鏡でまじわる異世界キッチン 〜料理修行をするため世界を回るはずが、神様に連れられ異世界に〜
Ruqu Shimosaka
クロケット
第1話 クロケット
台風といえばコロッケ。
「ということで台風が来ている今日はクロケットを作る」
背の高い
大きなキッチンには圭人一人しかいないため、少々虚しさがある。そんな虚しさを吹き飛ばすように圭人はコロッケの原型とも呼ばれるクロケットを作り始める。
「ベシャメルソースにチーズとハムを入れたクロケットにしよう。それともう一種類はコロッケぽく、じゃがいものクロケットを作るか」
ベシャメルソースはホワイトソースと考えればいい。正確には少し違うのだが、作り方は似たようなもの。
カニクリームコロッケを作りたいところだが、カニは高いのでチーズとハム。
「まずは熱したバターに小麦粉を入れホイッパーで混ぜる」
熱されて黄金色に溶けたバターから香ばしい匂いが立ち上がる。
食欲をそそられるいい匂い。
溶けたバターに小麦粉を入れる。
「バターと小麦粉が塊になったら牛乳を入れ、焦がさないようにホイッパーで混ぜ続ける」
牛乳が沸騰すると粘度が上がっていく。
すぐには火から降ろさず、まだ混ぜ続ける。
「そこに風味づけでナツメグを削り入れ、さらに大量のチーズを投入」
他の香草から風味をつけたい場合は牛乳から煮出す必要があるが、今回は省略。
「チーズが馴染んできたら火を止めて刻んだハムを投入」
最後に塩を入れて味の調整。
完成したベシャメルソースをバットに移し、ラップを密着させて冷やす。
冷えたベシャメルソースは固まって手で形を変えられるようになる。
大量のじゃがいもを茹でるのは大変なため、巨大なオーブンでじゃがいもを先に焼いていた。ベシャメルソースを作る前からじゃがいもを焼いていたため、芯までしっかり火が通っている。
じゃがいもを取り出すと、大量のバターと共に潰していく。ここでバターはケチってはいけない。
カロリー? そんなもの揚げ物の前では忘れましょう。
潰したじゃがいもを小判形に形成していく。
「形が違った方がわかりやすい、冷えたベシャメルソースは樽型にしよう」
形成したベシャメルソースを揚げていく。
揚げ物の基本、小麦粉をまぶし、溶き卵に潜らせ、パン粉を塗す。
油の温度は中温程度。高温だと焦げてしまうし、冷ましたベシャメルソースが溶け出してしまう。
パン粉をつけたベシャメルソースのクロケットがきつね色になるまで揚げる。
いい頃合いでバットにあげると、きつね色の見事なクロケットの完成。
「我ながら美味しそうにできている」
一つ味見というなのつまみ食いと思うが、すでにベシャメルソースの味見はしているため味はわかっている。
今は我慢、我慢。
大量のクロケットを揚げ続け、油が切れたクロケットを皿に積み上げていく。
山盛りのクロケット、またの名をコロッケが見事に完成。
クロケットを作っている間にオーブンで焼いていた豚肉のローストを盛り付ける。
今日はフランス料理のためフランスパンも添えるが、日本人なのでご飯も用意。
作ったものをワゴンに載せ、キッチンから移動する。
台風が近づいてきているため、外からごうごうとすごい音が聞こえてくる。
ここは圭人の自宅ではなく、圭人の幼馴染であり恋人の
圭人は記憶がないほど小さい頃から出入りをしているため、幼馴染の家は勝手知ったる他人の家。
圭人はドア越しに巴を呼ぶ。
「巴、夕食できたぞ」
「分かった」
巴が部屋から出てくる。
百八十センチを超える身長に、鍛えているのもあってメリハリのある体。動くのに邪魔だとハチミツのような金色の髪をショートのウルフカットにしていて、短い髪が中性的な印象を与える。
金髪は地毛であり、日本人離れした容姿の美女であるが、生まれも育ちも日本人。かっこいい見た目から学生時代から熱心なファンがいるほどの人気者。
