第27話 サラマンダーの反撃
イオが一人で飛び出していってしまった。残されたわたしたちは身動きできずに見守るしか出来ない。強烈な一太刀を入れたイオは、さらにサラマンダーへ追い打ちをかけている。
「すごいイオ。サラマンダーを圧倒している」
このまま勝ってしまうのでは。だけど、そう思ったのはわたしだけのようだ。
「これで勝てたら苦労しないわ」
オリビアさんが髪をかき分けながら、苦渋の顔をしている。
「で、でも、サラマンダーは防戦一方じゃない」
サラマンダーは後ろや横に避けようとするが、それを読んだようにイオは攻撃を繰り出していた。シュルカさんが下がってきて頷く。
「確かにサラマンダーは弱っている。だが、本当の恐ろしさはこれからだ。これまでも二つの国が合同で討伐しようとしたこともあった。その全てが失敗に終わっている。これがどういうことか、すぐに分かる」
「イオ! 駄目だ! 退け! 深入りしすぎだ!!」
ビューロさんも大声でイオに呼び掛ける。しかし、イオは聞く耳を持たない。
「うおおおお!」
『ええいッ!! うるさいハエめ! 邪魔だ!!』
「くっ!」
かなりダメージを追っていたサラマンダーは、轟くような声をイオに浴びせる。一瞬イオが怯んだ。その一瞬の隙だった。
『吾輩の力がこの程度かと思うか!』
熱い飛沫を飛び散らして、サラマンダーはマグマの中に潜って行く。
「逃げる気か」
さすがにイオもマグマの中にまでは追えない。だけど、すぐにマグマからポコポコと泡が沸き上がってくる。
『誰が逃げる気だと!?』
声と共にマグマ自体が盛り上がってきた。最初から怒っている様子だったけれど、さらに怒りはヒートアップしてきている。
『これが吾輩の火の精霊の王の真の姿だ! ひれ伏すがよい!』
黒い炎を纏っていたサラマンダー。さらにマグマを纏って、手足が十本になり尻尾は三本、二枚だった羽は四枚になっている。チロチロと出ている舌も三枚だ。 その姿は異形だけれど、それ以上にこれまでの三倍以上の大きさになっていた。姿が異様になっただけではない。地面もグラグラと揺れはじめた。
「まずい!」
この姿になると、討伐隊のみんなに緊張が走った。シュルカさんがわたしたちをかばいながら言う。
「この姿になっては逃げるのにも苦労するだろう」
「ええ! せっかくここまで救出できたのに?!」
そう叫ぶと同時にわたしたちの後ろの壁からマグマが噴き出した。
「出口が!」
信じられない。きっとマグマをサラマンダーが操っているのだ。出口が塞がれたらどうやって逃げればいいのだろう。
『誰一人として逃がさぬと言っただろう! お前らは死ぬまで吾輩と戦うのだ!』
さらに禍々しい声になったサラマンダー。死ぬまで戦うなんて、絶対嫌だ。イオはそれでも戦う気のようで、サラマンダーに剣で斬りつける。
「何ッ!?」
ジュウッという音がして、硬いはずの剣の一部が溶けてしまう。それを見てイオは下がろうとするが、そこへサラマンダーの腕が伸びて襲って来た。
「ぐはッ」
大きく弾き飛ばされるイオ。このままでは岩壁に激突してしまう。わたしはすぐに杖の精霊石に声をかける。
「スイリュウ! バブルで包んで」
水の狼スイリュウはすぐに出てきて、イオの元にバブルを飛ばさせた。何とか激突する前に、バブルで包み込むことに成功する。少しバウンドして地面に落下するイオ。
「イオ!」
わたしはイオの元に駆け寄った。イオが飛び出す前に止めないといけなかったのだ。本当はわたしは大人で、イオはまだ子供だったのに。
「ユメノ、すま、ない」
意識はあるけれど、胸に大きな傷を負っている。スイリュウのバブルで冷やされてはいるけれど、たった一撃でこんなことになるなんて。
