌っているんじゃなかったのだろうか。とにかく、わたしはその妙案に乗ってみることにした。
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