第26話 イオの決意




 わたしとイオがロザ王国の精霊使いたちの元に駆け寄ると、わたしの顔を見て驚愕した顔をされた。思わずこんな状況なのに何かついているのだろうかと思ってしまう。怪我人の傍にいる女の人が呆けたような声を出す。




「どうして、こんな所に子供が……」




 なるほどと思った。討伐隊はSランクの精霊使いたちだけ。それなのに子供がいるはずがない。ロザ王国の人たちは年寄りこそいないものの、やっぱり熟練した技を持っていそうな風貌をしている。イオでさえ、一回り近く若いだろう。




 わたしはしゃがみ込んで、怪我人に声をかけた。




「わたしたちはゲーズの街からの討伐隊です。ちょうど山を登ってきていて、悲鳴が聞こえたので助けにきました」




 わたしがなぜ子供なのにここにいるかを話している余裕はない。とにかくこの洞窟から脱出することが最優先だ。そばにいる女の人がうろたえながらも答える。




「そ、そうですか。ありがたい。この人はわたしたちのリーダーなのです。わたしをかばってサラマンダーの炎を足に被ってしまいました。消火はしましたし、命も無事です」




 気絶している人は足が黒焦げになっている。動けそうにないけれど、命があってよかった。




「プルメリア。小さな花籠を作って」




 傍に来たオリビアさんが精霊に命令する。すぐに一メートルぐらいの大きさの花籠が出来た。オリビアさんはロザ王国の精霊使いの人たちに促す。




「これに乗せて運びなさい」




「はい!」




 みんなで慎重に気絶している彼を花籠に乗せようとする。それを見たサラマンダーが雄叫びのような声を上げた。




『おおおお、お前ら!! どこに行くつもりだ! 誰一人として、ここから生きて出ることは許さん!』




 また、マグマから炎の精霊をたくさん呼び出す。




「俺が攻撃する。他のものは爆発に備えていろ!」




 シュルカさんが襲ってくる精霊に杖を向ける。解放されている風の精霊、クロキカゼも、前に出て彼らを睨みつけた。




「おい! お前の相手は俺だ!」




 ビューロさんもサラマンダーの注意を引き付けようと槍での攻撃を繰り出した。わたしとイオは、オリビアさんが出した花籠を引っ張りながら出口を目指す。




『トオサナイ』




 その前に、火の精霊が一体現れた。




「クロキカゼよ!」「フリント!」




 黒い羽が生えた男の子の精霊が飛んでくると同時に、イオのキツネの精霊が現れ、目の前に土の壁が築かれる。




『きゅる!』




 クロキカゼが一回鳴くと、黒い風が生み出され火の精霊に向かう。ボンッと壁の向こうで爆発する音がした。衝撃で土の壁がなくなるけれど、わたしたちは無傷だ。

精霊も黒い岩の欠片になり、火がパチパチと微かに残っているだけ。やがて、何もなかったように空中に消えていく。怪我人を運びながら、わたしたちは出口の方へと向かった。









 出口近くの大岩の辺りに来ると、後ろを振り返る。襲ってくる火の精霊は減ってきていた。シュルカさんも、ロザ王国の精霊使いたちも、警戒しながら退いてきている。火の精霊もむやみに襲っても無駄だと判断したようだ。




 これは成功と言ってもいいだろう。わたしは胸をなでおろした。




「よかった。どうにかなりそう」




 まだ、出口からも出ていないけれど、あの禍々しいサラマンダーからは大分距離も出来ている。




 だけど、わたしはふと疑問に思った。あのサラマンダー、わたしが元の世界に帰る方法なんて本当に知っているのだろうか。知っていても、とても素直に話しそうにはない。ずっと肩に掴まっていたエルメラに確認の意味で問いかけてみる。




「ねえ、エルメラ。あのサラマンダーとまともに話が出来ると思う?」




「思わないよ?」




 ケロッとエルメラは言う。それはそうだろうと、誰もが納得するはずだ。




「でも、太古の昔は普通に話も出来たらしいよ」




「太古の昔ねぇ……」




 昔はもっと穏やかな性格だったのかもしれない。なにがきっかけで彼はあんなに怒っているのだろう。ロザ王国の人たちが寝床に入ったからといって、あれほど怒るものなのだろうか。




 そんなことを話している間に、シュルカさんとロザ王国の精霊使いたちも、ここまで駆けて来た。ロザ王国の精霊使いの男の人が涙ぐみながら頭を下げる。




「よかった。君たちが来てくれて本当に助かった」




 シュルカさんは分かっているというように頷く。




「ああ、タイミングがよかった。ただ俺たちは朝から戦って来て、もう精霊たちもほとんどが力尽きていた。サラマンダーも弱ってきたとはいえ、逃げられないところだっただろう。運も良かったな」




「弱って来た?」




 イオが珍しく口を開く。




「ああ。だから、ビューロも余裕がある」




 確かにまだわたしたちをかばって戦うビューロさんは、完全にサラマンダーを翻弄している。慣れているのだろうけれど、見ているこっちは冷や冷やした。




「イオ」「ああ」




 カカとイオが何故か頷き合う。そして、わたしたちを振り返る。




「ここまで来ればもう大丈夫だろう」




「イオ。油断してはいけない。眷属の精霊たちが追ってくる。それにサラマンダーの恐ろしさは……」




 シュルカさんが厳しい口調で言うが、それをイオは遮る。




「シュルカさん、オリビアさん。ここまで連れてきてくれて、ありがとうございました。ビューロさんにも、後でお礼を言っておいてください」




 わたしの頭に疑問符が浮かぶ。どうして、今、お礼を言うのか。イオはわたしの頭の上に手を置く。いつもの妹扱いだ。目を細めてイオは言う。




「ユメノ。気をつけて帰れよ。お前なら、将来素晴らしい精霊使いになれるはずだ」




「イオは?」




「俺は行く。サラマンダーを使役するために」




「え……」




 そのままイオはわたしたちに背を向けて走り出した。




「おい!」「ちょっと!」




 シュルカさんとオリビアさんが止めようとするけれど、払い除けてイオはサラマンダーの元へと強引に走って行く。走りながら口上を述べた。




「我と契約せし土の精霊フリントよ。硬き意志をその身に纏わせ。その身を我にゆだねたまえ。その真なる力を解放せん!」




 イオが叫ぶのを初めて聞いた。解放だ。キツネの姿だった精霊が毛皮を被った男の子に変化する。




「フリント! 杖に纏え!」




 振り上げた杖。それに尻尾と耳が生えた精霊フリントが回る。ビューロさんのように精霊自体が武器に変化するのではなく、杖を剣のように石を纏わせる。よく見たはずの光景だけれど、わたしにはいつもより剣が大きく、鋭く見える。




「道を!」




 そう言うだけで通じたようで、フリントはイオの足元に石でできた足場を作っていく。続いていく先はサラマンダーの首元だ。駆け上がったイオは思い切り剣を突き立てた。




『ぎゃああああああ!』




 サラマンダーの断殺魔が辺りに響く。傷つけた首から火花が派手に散った。




 イオが走りだしたときは驚いたけれど――




「も、もしかして、もしかしちゃうんじゃない!?」




 わたしは思わず手に汗を握った。




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