第4話 せいゆー、ってなに?


 森の中の細い道を歩き続けていると、大きな道へ出て来た。簡易的なものだけど、土を固められ舗装されている。右と左、交互に見てからエルメラに向き直った。


「それで、精霊の王はどっち?」


「まさか! 無謀すぎるよ。まずは近くの町に行って、必要なものを買わないと!」


 左の方向へと飛んでいくエルメラ。あまり気が進まないけれど、わたしはエルメラに従って歩いていく。


「この道を真っ直ぐ行けば、近くの町につくよ。一本道だから絶対迷わないから!」


 わたしたちはゆっくりと街道を進んで行く。一本道とはいえ、どれくらいの距離があるか分からないし、子供の身体だ。無理は禁物だ。


 しばらく前を案内していたエルメラがわたしのすぐ横に飛んできた。


「ねぇ、気になっていること、聞いていい?」


「なに?」


「せいゆーって、なに?」


 頭の中にせいゆー?という文字が浮かぶ。すぐに声優という漢字に変換された。


「ああ。そっか。こっちの世界ではアニメどころか、テレビもないんだ」


「あにめ? てれび?」


 一からというより、ゼロからの説明だ。頭の中でたくさんの言葉を考えては消す作業をする。なんとかまとめて口を開く。


「えっとね。さすがに物語はこっちの世界でもあるでしょ?」


「うん。たまに旅の一座が来て、いろんなお話を聞かせてくれるよ」


「その物語に絵がついて、動くの。それがアニメ!」


「うーん?」


 首をひねるエルメラ。すごく分かりやすく説明したつもりだったけれど、やっぱり難しいみたいだ。


「それでね」






 ――10分後。


「つまり、物語の絵が自動で動いて、声がでるんだ」


「うーん。まぁ、そんな感じかな」


 本物を知っている身からすると、なんともぎこちない解釈だけど、アニメの凄さがなんとなくでも伝わったなら嬉しい。だけど、次の瞬間、わたしの表情は凍り付く。


「その声を演じるのがせいゆーなんでしょ。なんだか、簡単な仕事。やっぱり、こっちで世界を救わないと!」


「簡単な、仕事?」


 わたしは思わず足を止める。


「ユメノ?」


 口元は笑っているけれど、目は笑っていない自覚があった。それでも明るい声を努める。


「エルメラはアニメを見たことがないでしょ? だから、声優の仕事も分からないよね」


「でも、話すだけなんだよね」


 続くエルメラの雑な言葉に、さらに口元がひくひくした。


「はーなーすー。だけでも、間を取ったり、感情をこめたり。技術がいるの」


 落ち着かなければならない。相手はアニメを見たことも聞いたこともなかった妖精だ。


 そんな相手に――


「言霊じゃあるまいし、声を出すのに技術も何もないでしょ」


 ぶつんッ!


 そんな音がどこかで聞こえた気がした。


「そこまで言うなら! そこまで言うなら、お見せしましょう! 今をときめく実力派声優、星崎夢乃の実力を!」





 

 わたしたちは街道の横にあった切り株に腰を下ろして向き合った。


「題目は赤ずきんちゃん」


「赤ずきん?」


 世界が違うのだから、もちろん伝えられている物語も違うようだ。


「むかしむかし、ある所に赤いずきんをかぶった女の子がいました」


「これもあにめ?」


 エルメラの無邪気な声を聞き流して、物語を続ける。


「ある日、お母さんが言いました。赤ずきん、これから森に住むおばあちゃんのお見舞いにパンとワインを届けてくれる?」


 お母さんのセリフの声色を変えて口調も変えて話す。不思議そうにエルメラがキョロキョロと辺りを見回した。誰かほかにいるのかと思ったのかもしれない。


「おばあちゃんの家ね。赤ずきんは頷きます。寄り道はしてはいけませんよ。特に森の深くに入ってはだめ。はーい」


 ナレーションとお母さんと赤ずきん。次々に役を変える。ぽかーんとした顔でエルメラがわたしを見つめていた。


「赤ずきんはおばあさんの家に向かいました。途中、森の中にとても綺麗なお花畑を見つけます。わあ、おばあちゃん喜ぶかな。赤ずきんは言いつけを破って、おばあさんの為に摘んでいこうと森の中に入りました。それを、一匹の狼が見ていました」


