墓参り 2
あちこちに髪の毛をつけたユキが青葉の指示に従い風呂に入るため部屋を出て行く。
それを見るともなしに見ていると、青葉がはあ、と息をついた。
「お館様、ユキをどうするおつもりですか」
以前同じようなことを訊かれたなと思いつつ、千早は片眉を上げる。
「なんだ。髪を切ったのが気に入らないのか?」
「気に入らないわけではありません。ただ、いささかお館様らしくない行動のように思われました」
(らしくない、か)
言われてみればそうかもしれない。
千早は使用人がどのような格好をしていようと、いちいち気に留めるような性格ではないからだ。
だがどうしてかユキの髪が気になった。
いや、理由はわかっている。
道間に生まれながら道間らしくないユキの、何の手入れもされていない髪がずっと気になっていた。
気になっていたから、整える道具がないのかと櫛をやったのに、それが使われた形跡はない。
せっかく与えてやったのにと面白くない気持ちで「髪を整えろ」と言えば、何故か千早の髪を整えようとした。
たぶん、あれは、自分自身を気に掛けると言うことを知らないのだろう。
(道間に生まれた、黒を持たない娘、か)
少し考えればわかることだ。
道間は黒を尊ぶ。
逆に、黒以外の色を持って来たものを疎む。
あの娘がこれまで道間家でどのように生きて来たのかなんて、あの色とあの性格を思えばすぐに理解が及ぶと言うものだ。
憐れな娘だと、思った。
憎い道間の娘にそのような感想を抱くことがあるなんて、千早自身も驚いたけれど、ユキが黒を持たない娘だからだろうか。不思議と、あの娘には嫌悪感を抱かない。
「あの娘が気に入りましたか?」
「そういうわけではない」
「では、どういうわけでしょうか」
珍しく、青葉が食い下がって来る。
箒で切り落としたユキの髪が集められ、一か所にまとめられていくのを眺めながら、千早は青葉の問いを胸の内で反芻した。
(どういうわけ、か)
そんなもの、むしろ自分が知りたいくらいだ。
最初はただの気まぐれだった。
いや、今も気まぐれに他ならないだろう。
ただその気まぐれが、少し方向性を変えたのかもしれない。
はじめは、道間の娘を弄べば面白いかもしれないと思った。
次に、予測と違う反応を締めるユキが興味深くて、手元に置いて観察して見たくなった。
そして今は――わからない。
文句ひとつ言わず、黙々と千早の下女であろうとするユキのことが、正直なところよくわからなかった。
あの娘は道間で、千早はあの娘を殺した鬼で――、現在進行形で、あの娘をこき使っていると言うのに、なぜそれを平然と受け入れるのか。
考え込む千早の前に、いつの間にか片づけを終えていた青葉が座っていた。
「もし、このままずっとユキを手元に置くつもりなら、彼女の立場を明確にしてやらないと憐れです」
千早はユキを鬼にしたが、ユキは道間の娘だった。
鬼たちは道間を――『破魔家』を嫌っている。憎んでいる。
いくら人から鬼に変質させたとはいえ、道間家出身のユキを受け入れる鬼なんてそうそういるものではないだろう。
ゆえにユキは、このままだと鬼の隠れ里で孤立する。
孤立するだけならいいが、いつ悪意にさらされるとも限らない。
だから千早はユキを自分の下女にし、この邸に住まわせたのだ。
「珍しく肩入れするな。お前の方こそらしくない」
「……あの娘は、お館様に危害をくわえませんし、その意思もないようですから」
なるほど、青葉らしい考え方だ。
生真面目なこの男の判断基準は、いついかなる時も千早なのだ。忠誠心が高いのも少々考え物かもしれない。
「立場というが、序列をつけろと言うことか? あの娘は無能ものだ。鬼に変質した今でも、たいした力は持っていないだろうよ」
「序列以外にも、立場を明確にする方法はあるでしょう。――あなたの、庇護下に入れればいいのですから」
嫌なことを聞いたと、千早は眉を寄せる。
だが、不快感をあらわにしても、今日の青葉は止まらなかった。
「お館様が拾ったのです。最後まで面倒を見るべきではございませんか?」
……なるほど、自分の蒔いた種だった。
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