第3章 アニヲタ魔族と、ホントのココロ。
第21話 嘘つきは不穏のはじまり
「キティさんのお子さん、可愛かったね」
「そうでござるなあ。将来はきっと、ママ上似の美人になりましょうな」
寒風厳しい二月初旬。拙者とカノン殿は、おしゃれながらもひっそりとしたクリニックの駐車場で語り合っていた。この度めでたく、キティリア殿がご出産されたのでござる。
「連絡をもらった時、本当に驚いちゃった。だってまだ七ヶ月目なのに、あんなに元気に産めちゃったなんて! 奇跡だね」
「は、はは。ですなあ。お医者さんやスタッフたちも大慌てでござったし」
人間よりもずっと早い日月での出産に驚いているカノン殿を見上げ、拙者はぎこちなく笑う。実は魔族の中には三日で出産に至る種族もいるので、我々四天王の同胞たちはそう心配はしていなかった。それでもやはりあの大きなお腹の中にひと一人の生命が宿っていたのは事実だったと知り、色々と衝撃を受けているところでござる。
「キティさんにはいつもお世話になっているから、何か贈ってあげたいな。牙琉くん、何がいいと思う?」
「うーむ……。『全国の銘酒飲み比べセット』とかどうでござろう?」
単純にキティリア殿の好物を挙げた拙者に、カノン殿のアーモンド形の目がするどく光る。
「絶対ダメ。授乳もあるかもしれないし、消耗した身体には負担です!」
「こ、心得ましたッ!」
腹を揺らして即座にびしりと敬礼をした拙者を見、美女はぷっと吹き出した。二本のインナーカラーと同じ青い空に向かい、軽やかな笑い声を響かせる。
「牙琉くんってしっかりしてるのに、たまにびっくりすること言うよね。しかも、かなり大真面目に」
まあ、やっぱり魔族ですからなあ。さすがにその返しは心にそっと仕舞い、拙者はよく晴れた冬空を見上げる。
(カノン殿と出会ってから、もう数ヶ月……。色々と濃い日々でござったなあ)
テーマパークでの初デート打ち上げで宣言したとおり、同胞たちは揃って拙者の恋路に介入してくるようになった。イケメンと美女がぎゅうぎゅうに集まった狭い我が城に彼女をお呼びした時など、相当に驚かれたものでござる。
『あなたがカノンちゃん? キャーッかわいい、ガルにはまさに豚に真珠じゃなーい!』
『言い得て妙すぎる皮肉やめるでござるよ、キティ殿』
『やあ、また会ったな花月君! MV見たよ、素晴らしい仕上がりだった。業界でも少しずつ噂になっているらしいぞ。今日は呑もう!』
『どけ筋肉レンジャー。申し遅れました、
我先に酒やら名刺やらを押し付けようと騒ぐ我が同胞たちをぽかんと見つめ、カノン殿は拙者にぎぎぎと振り向いて言ったのだった。
『が、牙琉くんってもしかして……ハリウッド俳優さん?』
そんな衝撃的な出会いだったにせよ現在、カノン殿は無事に四天王たちと交流を深めている。正直メラゴ殿やアスイール殿のようなイケメンに、彼女を掻っ攫われるのではという心配はござった。しかし兄貴分たちはただ純粋に、拙者たちの護衛――という名の野次馬――を果たすつもりでいるらしい。
「カノン殿。最近、あまり転倒しなくなりましたな」
「うん。きっと、『キャッツーくんマッスル体操』で体幹を鍛えた成果だと思う。おかげで、スカートも穿けるようになったの。ほら」
スニーカーの先でつま先立ちをし、くるりと得意げに回ってみるシンガー。コートの中で眠っていた淡い水色のワンピースが、ふわりと膨らんで舞う。拙者はほっこりとしつつ、迷わず彼女の背後へと駆けた。
「あ、あれっ――!?」
アスファルトの盛り上がりに足を取られてぐらりと傾いた彼女の背を、難なく両手で受け止める。広がった黒髪から甘い香りが漂った。
「あ、ありがとう。もしかして、コケるのわかってた?」
「ふっふふ、大体は。しかし拙者がいないところでは、しっかりと地面に足をつけて歩いてほしいでござる」
「は、はい……。心得ました」
カノン殿はいそいそと身を起こしたあと、額を真っ赤にしながら小さく敬礼をしてみせる。拙者の心中で、メモリアルシャッターが激写をキメる音が鳴り響いた。
(やはり運動神経ゼロなのは、元々なのでござるなあ)