 狼と言う言葉に、エルメラのハッと息を飲む音が聞こえた。


「狼は赤ずきんに近づいて言います」


 これからが見せ場だ。お母さんと赤ずきんの声を使い分けるなんて訳ない。わたしは狼の太く怪しい声を意識した。


「狼が」


 あれ? いま、なにか後ろを横切ったような。


「狼が……」


「狼がなに?! どうしたの!? まさか、赤ずきんを襲ったの?!」


 先を急かすエルメラだったけれど、それどころじゃなくなった。わたしは杖を持って立ち上がる。


「狼がいるッ!」


「え? キャアッ」


 エルメラに向かって泡の攻撃が襲ってきた。わたしはエルメラを掴んで、自分の方に引き寄せた。間一髪、当たることなく避けたのだ。


「どう見ても精霊だよね」


 輝くような青い狼がいる。森から出て来たのだ。口からコポコポと泡を出していて、明らかに普通の狼じゃなかった。


「たぶん、水の精霊に憑りつかれているのよ」


 手を離したエルメラもわたしの横に飛んでくる。この世界に来て、二回目の戦闘だ。わたしは青い狼を見据えて息を飲んだ。





 水の精霊に憑りつかれた青い狼。今度は泡の攻撃じゃなくて、牙を剥いて直接襲ってきた。


「きゃあ!」


 当然、声優のわたしは戦闘のプロなんかじゃないし、今は子供の身体になっている。わたしは杖を盾にしながら横に避けた。ガッと杖にぶつかった衝撃がする。


 また襲ってくる前に急いで距離を取った。


「この前はかまどに火の精霊が宿ったって言っていたよね。動物に憑りつくことなんてこともあるの?」


 エルメラは神妙に頷く。


「昨日の火の精霊だって、かまどの火に宿ったって言っていたでしょ。それと同じ。精霊は動物や物、虫なんかにも憑りついて、実体を得て人を襲うの。でも、大丈夫。見たところ昨日の火の精霊よりもずっと弱いから」


