現世の鬼 3

 道間家が滅びたという知らせが入ったのは、それから十日後のことだった。

 千早様からそれを聞かされたわたしが動揺することはなかった。

 おそらくそうなるだろうなと思っていたからだろうか、それとも、わたしの中で道間家は縁のないものになっていたからだろうか。わからないけれど、ただ事実だけがすとんと胸の中に落ちた。


 顔も合わせたことのない幼い妹のことを思うと、胸がまったく痛まないわけじゃない。

 だけど、わたしにとって、道間家の人間は他人なのだろう。

 彼らのことを思うよりも、このあと、現世の鬼たちがどう行動するか。わたしは、そればかりが気がかりだった。

 千早様はわたしを守ってくださると言ったけれど、それで千早様が傷つくのは嫌だ。


 青葉さんがあちらの鬼の様子を引き続き探ってくださっていて、今のところ道間家を滅ぼした後で、他の「破魔家」と事を構えた様子はないと言っていた。

 鬼や魑魅魍魎を狩る「破魔家」の中で、道間は特に鬼を狩った。

 鬼を見つけると問答無用で命を奪ってきたのは道間だけだ。

 ほかの「破魔家」は、鬼や魑魅魍魎が人に害をなす場合のみ手を下してきた。

 鬼としても、他の「破魔家」と道間家は、扱いが違うのだと思う。

 そして他の「破魔家」は、おそらく、此度の件について静観するという選択をしたのだろう。


 彼らにしてみても鬼は脅威だ。

 道間家以外に手出しをしないのならば、そのまま放置してもおかしくなかった。

 現世の鬼たちがどう動くのか。

 そればかりが気になって悶々とする日が続いた、ある日のことだった。


「お館様、現世の鬼の棟梁を名乗る水無瀬という男が、お館様にお会いしたいと申しております」


 現世の鬼の動向を探っていた青葉さんが、水無瀬様という方から伝言を頼まれたと、千早様に告げた。

 夕食を取る手を止めて、千早様が顔を上げる。

 牡丹様も、綺麗に整えられた眉を寄せ、青葉さんに視線を向けた。


「どうしてその要望を、千早が聞かなくてはいけないの?」

「そうは言いますが母上、水無瀬は自力でこちらに渡ってくることができる強い鬼です。断って強引に乗り込まれても困ります」

「そうかもしれないけれど、その鬼はユキを攫って殺そうとしたのよ?」

「……それも、わかっておりますが」


 ただ伝言を頼まれただけなのに牡丹様から責められて、青葉さんが困っている。

 青葉さんの立場上、ご自身で判断するわけにはいかないから、どうしても千早様に確認を入れなければならない。


「どうしてもというならわたしが出向くわよ」

「いえ……、母上、その、大変申し上げにくいですが、あの鬼は母上よりも強い鬼です。対面したのでわかります」


 危険だ、と言われて、牡丹様がさらに機嫌悪そうに眉間を寄せる。

 先代棟梁――千早様のお父様の妹である牡丹様は、この里では千早様に次いで力の強い鬼だそうだ。しなやかな手をした牡丹様から想像はつかないが、青葉さんとて敵わないらしい。


「その鬼をこちらに来させて、ユキに何かあったらどうするの?」

「あ、あの、わたしは……」

「大丈夫という言葉は、根拠がなければ使ってはだめよ」


 先手を打たれて、わたしは黙り込むしかない。

 わたしはどうやら青の鬼火が使えるようだが、あれ以来一度も使えた試しはなかった。あの時だってどうして使えたのかもわからないのだ。

 自分の意思でどうにかできない力は「大丈夫」と言う根拠にはならない。

 しばらく考えこんでいた千早様は、そっと息を吐き出した。


「一人で来ると言うのなら許可すると言え。ぞろぞろと鬼たちを引き連れてくるのならば却下だ」

「千早!」

「青葉の言うことも一理あるだろう? 大人数で強引に乗り込まれてはこちらも手を焼くかもしれない。だが、一人であれば俺と牡丹がいれば対処可能だし、どちらかがユキの守りに回れる。青葉もいる。違うか?」

「……そう、だけど」

「変な膠着状態が続くより、一度会った方がいい。ユキも、ここのところ気をもんで食欲が落ちている」


 わたしの前の進んでいない夕食を見ながら指摘されて、わたしは慌ててお茶碗を手に取った。

 牡丹様が肩をすくめる。


「……確かに、少し瘦せたわね。もともと細いんだから、しっかり食べないとだめでしょう?」

「ごめんなさい……」

「仕方がないわね。ユキの心労を解消すると言う意味でも、一度会うしかないのかしら。……でも、あちらが何かして来ようとしたら、手加減する保証はできないわよ」

「母上、同族でいさかいは起こしたくありません」

「わたしだってそうよ。でも、譲れないものというのは存在するの」

「承知しておりますが、ぎりぎりまで耐えてください。あちらの思惑もわからないんですから」


 青葉さんが疲れたように息を吐き出し、わたしを見た。


「ユキ、当日はお館様か母上の側を離れないでくれ。ユキに何かあったら、この二人は間違いなく暴走する。そうなれば俺では止められない」


 わたしはごくりと唾を飲み、ゆっくりと頷く。


 この里で一番と二番の鬼の暴走なんて、恐ろしくて想像もつかなかった。




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