彼女は呪いが去ったあとも、時たまこうして事故りそうになる。思い切って尋ねてみると、ご本人いわく幼少時から『どんくさい』ので心配いらないということでござった。
「んん、いい天気! 二月なのに、あったかいね」
それでも以前のように、違う路地に入るたび何かに足を取られるという危うさはない。駅までの道を上機嫌で歩く彼女の背を見、拙者はひとり微笑んだ。あ、今すれ違った主婦さん、違うでござるよ!?そんな胡乱げな目で見ないで。
『Uh――……。La la……』
主婦さんの冷たい視線に肩を落としていた拙者に、澄んだ歌が届く。まだ言葉が乗っていないそのメロディを口ずさんだのは、もちろん我が推しのシンガーでござった。こうして彼女が音楽作りに入った時、拙者は霊⚪︎をゼロにしようと心がけるのだが、今日はすぐにその作業が止まる。
「うーん、違うな……」
「新曲、なかなか苦戦しているようでござるな」
「そうなの。なんだか、言葉がうまくまとまらなくて」
はあと白い息を吐き、カノン殿は少しふてくされたようにコートのポケットに手を突っ込んだ。両手を出しておかないと危ないですぞと言いたいのを堪え、拙者はうなずく。出会った当初こそ敬語を崩さず生真面目な印象の強い彼女でござったが、本来はどこか猫のように奔放な一面があることも最近わかってきたのだった。
「先月公開した新MVも好評でござるし、焦る必要はないと思いまするが」
「うん……。でも歌を作りたいと思ったらカタチにして出力しておかないと、なんかモヤモヤしちゃって」
「ははあ、そういうものでござるか。拙者でよければ歌詞、見させていただきまするぞ」
「!?」
カノン殿の歌づくりが完了しないかぎり、拙者の編集仕事はない。何か力になりたい一心での申し出でござったが、カノン殿はそれこそ警戒したネコのようにその場でびょんと飛び上がった。
「えっ!? い、いいよ、だだ、大丈夫!!」
「? いつも拙者の歌詞への所感を、喜んでくださると思っておりましたが……」
「そっそれは喜ばしいよ!? でも、今書いてるのは、そのっ……!」
おそらくアイデアを書き留める、いつものメモ帳が入っているだろう鞄。それをぎゅっと胸に抱き、持ち主は顔を埋めてぼそぼそと続けた。
「ら……ラブソング、だから……」
「……なる、ほど?」
シンガーがラブソングを書くのは、それほど不自然ではないことのように思う。しかしきっと過去の恋愛のあれこれなどをリフレインして、色々恥ずかしくなるものなのでござろう。拙者にも触れられるとまずい黒歴史がある。ここは無理に踏み入らぬのがオトナの対応であろうな。
「分かり申した。完成、楽しみにしておりまする」
「うん。意見、聞かせてね。ガルシさんにも、視聴をお願いできるといいけど。ラブソングとか聴くかな」
「あー……」
ぴし、と拙者のハートにちょっとだけヒビが入る。それでも拙者は平静を装い、『牙琉』としての意見を述べた。
「普段はアニソンばかり聴く男ですが、その分新鮮な意見をくれるかもですぞ」
「ふふ、そうだといいけど。あ、でも最初は牙琉くんに聴いてほしい。誤字とかわかりにくい表現の場所、すぐに見つけてくれるし」
「お任せあれでござる!」
伸びきったパーカーの胸を叩いて請け負うと、カノン殿は屈託のない笑顔をこぼしてみせた。
「信じてますね。私のプロデューサーさん」
「はいでござる。では午後のお仕事、頑張ってくだされ」
「うん。じゃあ、また!」
駅の人並みに消えていく彼女を見送ったあと、拙者は急いで方向転換して駆け出す。閉まっているテナント脇の細い通路を見つけて飛び込み、顔だけをメイン通路に出して人波が途切れる瞬間を待った。
誰もいなくなったのを確認し、自らを覆っていた幻影を解除する。
「……ふぅ」
通路からぬっと姿を現したのは、熊のような金髪巨漢でござった。最初にすれ違ったカップルがぎょっとしてこちらを見上げ、そそくさと離れていく。
(まさか今では、日頃から『牙琉』の姿を作り出さねばならんなどと。数ヶ月前の拙者に言っても、信じぬでござろうなあ)
