第21話 Sランクの人々



 日が暮れてきて街の石壁がゆっくりと橙色へと染まっていく。わたしとイオはくつろいでいた精霊ギルドを出て、ビューロさんが指定した食堂に向かった。街の家々には軒先のランプに火が点っていて、柔らかな橙色の光が優しく街を照らしていた。

カカが布の隙間から指をさした。




「おっ、あそこだぞ! マグマグ亭って店だ!」




 マグマグ亭には次々とお客さんが入っていっている。流行っているようだ。ドアを開けて中に入ると、やはりたくさんの人がごった返していた。そしてたくさんの樽が壁に並んでいた。わたしは思わず鼻をつまむ。




「わっ、お酒臭い!」




 まだ夜も始まっていないような時間なのに、お酒の匂いが店の中は充満している。




「来たな! こっちだ!」




 ガヤガヤと騒がしい店内の奥のテーブルを見ると、ビューロさんが手を上げていた。わたしとイオはお客さんの隙間を縫ってそちらに向かう。




 丸い木のテーブルにはビューロさんともう一人、男の人がついていた。黒いフードのマントを被り、チビチビとジョッキのビールを飲んでいる。ビューロさんが隣の席を叩いた。




「よく来てくれたな。まあ、座れよ」




 イオがビューロさんの隣に座り、わたしはその隣に座った。黒いフードの男の人がじっと見てくるので、なんだか居心地が悪い。この人もSランクの精霊使いなのだろうか。




「紹介するぞ。今回、Sランクになったイオとユメノだ。サラマンダー討伐隊に入ることになった。イオ、ユメノ。こちら、一緒に討伐隊に入っているシュルカだ」




 討伐隊ということは、やっぱりSランクの精霊使いということだ。シュルカさんは黙ったまま軽く頭を下げる。どうやらイオのように、無口な人みたいだ。わたしもぺこりと頭だけを下げた。ビューロさんだけがテンション高く話を続ける。




「それから遅れてくるのがもう一人いる。この五人の精霊使いと妖精二人で討伐に行くことになる」




「妖精?」




 疑問に思ったのか、シュルカさんがビューロさんの顔を見つめる。




「ああ。紹介してくれるか? 山に登れば彼らの助けも必要になる」




 ビューロさんの言葉に、フードの中にいるエルメラと口元の布の中にいるカカが顔だけを出した。




「俺はカカ! 精霊の探知は任せていろ!」




「わたしはエルメラ……」




 エルメラは周りに用心しているのか、小さな声だ。満足そうにビューロさんは頷く。




「山には暴走した精霊が数多くはびこっているからな。だが、わたしたちの目的はサラマンダーだ。出来るだけ避けるに越したことはない。まあ、堅いことは抜きにしてまずは交友を図ろう。この二人に飲み物を!」




 はーいとお姉さんの声がして、すぐにシュワシュワのソーダが二つ運ばれて来た。ついでに食べ物もたくさん並べられた。ビューロさんはビールを飲みながら尋ねてくる。




「ところで二人はどこから来たんだ?」




「わたしはロオサ村です」




 素直に異世界から来ましたなんて言うと、頭がおかしくなったと思われるだろう。だから、無難に答えた。




「なるほど。ロオサの森の村だな。あの村には確か伝承があったな。精霊使いを数多く輩出していたそうだが」




 そんなこと言われても、わたしが知るわけがない。




「そう言えば、イオはどこから来たの?」




 イオに話を振って、無理やり話を変えた。




「……俺はノームの大森林にある、とある村から来た」




 わたし以外の二人が息を飲む気配を感じた。どこかおかしなことを言ったのだろうか。




「ねぇ、大森林の村だと何かあるの?」




 イオに尋ねたけれど、代わりにビューロさんが答える。




「元々、大森林は比較的穏やかな森だった。しかし、近年土の精霊ノームの手によって、壊滅されつつあるらしい」




 土の精霊の王ノームの手によってという言葉に疑問を覚える。普通は精霊だから、森を守りそうなものだけれど。シュルカさんがイオの目を見て語り掛ける。




「……珍しいな。森に住む民は反抗の意思がないものが多いと聞く。反抗的な精霊使いもいるんだな」




 まあなとだけ答えるイオ。そんなに素っ気ない返事でいいのだろうか。だけど、飲んでいたサイダーをテーブルに置くと、イオはその手でぐっと拳を作った。




「俺は必ずサラマンダーを使役する。同じ精霊の王ならばノームに対抗できるはずだ」




 この世界のことを知らないわたしには、事情はよく分からない。けれど、イオはノームを倒したいから、対抗するためにサラマンダーを使役したいのだとやっと知ることが出来た。




