第20話 討伐隊へ



 ビューロさんが腰に手を当てて、わたしに話しかけてくる。




「さて、これで君のSランク昇格は確実だろう」




 確実という言葉に、わたしはつい興奮してしまう。




「やっぱり!? やっぱりそう思う!?」




 誰もがわたしにはSランクは無理だって言っていたけれど、ビューロさんは違うみたいで嬉しい。ニッと笑みを浮かべて頷く。




「君はサラマンダー討伐隊に入るつもりなのだな?」




「そうです! サラマンダーに聞くことがあるんです!」




 わたしの答えにビューロさんは目を丸くした。




「あの厄介なサラマンダーを相手に様子を見に行くわけでもなく、倒しに行くでもなく、聞くことがあるとは。そんな精霊使いは君が初めてだろう。だが確かに、かの火の精霊の王サラマンダーはどれだけ生きているかも分からないほど長寿だ。知識も豊富だろう」




 それを聞いて断然やる気が出て来る。サラマンダーならきっと元の世界に帰れる方法を知っている。




「ただ、会話するだけの余裕があればいいのだが。我々でも生きて帰ってくるだけで精一杯だろう」




 イオがわたしの両肩を掴んでくる。




「つまり、ユメノには無謀だということだ。討伐隊に入るのは止めておけ」




「何ですって!?」




 ぐるりと首を回して、イオを睨みつけた。確かに危険かもしれないけれど、行かないと元の世界には帰れない。それでもイオは譲らない。




「Sランクのビューロさんも反対をして」




「いや。わたしはぜひ、君にも討伐隊に入って欲しい」




「「え!!」」




 ビューロさんの言葉にわたしとイオは同時に声を上げた。




 まさか、ぜひにとまで言われるなんて、わたしでさえ思ってもみなかったのだ。ビューロさんは意味ありげに腕を胸の前で組み、わずかに口角を上げる。




「君にはわたしたちでは出来ないことをしてもらいたい」




「出来ないこと?」




「そう。語り掛けだ」




 精霊使いなのだから語り掛けることは誰でも出来るのではと首をひねった。ビューロさんは、わたしたちの疑問を感じ取ったのか説明を始める。




「サラマンダーはわたしたち人間に怒っている。いや、憎んでいると言っても過言ではない。何故かは分からない。ただ、サラマンダーの住処につくと問答無用で攻撃されるんだ」




「それは、住処に勝手に入ったからじゃなくて?」




「いいや。あの怒り方はその程度の怒りではない。だから、わたしたちはもう随分前に語り掛けることを止めてしまった。討伐隊の名の通り討伐を目的に向かう」




 ビューロさんは腰をかがめて、わたしの顔をのぞき込む。




「ただ、君が水の精霊を鎮める様子を見て気が変わった。ユメノ。君の声なら届くかもしれない」




「怒り狂うサラマンダーに?」




 ビューロさんは深く頷く。確かにわたしは精霊の戦闘に慣れていない。だから、語り掛けて鎮める方が役に立つだろう。でも、水の精霊も元から知っていた仲だから上手くいったようなものだ。絶対に討伐には行くけど、大丈夫かと不安がよぎる。




 イオはそれまでと同じように反対した。




「危険だ。精霊に守らせるにしても、ユメノをそんな場所に連れていくなんて」




 しかし、ビューロさんはその眉間にしわを寄せた顔を見てニッと笑う。




「君も討伐隊に入りたいのだろう? Sランクになったからと言って誰でも入隊できると思ったら困るな」




「なに……」




 表情を変えるイオにビューロさんは、ウインクをして指を立てる。




「だが、そうだな。彼女の護衛のために付いてくるというなら考えなくもない」




「イオがユメノの護衛? 護衛でサラマンダーが使役できるようになるのかよ!」




 カカが大声を上げる。ビューロさんは突然顔を出した妖精に驚いた様子もなく続けた。




「妖精付きか。君自身にも何か事情があるな。だがサラマンダーを使役しようなどと、恐れ多いことが出来ると思うか? 相手は精霊の王だぞ」




「……出来なくてもやる。お前たちは倒そうと言うのだろう」




 険悪な雰囲気に、ビューロさんを睨むイオの服を引っ張る。




「ちょ、ちょっと、イオ。同じ隊になる人でしょ? あんまり立てついちゃ……」




 仲良くとはいかなくても、波風を立てない方がいいだろう。ビューロさんは念を押すように言う。




「討伐隊の目的はサラマンダーを倒すことじゃない。狂った火の精霊を発生させるサラマンダーの力を削ぐことだ。ユメノも、覚えておいてくれ。一番は自分たちの命だ」




 自分の命。それは命あっての物種だ。死んでいたら元の世界に帰れないし、夢だって叶えることは出来ない。でも、元の世界に帰るためにはサラマンダーに挑まなくては。一度でダメなら何度だって挑戦するつもりだ。




「それでは、今夜、このギルドの通りにある食堂に集まってくれ。仲間を紹介する」




 ビューロさんは片手を上げて精霊ギルドを去って行った。












「え、え、えっ」




 精霊ギルドに帰ってきたルーシャちゃんがニワトリのように鳴く。




「Sランクですって!? どういうことですの!?」




「どういうこともなにも、そういうこと。設計図を見つけたものがSランクになる。そう依頼書に書いてあったじゃない」




 ルーシャちゃんに見せているカードは、既にBランクからSランクになっていた。一気に二ランクアップしてわたしもご満悦だ。ちょっとだけ、自慢げにしていたルーシャちゃんの気持ちが分かる。




「きいぃぃッ! こんなところに隠してあるなんて誰も思わないですのよ!」




「でもわたしは見つけちゃったんだな。これでサラマンダー討伐隊にも入れるし、万々歳だよ!」




 ビューロさんには結構脅されたけれど、第一の目標は達成されたのだ。喜ばない手はない。だけどルーシャちゃんは表情を変え、急に真顔になった。




「なんですって? ユメノ、本当にシュウマ山に登るつもりですの? サラマンダーを倒しに?」




「うん。だって、そのためにこの街に来たんだもん」




 途端にルーシャちゃんは額に手を当ててわざとらしくクラクラした。もしかしたら、わたしの言っていたことは冗談だと思っていたのかもしれない。




「とんだど素人さんだと思っていましたが……。それだけじゃなくて、こんなおバカさんだっただなんて」




「おバカさんじゃないよ。わたしはその……」




 まさか元の世界に帰るためとは言えない。もっとおバカさんだと言われそうだ。




「わ、わたしにだって一応考えがあるの! それにボディガードだっているしね」




 後ろに立っているイオを振り返る。それでも、ルーシャちゃんに納得した様子はない。




「でも、彼も最近Sランクになったばかりというじゃありませんの。……いいですこと、ユメノ。危険だと少しでも感じたら、すぐに山を下りてきますのよ」




 ルーシャちゃんはわたしの肩に手を置いて、言い聞かせるように言った。偉そうにしているばかりじゃなくて、ちゃんと人のことを思いやることもできるんだ。と、少し上から目線で思ってしまう。カカがどこか楽し気にイオのふりをして言う。




「いい友達を持ったな!」




「友達ではございません。危なっかしいど素人さんを先輩として放っておくわけにはいかないだけですのよ!」




 ルーシャちゃんはそう言い張った。




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