そう、これが今の拙者。もしこれがどこかの物語だとしたらやっぱり全然流行に乗れてなくて申し訳ないでござるが、その主人公を張る男ということになりまするな。
ジャンプすれば、低い天井なら容易にタッチできそうに高い背丈。海外サイズのパーカーを内側から押し出すほど発達した筋肉。天然のものだとわかるハネがちな金髪だけは『牙琉』と同じだが、やはり誰がどう見ても同一人物には映らぬでござろう。
(魔力の扱い方をアス殿に習ったとはいえ、これほど早く結果が出るとは……)
ダイエット大作戦は順調に進んでおり、もう拙者にとって運動や食事管理は習慣となっていた。その努力を見ていたアスイール殿が最近、助言を寄越してくれたのでござる。
『お前のダイエット、魔力の流れを良くしたらもっと捗るかもしれないぜ。あいつらみたいに直接運動や食事の指導はできねえが、魔力の操作なら――おい、何嬉しそうにニヤニヤしてんだ、変な勘違いすんなっ』
そんなツンデレ魔術師の指導のもと、拙者は魔力操作のトレーニングにも励んだ。うまく魔力を巡らせると身体の状態をつぶさに把握できると同時、筋肉の定着と活性化にも良い影響が出る。結果、たったひと月ほどで拙者の身体は元のマッチョぼでぃを取り戻したのでござった。
怖いか?拙者のダイエットスピードが。いやぶっちゃけ、拙者もこわい。
『まさかこんなに早く仕上がっちまうとはな。すまん、オレの指導要領が良すぎた』
『言ってる場合かでござる! こ、今度久々にMVのチェックでカノン殿と「牙琉」が会う日があるというのに……。どどど、どうしまする、遺影でもこしらえるしか』
『んー。まあ、とりあえず幻影で「牙琉」を作っとけ』
『!?』
また我が家に鍋をねだりにきた魔術師が下したその宣告に、拙者はバク転をキめそうなほど驚いたものでござる。
『わざわざあのヲタク戦士姿を作るのでござるか!?』
『オレも残業まみれでな、まだ「牙琉」と「ガルシ」についての言い訳を考えてやれてねえ。うまい理由をつけて「ガルシ」だけを残せるようになるまで、一人二役を続けるしかねえだろ』
『う、うう……承知』
そして今に至る。まあたしかに仕事のこともあるし、簡単に『牙琉は行方不明になった』などとは告げられない。何より、あの優しいカノン殿のこと。きっと心から心配し、警察にも頼るでござろう。しかしそうしたとてそのぽちゃぽちゃのアニヲタ男はもう、世界中探しても見つかることはないわけで。
(たとえ彼女が惹かれているのが『ガルシ』であっても……拙者のこともきっと、友達としては好いてくださっているはず。悲しむ顔なぞ、見たくないでござる)
でも、ならばどうしろというのでござろう。この件は四天王全員で何度も話し合ったが、いまだに最善策は見つかっていない難問へ発展していた。いや、最初から同じ意見を言い続ける男もひとり、いるでござるが。
『どちらも自分だと、正直に言えばいいじゃないか』
リーダーの意見を跳ね除けた時と同じため息をつき、拙者は大きなスニーカーに目を落とした。魔力疲労ではない重みを感じ、歩みが止まる。
「いやいや……。言えるわけがないでござろう」
どちらの拙者も、それなりにカノン殿とは良い関係を築いてきた。今になってそんな不思議発言をし、ドン引きされたくはない。しかしいつまでもこの嘘を重ねるわけにもいかぬでござる。もし彼女に『兄弟揃ったところを見たい』と言われたら、なんと返せば良いというのか。
「どーしたのさ、そんなくらーいカオして?」
「!」
いつの間に真正面に回り込まれたのでござろう。拙者の靴の半分ほどしかない小さなブーツが、こんとつま先を蹴ってきた。驚いて視線を上げる。待ち受けていたのは、きらりと輝く大きな蒼い瞳。
「やっほー、ガルシ! また会ったね」
***
近況ノート(新春おみくじのおしらせつき):
https://kakuyomu.jp/users/fumitobun/news/16818093091340634144
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