巴の家である
巴も例外なく地毛は金髪。
「コロッケ!」
巴が食事を乗せたワゴンを覗き込んで声を上げた。
「クロケットだよ」
「前に同じって聞いたよ?」
「作り方はほぼ同じだけど、アダンさん仕込みの作り方なのでフランスの料理名」
「それなら仕方ない」
巴は圭人の説明で納得した。
アダンはフランス料理のビストロ・アダンを経営しているフランス人で、圭人に料理を教えてくれた師匠の一人。
巴の父から武術を習っており、巴とも仲がいい。
「カニクリームコロッケは?」
再びクロケットからコロッケに戻っている。
「カニ高いよね」
圭人は巴から視線を逸らして雨戸の閉められて窓を見る。
巴も圭人と同じでカニクリームコロッケが好物。だがしかし、残念ながら今回はカニクリームコロッケはない。
「ないんだ……」
「そもそも台風で売っている魚の少ないんだよね。冷凍なら売っているけどさ」
「そういうのも関係あるのね」
「今回はカニではなく、ハムクリームとじゃがいもにした」
「クリームコロッケはあるんだ」
巴はハムクリームがあると聞いて声のトーンが上がる。
「ハムクリーム、ハムクリーム」と巴が唱える。
「ハムクリーム。あ、もしかして保存が効くものを選んだの?」
「いや、台風といえばコロッケだろ?」
「ああ、そういう」
「献立に迷ってSNS見てて思いついた」
台風の風で雨戸が大きな音を立てる。
「圭人、冷める前に、奉納して食べよ」
「そうしよう」
祭壇がある部屋へと向かう。
中心には銅鏡が設置されており、周囲には剣、弓、薙刀、盾、槍など様々な武具が飾られている。金尾稲荷は成り立ちが特殊で、今は稲荷神社であるが昔は地域の氏神であり、稲荷神社という形態ではなかった。
過去には稲荷神社ではない普通の神社だったり、寺だったりと時代ごとに移ろてきた。最終的に氏神がキツネなので、江戸時代に稲荷神社と変わった経歴がある。
「大人になってから気づいたけど、普通は洋食を奉納しないんじゃ?」
「うちはうち。よそはよそ」
「それでいいのか?」
祭壇に余分に作った夕食を奉納する。
山のように料理を作ったのは奉納するのに見栄えを気にしているためだ。
巴が柏手を叩いて奉納は完了する。
金尾稲荷では行事の時にしか祝詞を唱えない。
奉納した料理は一部を祭壇に残してワゴンに回収する。
この後は回収した夕食を金尾家と食べることになる。
二人しかいない祭壇で圭人は巴を止める。
今日の夕食に巴の好きなクロケットを作ったのは、無意識に巴の機嫌を取ろうとしていたのかもしれない、そう圭人は気づく。
「巴、少しいいか?」
圭人は緊張しながら巴に話しかける。
「改まってどうしたの?」
「実はアダンさんからフランスに修行に行かないかと誘われたんだ」
「料理の修行ってこと?」
「うん。アダンさんから俺が店を出す前に、世界を回って色々な国の料理を見て回るように勧められた」
「どうするつもりなの?」
巴は圭人の話を聞いて声が明らかに動揺している。
「世界を回ろうと思う」
「そう……」
圭人は心臓が飛び出そうなほどの鼓動を感じながら、巴を見る。
「巴、一緒に世界を回ってくれないか?」
「え?」
「巴と離れ離れになるのは嫌なんだ」
圭人は耳まで顔が熱くなるのを感じる。
圭人は巴を見続ける。
巴が笑顔で口をひらく。
「も——」
「ダメじゃ! ダメじゃ! ダメじゃ!」
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鏡でまじわる異世界キッチンをお読み頂きありがとうございます。
今作はカクヨムコン10にエントリーする作品です。
フォロー登録、☆☆☆の評価を頂けると幸いです。
執筆の原動力となりますので、よろしくお願いします。
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