第3話 世界への旅立ち
赤く染まっていて気づかなかった。燃えていた夜空はすっかり煙が晴れ、星が瞬いている。
「巫女さま! よくぞ、村を救ってくださいました!」
「どうぞこちらで、休憩してください」
川に避難していた人たちが戻ってきたみたい。広場の端に布が敷かれ、おばばが座っている。わたしも走ったり、大きな声を出したりでヘロヘロだ。やっぱり大人と子供では同じように声を出していても、身体の使い方が違うようだ。
「あ、ああ。さすがに疲れたかも」
ヘロヘロとおばばの横に座り込んだ。すると、おばばは地面に手をついて頭を下げる。
「お疲れ様でございました、巫女さま。村の一同を代表してお礼申し上げますのじゃ」
「あ、いや。頭を上げてください」
だけど、おばばは頭を下げたまま続ける。
「……エルメラはどうしていますでしょうか」
「え? エルメラ? あれ? いない」
キョロキョロすると、肩の上にいたはずのエルメラが、いつの間にかいなくなっている。それを聞くと、おばばは心得ているように顔を上げて頷いた。
「そのうち、出てきますでしょう。今は村も忙しい」
二人で村に目線を向けると、村人たちが戻って来て、瓦礫を片付けている。村の半分の家は焼け焦げていた。普通の火じゃないせいか、ジェンガで一部が抜かれたかのように崩れ方も普通ではない。修理するのも大変だろう。
村人たちはチラチラとこちらを気にしている様子だ。そこに、おばばに付き添っていた男の人がやってきた。おばばが男の人に向けて話しかける。
「村長。いま、巫女さまにお礼を申していたところですじゃ」
男の人は村長だった。村長というからおばばのような老人をイメージするけれど、火事など災害があれば動ける人の方がいいのだろう。村長は村人たちを振り返る。
「皆の者、聞け! 火の精霊がかまどに宿って、この程度で済んだことは奇跡である。隣の村では家は跡形も無く焼け落ち、周りの畑、家畜小屋も全て炎に飲み込まれたそうだ。それでも火は収まらず、国の精霊使いたちがやってきて、やっと収まったと聞いている! 巫女さまが村を守ってくれたのだ! 礼を!」
村の人たちが次々と恭しく頭を下げていった。いくらなんでも、敬いすぎだ。
「そ、そんな、頭を上げてください。わたしは出来ることをしただけで……」
だけど、謙遜している場合じゃなかった。
「巫女さまは明日、世界を救う旅に出る!」
村長の言うことにわたしは、顔を青くして振り返る。
「え˝っ! わ、わたしッ! 仕事があるんですけど!」
だけど、村長はお構いなしだ。
「巫女さまの旅の無事を祈り、最敬礼を!」
村人たちがしゃがみ込んで伏せていく。地面にひたいを付けて、頭を上げている人は誰もいない。
「ちょっ! あのくそ妖精、どうすんのよ、これ!」
叫びたかったけれど我慢した。エルメラはわたしから文句を言われることを予期して、姿をくらませたに違いなかった。
走って来た森の道をわたしとおばばは、とぼとぼと歩く。
「世話になって、すみませんのう」
「いえ、家が焼けたのなら仕方ありません」
村は焼け出された人も多くて、無事な家にたくさんの人が押しかけていた。わたしの家じゃないけれど、おばばは落ち着けるようにとわたしが呼び出されたあの家に行くことになったのだ。
ふと、おばばが前の方を見たまま立ち止まる。わたしも目をむけると、そこにはエルメラがしょんぼりとして浮かんでいた。
「あ! あなたねぇ!」
「おばば、あの」
わたしが文句を言おうとするけれど、エルメラはわたしのことなんて目に入らないとばかりにおばばに近づいていく。おばばは心得ているように頷いた。
「何も言うでない。あの大蛇を鎮めくださった巫女さまじゃ。おばばからは、何もいうこともない」
「……うん」
ひとりで置いてきぼりにされているわたしは、なにこれと思うことしか出来なかった。でも、そうは言っていられない事情がわたしにもある。腰に手を当てて、エルメラに指をさした。
「エルメラ! なんか世界を救う旅に出るとか言われたけれど、わたし元の世界での仕事があるんだから、さっさと帰してよ!」
エルメラはわざとらしいぐらい目を丸くした。
「え! 仕事より大変なことが起きているんだよ! そもそも、帰し方なんて分からないもん」
「なっ、なんですって! あんたの世界でしょ!? それぐらい調べておきなさいよ!」
ぎゃーぎゃーと言い争うわたしたち。それを見かねたおばばが口を開く。
「もしかしたら、精霊の王たちならば巫女さまの帰し方が分かるかもしれませぬ」
「精霊の王?」
「はい。ウンディーネ、ノーム、サラマンダー、シルフ。人間たちよりもはるかに長く生き、知識もある四人の王たちならば、おそらく。いまも世界各地で精霊たちに指令をだしているとか」
「ふーん?」
「じゃが、彼らもまた精霊たちのように話が通じなくなっていると聞いとります。じゃが、他にあてなどありますまい。彼らを鎮めることが世界を平穏に導くに違いありますまい」
「じゃあ、結局旅に出ないといけないじゃないのよ!」
頭を抱えるしかない。わたしの声が森の中にこだました。
わたしが呼び出された家に戻ってきた。古いけれど、不思議と落ち着く雰囲気だ。誰かが先に来て、暖炉に火を入れてくれていたようだ。灯りが漏れる窓にほっとする。
家に入ると使い古した食器や家具など、生活の後が見られた。暖炉で簡単なスープを作って食べる。その後は何もする気が起きず、パッチワークのされた寝具で、おばばと並んで眠った。
「……ノ! ユメノ!」
「うーん。あと五分」
「朝だよ。出発しなくちゃ。元の世界に戻って仕事をするんでしょ」
「仕事ッ!」
仕事のいう単語に反応して、わたしはカッと目を見開き起き上がる。
「しー。おばばが起きちゃうよ」
すぐ耳元でエルメラが口元に指を当てていた。ちらりと横を見ると、おばばが寝息を立てている。カーテンの隙間からはわずかに光が差していた。そっとベッドから出て、わたしは音を立てないように桶で顔を洗う。
エルメラがクローゼットを指さす。
「あの中に旅の荷物が入っているよ」
開けてみると、中にはフードのついた赤茶けたマントとひも付きの袋が入っていた。エルメラが用意したのだろうか。マントの前にあるボタンをつけ、荷物と杖を持つ。
玄関を開けて振り返った。
「じゃあ、いってきます」
小声で言ったからもちろん返事なんてない。ぱたんと閉まるドア。わたしは気づかなかったけど、おばばは横になったまま、片目だけ開けていた。
まだ暗い中、森の中の道を歩く。村へとは反対側の道だ。
「まずは森を抜けて、街道に行こう!」
歩きながら、呑気に飛んでいるエルメラのことを軽くにらむ。世界を救うために召喚されて、こんな夜明けに村を出ていく。わたしは冒険なんかしたくないのに。
さっさとその精霊の王のひとりに会って、帰り方を聞いて、戻らないといけない。そうじゃないと、人々に忘れられて仕事が無くなってしまう。声優がアニメもない世界に召喚なんてされている場合じゃない。
「早く精霊の王に会いに行くぞ!」
「おーっ!」
エルメラは呑気に拳を上げていた。
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