「じゃあ、昨日みたいに言霊で!」


 わたしはクリスタルのついた杖を突き出した。何かを言う前に、クリスタルにエルメラが小さな手をつく。


「ううん。せっかくだから違うことを試してみましょう」


「違うこと?」


「そう。火の精霊を使役してみるの」


 使役というと、わたしの代わりに精霊に戦ってもらうということだろう。杖の先を見つめる。透明のクリスタルの中には赤い球が一つ浮かんでいた。


「使役って、どうするの?」


「一度、ユメノの命令に従っている精霊だもの。名前を呼んで命令すれば、その通りにするはずよ」


「簡単な仕組みね。それじゃ、いっちょやってみますか!」


 杖のクリスタルに手をかざした。ユーリの声を意識する。


「火の精霊、ホムラ。出てきなさい!」


 クリスタルが赤く光る。あまりの明るさに瞬きを数度すると、目の前に火の蛇が現れていた。だけど――


「小さくない?」


 出て来た精霊・火の蛇ホムラは両手で抱えられるほどの大きさだった。一軒の家を取り囲むほど巨大だったのに。


「昨日は時間が経って成長していたのね。でも言霊で大きく出来るはずだよ!」


 エルメラの鼓舞か、火の蛇を出したせいか。目の前の青い狼は興奮したように唸り出した。


「ガウウウウッ! ガウッ」


 青い狼は口から泡を大量に飛ばしてくる。


「わっ! 守れ、ホムラ!」


 命令通り、向かってくる泡をホムラは口を開けて潰すように食べていく。全部の泡を食べることが出来た。だけど、


 シュウゥゥ……


 ホムラから蒸気が上がっている。元々小さかったのに、一回り小さくなってしまった。わたしはぎゅっと杖を握る。


「よく考えたら、火と水じゃ、圧倒的に火が弱くない?」


 意外な盲点だったようで、エルメラはえっ!と声を上げた。


「う、うーん。でも、まだ一体しか精霊いないし」


 青い狼は再び襲ってくる。命令通り、ホムラは守ってくれるけれど、防戦一方だ。防ぎきれなかったバブルを避けながら、わたしはエルメラに尋ねる。


「どっ、どうすればいいの?」


「言霊! 言霊でホムラを成長させることが出来るはず!」


「分かった。えーと」


 記憶の中の漫画のページをめくる。戦う姫ユーリが戦場で兵士を鼓舞するシーンだ。


「兵たちよ!」


「わっ。また、あの声」


 剣に見立てて杖をつき出す。


「臆するな! 敵は強く見えるかもしれない。だが、それはお前たちの弱い心が見せるまやかしだ。ここを突破すれば勝利は目前! わたしの後に続け!」


 すると、ホムラの全身の炎が激しく燃え上がった。わたしは腰の横で小さくこぶしを握る。


「これなら……ッ!」


 ホムラはわたしの身長ほどの大きさになった。青い狼よりも小さいけれど、やり方次第では対抗できるはずだ。


「ホムラ! 狼の周りを囲んで!」


 言われた通り、ホムラは地面をスルスルと這って、青い狼の周りを取り囲んだ。青い狼は囲まれたことで、その場で足踏みして怯えている様子だ。


「そのまま、火力アーップ!」


 ボウッと大きく燃え上がったホムラ。大きな炎は水を蒸発させ、青い狼の身体からジュウジュウと蒸気が発生した。そして、ホムラのときと同じように透明な球が浮かび上がる。


「水の精霊が弱まった。今だよ、ユメノ! 名前を付けて!」


 決着がついて、ついぼうっとしていたところにエルメラの言葉にハッとした。


「あ、そっか、名前、えーと」


 時間が経つほど、透明な球は薄くなっていき、消えていこうとしている。


「ス、スイリュウ! あなたの名前よ!」


 透明な球はわたしの元に飛んできた。杖のクリスタルに吸い込まれる。のぞき込むと、青い小さな球が浮かんでいた。


「ホムラも、戻って」


 ホムラも小さな赤い球になって、クリスタルに吸い込まれた。ようやく肩を降ろして息をつく。かと思ったら、エルメラがすぐ耳元に飛んできて叫ぶ。


「すごい、すごい! 来たばかりなのに、もう二体も精霊を使えるなんて!」


「そ、そんなにすごいの?」


「もちろん! 村の人は精霊に憑りつかれた動物が出たら、逃げるだけだもん」


 確かに村が炎に包まれているとき、戦っている人なんていなかった。


「なんで戦わないの?」


 エルメラが手を広げて説明してくれる。


「精霊って寿命が無いでしょ。だから、すっごく体力があるの。精霊使い以外が戦ってもほとんど無駄。言霊で遠くに行くように念じることぐらいは何とか出来るけれどね」


 つまり、精霊が暴れているこの世界では精霊使いが最強ということだ。




 

 切り株で少し休憩してから、わたしとエルメラは再び街道を歩き始める。


「ねえ、ユメノ。さっきのお話の続きを話してよ。赤なんとかちゃん」


「ああ。赤ずきんちゃんね。どこまで話したかな?」


「花畑で狼に会った所!」


 どうやらエルメラはお話に夢中になったみたいだ。ニコニコと自分が声優のこと失礼な感じに言ったのを忘れている。ちょっとばかり苛立つけれど、見た目は十二歳くらいでもわたしは大人だ。


「いい? 狼は言いました」


 わたしの声に夢中になっているエルメラは可愛いしね。


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