 イオの深刻な事情を聞いて、わたしたちのテーブルだけしんと神妙な雰囲気になる。




 しかし、そこにとても場違いな声が響いた。




「いやーん。カッコいい!」




 びっくりして振り返るとムチムチなお姉さんが立っていた。薄い布の水着のような服で、小麦色のナイスバディを惜しみなくさらしている。




「素敵ぃ。故郷のために戦っているのね!」




 お姉さんはイオに抱き着く。イオは喜ぶわけでもなく、鼻の下を伸ばす訳でもなく。ただ顔をしかめた。十七歳の反応ではない。わたしはちょっとだけ心配になる。けれど、関係ないとばかりにお姉さんはイオに声をかけた。




「しかも、素敵な声。ねえ、今夜はわたしと二人きりでお話しない?」




 苦笑いをしたビューロさんが言う。




「オリビア。今夜はこの五人で決起集会だ」




「色気が無いわよ。ビューロ、その後でってことじゃない」




 オリビアと呼ばれたお姉さんはわたしの横に座った。頬杖をついてイオに熱い視線を送っている。イオは女の人に絡まれるからイケボを封印している。それなのに、仲間と過ごしているからと地声で話して、さっそく目をつけられてしまったみたいだ。




「この五人でってことは、この人も討伐隊なんですか?」




 わたしがビューロさんに尋ねると、オリビアさんが頷く。




「そうよ。お金の為に討伐隊に入っているの。一回討伐に行くだけで、国から一万ビルも貰えるんだから。今度はどんな宝石を買おうかしら」




 オリビアさんの指や耳、胸元にはキラキラと宝石がこれでもかとあしらわれていた。なるほど、お金のために行く人もいるんだと納得する。危険だけど、それだけ報酬も高いらしい。




 ふと、店内の視線が多く集まっていることに気づいた。ひそひそとした声も聞こえてくる。




「おい、あそこのテーブル」




「ああ。Sランクの精霊使いたちだ。雷轟らいごうのビューロに黒き風のシュルカ、咲乱さくらんのオリビア。なんて豪華な面々なんだ」




「あの、子供二人は新しい討伐隊のメンバーか?」




「それにしても若いな」




 Sランクの三人には二つ名がついているみたい。しかも、わたしだけでなくイオまで子供扱いされている。ビューロさんたちは、おそらく二十代だろう。確かに十七歳のイオは一回りほど若かった。




「五人そろったから、改めて自己紹介しよう。今回の討伐のリーダーを務めるビューロだ」




「今回の? 前回は違ったのですか?」




「ああ。前回のリーダーはサラマンダーの炎に焼かれて動けないほど重傷だからな」




 ビューロさんは親指を立てて、ニッカリと笑った。聞かなければ良かった。周りはガヤガヤしているのに、わたしたちのテーブルだけシンと静まり返る。




 やがて、オリビアさんがテーブルに巻いてある髪をクルクルいじりながら話し始める。




「まあね。前回はリーダーがわたしたちをかばって逃がしてくれたんだけど。まっ! わたしたちも退路を確保しながら進めば大丈夫よ! それに国の命令で行かない訳にはいかないんだしさ」




 討伐隊は自主的にしているわけではないらしい。力のある精霊使いの義務。オリビアさんもお金をもらっても、本当は行きたくないんじゃないかと思った。




「……俺はリーダーの仇を討つ」




 シュルカさんが目の奥を光らせた。ビューロさんは止めるかと思ったけれど、無言でグラスを傾けている。きっと前のリーダーは慕われている人だったのだろう。




「とにかく、体力がいりますよね! 山を登るんだから! ご飯いっぱい食べないと。ほら、エルメラたちも」




「ありがとう、ユメノ」




 わたしはブドウをちぎってフードの中のエルメラに渡す。イオもカカも無言で食事を始めた。




「やーね。ガツガツしちゃって。あんまり熱血なのもどうかと思うわよ」




 そう言いつつ、ビールをあおるオリビアさん。ビューロさんはニッカリと笑った。




「そうだな。食べれるだけ食べておけ! 出発は明後日だ。それまで各々、準備をしていてくれ」




 さらに料理の注文をするビューロさん。その後も山に登るときの注意点などを聞かされて、この場はお開きになる。オリビアさんがまたイオを誘っていたが、頑なに拒否していた。たぶん、イオはそれどころじゃないよね。




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