第24話 丘の牧場
セレナの引くキャリッジは東に進み、西にある海から離れていく。
畑がある道を少し走ったところで、徐々に丘が近づいてくる。
丘の奥には山があるが、山までは遠いのがキャリッジの中からでもわかる。
「丘の中腹が牧場ですわ」
圭人が丘に目を向けると、動物らしきものが動き回っているのが見える。
川に近い草原とは違い、この周辺は全て人の手が入り農地や放牧地として開発されているのが見て取れる。
見た限りは草原以上に安全そうな場所に思える。
「モンスターが出そうにない場所ですね」
「意外にそうでもありませんの。放牧している家畜を狙ってモンスターや肉食動物が現れることがありますわ」
普通の農地に現れるのは草食動物が大半。
草食動物を狙って肉食動物が現れることはあるが、常に草食動物の家畜がいる牧場の方が当然現れる確率は高い。
周りが開発された環境だとしても、一度餌の場所を覚えた肉食動物は繰り返しやってくる。
「もしかして、牧場は草原より危険なのですか?」
「昼間に関しては草原より牧場の方が安全ですわ。夜は草原と似たようなものですが、毎晩モンスターや肉食動物が出るほどではありませんの」
「あまり危険では牧場ができませんか」
「その通りですわ」
丘を登り始めるとキャリッジの速度が少し落ちる。
それでも歩くよりは速い。
丘を登っていくと道が細かく分岐しており、分岐された道はしっかりと舗装されていない。おそらく牧場が作った道だと思われる。
セレナは脇道に入らず進み続ける。
丘をかなり登ったところで、脇道に入っていく。
舗装されていない道を進むと、キャリッジが多少揺れる。耐えられないほどの揺れではなく、パムが揺れて喜ぶ程度の揺れ。
「つきましたわ」
家の前でキャリッジが止まる。
「セレナさん、人の敷地にキャリッジを止めていいんですか?」
「ここは友人の家ですの」
「セレナさんの友人ですか」
「ええ、圭人と巴に紹介したいと思い付きましたの。私も以前にお世話になった人で信頼できますの。今から挨拶に行きましょう」
セレナが牛ほどの大きさから大型犬程度の大きさに戻ると、家の方に進んでいく。
圭人もセレナの後に続く。
セレナは石でできた家の前に立つと、扉をノックすることなく開けた。
結構大きな家で、玄関はかなり広く廊下が奥へ続いている。
「ホーマー! セレナです!」
普段のセレナなら出さない大声を出すと、石で作られた家のためか声がよく響く。
「おお、今行く」
家の中から返事が返ってきて、奥からゆっくりとした動きで人が出てくる。
「セレナ、ここまで来るとは珍しい。どうした?」
現れたのは羊の顔に巻いた角を持つ獣人。
顔にはメガネをかけており、バターのようなうっすらと黄色い毛並み。セレナとは違って顔以外は人間と変わらない二足歩行。服はチェックのシャツにデニムのようなズボン。その上からセレナやパムのようにローブを羽織っている。
正直作業着のような服にローブが似合ってはいない。
圭人は声からしてそこそこ年齢が高い男性だと予想する。
「ベリーを摘みにきましたの。可能であればホーマーの牧場も見学したいですわ」
「どちらも構わんよ」
ホーマーはゆっくりと頷く。
「感謝いたしますわ。魔法学園の生徒と友人を紹介いたします、パム、圭人、巴ですの」
セレナに紹介された順番に名乗る。
「パム・フラワーです」
「木曽 圭人です」
「金尾 巴です」
ホーマーが再びゆっくりと頷く。
「ワシはホーマー・ミルクという。以前はセレナの同僚だったが、今は牧場を管理している」
「ホーマーはパムが入学する前年に学園の研究者を辞めているため、会ったことがありませんね」
セレナの同僚ということはホーマーもまた魔法使いということ。
ホーマーは魔法使いであるため、作業着の上にローブを羽織っていたようだ。