「ユメノ……」
ずっとイオの傍にいたカカも泣きそうな顔でこちらをみた。出口も塞がれて、イオもすぐには動けない。絶体絶命のピンチだ。
『おや。お前は』
ごくりと熱い唾を飲み込む。視線を感じた。燃えるような視線を。振り返ると、サラマンダーと視線が合った。すると、サラマンダーは大げさに騒ぎ出す。
『お前は、禁忌の子! なぜこの地に入ってきた! これ以上、吾輩の地を汚そうというのか!?』
「禁忌の子?」
もしかして、他の世界から来たことが分かったのだろうか。それ以外には心当たりがない。
『目障りだ! 消えろ!!』
わたしに向けてサラマンダーが長く不気味な黒い腕を伸ばしてくる。
「ス、スイリュウ! 水の壁だ!」
わたしは少年の声で、スイリュウに命令する。目の前に水の柱が出来た。
『この程度で防げると思ったか!』
じゅわっ。そんな音がして簡単に水の壁は蒸発してしまった。もうダメだと何回目かに思う。そのとき、声が響く。
「プルメリア! 花籠!」
オリビアさんの声が響いて、わたしたちは花の中に包まれた。さすがにオリビアさんの精霊が作る防御は頑丈で、サラマンダーの腕を防いでくれる。
「お前の相手は俺だ!」
「イオ! ユメノ!」
ビューロさんがサラマンダーの気を引いている間に、オリビアさんが駆けてきた。
「飛び出したときはびっくりしたわよ、二人とも」
「すま、ない」
イオは枯れた声で返事をする。オリビアさんの精霊は手当をするように、イオの胸元に葉を巻いていく。
「いいから、謝罪は後々。ここをどうにかする以外ないわ」
オリビアさんの言う通りだ。だけど、どうにかすると言っても出口は塞がれている。
「でも、どこにも逃げ場なんて……」
「あるでしょ。上に」
「あ! そうか!」
上を見上げると、もう夜だ。夜空の星が光っている。ぽっかりと空いた穴。火口だ。そこから脱出できるかもしれない。オリビアさんのテキパキと指示する様子に、こういうことも慣れているのかもしれないと思った。
「シュルカが怪我人から運ぶわ。イオ、あんたは二番目よ」
「いや、まだ動ける」
オリビアさんに反抗するようにイオは立ち上がった。だけど、見るからにフラフラだ。
「イオ! 無理しない方がいいよ!」
「なにも戦おうって言うんじゃない。俺なら足場を作れるんだ。それぐらいなら出来る」
確かにシュルカさんのクロキカゼで運べるのはせいぜい一人か二人。イオが足場を作ればスムーズに脱出できるとは思う。同じように思ったのか、オリビアさんも頷く。
「わたしは防御に徹するわ。……それで、ユメノ。あなたには囮役をして欲しいの。周りを走りながら気を引くのよ。もちろん、わたしとビューロでカバーするわ。出来る?」
確かにわたしにできることは、それぐらい。非常事態だから子供だからって役割を与えないわけではない。わたしも頭をひねって考えてみる。
「……わたし、声も掛けてみる」
「誰に?」
「サラマンダーに」
イオとオリビアさんは目を丸くした。たぶん声を掛けるチャンスは今しかない。
「ユメノ、サラマンダーがあの状態じゃ」
エルメラは眉を八の字にして言う。確かにサラマンダーはもう誰の声も聞いていない。自分の寝床から邪魔者を排除することしか考えていないのだ。誰もが無理だと思うのは当然だ。
「だけど、わたしがここに来たのはサラマンダーと話をするためよ。まずはやってみないと! 声優は度胸が一番大事なんだからね!」
思い切り大きな笑顔を作って言うと、イオとオリビアさんも頷いてくれた。
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