「秀でた才能を持つ少女が入学したとは聞いていたが、セレナが面倒を見ているのか」
「ええ。ホーマーが学園に残っていれば面倒を見ていたのはホーマーだったかもしれませんわ」
「ワシはもう年なのでな」
「まだお元気でしょう」
ホーマーは年を取っているようだ。
圭人から見るとホーマーの声は年配の男性に聞こえるが、立ち姿はそう歳をとっているようには見えない。獣人の顔で年齢を判断するのは難しい。
「余生は妻とのんびりしておるよ。ところでセレナ、圭人と巴はシュメール人に見えるが、アンバーテイルの知り合いか?」
「圭人と巴は数日前にトラウトポートで出会いましたの。二人はアンバー様の信者……いえ、神官でしょうか?」
セレナが圭人の方を振り返る。
異世界クルガルではアンバーと呼ばれている神と、地球の金尾稲荷の稲荷神である琥珀は同一の神。そして金尾稲荷は巴の生家。
圭人は巴の幼馴染であるため昔から金尾家に出入りしているが他人で、自分が琥珀の神官かどうかと問われると悩む。
「巴、俺は琥珀様の神官なのか?」
「あたしは琥珀様、クルガルでいうアンバー様の巫女なので神官みたいなものだけど、圭人は……どうなんだろ?」
巴も圭人が神官かどうかの答えは出ないようだ。
「アンバー様の神官?」
ホーマーは圭人が神官であるかどうかではなく、アンバーの神官であることに疑問を持ったようだ。
「ええ、二人ともシュメール人ではありませんの」
「シュメール人ではない? もしや地球から来たのか」
「さすがホーマー気付きましたわね」
「ほう」
ホーマーがセレナと話すため下げていた視線を上げて、圭人と巴がいる方を見る。
地球のことを知っているクルガルの人は少ないというが、ホーマーは地球を知っている様子。
「セレナ、琥珀様から地球のことは話して構わないと言われているけれど、話してしまうのね」
「巴の事情を知っている知り合い増やしておいた方がいいですわ。ホーマーは学園の研究員を長年勤めていただけあって、私よりトラウトポートの知り合いが多いのです」
「あたしと圭人のためなのね」
「ええ。私がトラウトポートに不在の時はホーマーを頼るといいですわ」
トラウトポートに来たのが三度目の圭人には知り合いが少ない。
圭人はクルガルでの常識がわからないことが多いこともあり、問題を起こさないようにする努力はしているが、何か問題を起こしてしまう可能性がある。そのため、事情を知っていて頼りにできる知り合いが増えるのはとても助かる。
「ホーマー、私がトラウトポートにいない時、二人が頼るかもしれないのだけれど頼めるかしら?」
「構わないよ。魔法学園の元研究者としては地球に興味がある」
「ホーマーならそういうと思いましたわ」
魔法を研究するセレナとホーマーは通じ合う興味が地球にあるようだ。
「地球から来たのであれば、早速牧場を案内しよう。うちは珍しい家畜が多いから楽しめると思うよ」
ホーマーは家の中から出ると圭人たちについてくるように言う。
土が剥き出しの道を歩くと、周囲には柵に囲われた放牧地が広がっている。
ランバージャッククラブと遭遇した草原とは違い、整備されているからか草の背は足首ほどしかない。
「うちはミルクを絞る酪農中心で、食肉用にはあまり卸していない。トラウトポートの周辺は酪農中心の牧場がそもそも多いんだけども」
「なぜ酪農中心か、お聞きしても?」
「構わないよ。トラウトポートは鮮魚が手に入りやすいのと、モンスターの肉を食べる関係で食肉の需要がそこまでないんだ。安定供給するためにトラウト伯爵が支援するほどだね」
モンスターの肉。
圭人はどんな味がするのだろうと興味が湧く。だがすぐにモンスターを食べていることに気づく。ランバージャッククラブは甲殻類であるがモンスターであるのは間違いない。
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