第18話 推しと蒼き歌姫
こんにちは、アニヲタ魔族のガルシでござる。なんと今日は親愛なる同胞たちの協力のもと、ちょっと気になるあの子とテーマパークデートをキメておりますぞ。いい感じに進んでいたはずのデートでござったが、薄暗い通路の途中で突然、あの子が意味深な発言をしてきて――?
「すすす、好きに……とは」
「ガルシさんもお好きなんですよね、『らぶ♡ぎぶ』」
「え、あっ――ああ! アニメの話ですね」
状況についていけず思わず脳内ナレーションを始めていた拙者は、その一言でようやく現実へと戻った。最初に出会った時の魔族姿を「コスプレ」と説明してしまったので、この兄ガルシも弟と同じヲタクという話で通してあるのでござる。
「もちろん放送当時はリアタイ視聴勢、円盤も公式グッズもすべて購入済みな、生粋の『らぶ♡ぎぶ』ファンです。もちろん推しは、蒼波ラムネ殿!」
「ふふ、嬉しいです」
分厚い胸筋をどんと叩いて言い切る拙者に、花月殿は照れたように微笑んだ。こちらこそ、嬉しいどころじゃないでござる。その「中の人」と今、こうして出演アニメの話をしているなんて。
「でもやっぱり魔法少女の中では、主人公の『いちご』が一番人気ですよね。どうしてラムネを好きになってくださったんですか?」
「はは。ご本人を前に言うとなると、少し恥ずかしいですが……」
牙琉よりも年上設定なので、花月殿はしっかりと敬語モードを崩さない。それがさらに拙者の緊張を誘った。最近、牙琉といる時はくだけた言葉の割合が増えてきていただけに、少し寂しくもある。
「――とある理由があって、自分は突然この国にやってきました」
まさかどこぞのファンタジー世界から転移してきたとは言えないので、何やら訳アリな感じに濁しておく。どんな想像をしたのか、花月殿の黒い瞳が少し苦しそうに細められた。大丈夫でござるぞ。拙者にとってはブラック労働から解放された、歴史的記念日でしたからな。
「右も左も分からないまま生活をはじめたものの、文化や習慣の違いに戸惑うばかりで。刺激的でしたが正直、疲れきっていたと思います」
アスイール殿の魔術のおかげで、言葉や識字についてはさほど問題はなかった。しかしやはり高度な文明や溢れかえる情報を前に、拙者たちは自分が「異物」であると認識せざるを得なかったのでござる。
「居場所がない……そう感じて気が滅入っていた時、買ったばかりのテレビから聞いたこともない歌が流れ始めたんです。『こーいは、じげんばくーだーん――』」
「『――バクハツすーるよ、このーハート♡』。第一期のオープニングテーマですね。懐かしい」
「そうそう……えっ、なななっ、生歌!?」
彼女からすれば口ずさんだだけでござろうが、
「カラフルな服を着た魔法少女たちの熱き戦いに、すっかり自分は魅せられてしまいました。グッズを求めて積極的に外に出るようになりましたし、同じハートを燃やす仲間に出会うこともできた。『らぶ♡ぎぶ』は、自分にとって大恩人なんです」
「そんなに……!」
「はい! とくにラムネたんのエピソードは、自分に響くものが多くて」
主人公『赤木いちご』の一番の親友、蒼波ラムネ。見た目はクールな美少女だが芯は熱く、天真爛漫ないちごを支える頼もしい仲間のひとりでござる。
「敵組織『デスタイダ』のボスを守る幹部たち。いちごは容赦なく彼らと拳で語り合いましたが、ラムネたんはいつも説得を試みました。その中でも幹部のひとり、『カロリーオーバー』との激突はアツかったの一言です!」
幹部でありながら彼が少しの良心も抱えていることに気づき、ラムネたんは彼に必殺技を放たなかった。ぼろぼろになりながらも正義の心を訴える姿は、ファンの中でも一二を争う感動エピソードとして名高い。
「あ、そこ! 私もよく覚えてます。最初台本読んだ時、泣いちゃいました」
「でしょうとも! 自分などは円盤を何度も観て、もうセリフも覚えてしまいました。『怪人に――』」
いちごにボコられて虫の息である敵の横に膝をつき、やさしく手を伸ばす我が嫁。その超絶尊いシーンを脳内に展開させつつ名セリフを引用しようとした拙者の前で、奇跡が起こった。
『怪人に生まれたから、怪人になるべきだというの? いいえ、ちがう。どんなひとになるかは、あなたが決めるべきだわ』
「!」
えっ?
『最初からわるいひとなんていないでしょう? 私たち、これから友だちになったって、おそくないです。だってカロリーと女の子は、じょうずに付き合っていかなきゃいけないんですもの!』
そう大きな声量ではない。しかしぐったりした顔で並ぶ客たちの合間に、たしかに澄んだ風が吹いたように思えた。前に並んだカップルも、きょとんとして声の出所を探している。
完全に石化している拙者のとなりから、ぴょこといたずらっぽい笑顔が現れた。
「セリフ、合ってましたか?」
「か……か、花月殿、い、いまのは」
「もう当時ほど高い声は出せませんけど――『生ラムネ』、プレゼントです」
言って自分で恥ずかしくなったらしく、花月殿はマフラーの中に深く顎を沈めた。こぼれた黒髪の中に混じる鮮やかな青のインナーカラーを見、拙者はさらに言葉を失う。こちらの視線に気づいた彼女は、そのひと房を大事そうに持ち上げて言った。
「今でも『ラムネ』は、私の大事な一部です。彼女のカラーである青色を見ると、力が湧いてくる。もう声優『かづきみぞれ』ではないけれど――ずっとラムネを好きでいてくださって、ありがとうございます!」
「……っ」
ライブ後のように、ぺこりと慎ましく下げられた頭。拙者の視界がぐにゃりと滲み、高い鼻がつんと痛んだ。
「あ、さっきのは思いついただけなので! あの日助けてくださったお礼、ちゃんと持ってきたんです。溶けてないといいけど」
「ふ……ぐぅ……ッ」
「え! が、ガルシさんっ!?」
何やらお菓子の包みを取り出そうとする花月殿の前で、拙者の涙腺はついに大崩壊を起こした。筋肉メロンが乗った肩をぶるぶると震わせ、だばだばと感涙を落とすイヌ耳マッチョ。どう見ても事件でござる。
「ごちらごぞ……こぢらごぞ、ありがとうございまずる……うぐっ」
ラムネたんの存在が、花月殿の現在のシンガー活動に悪影響を及ぼしている――そう思われているのではないかと、実は密かに拙者は心配していた。だからサインや名セリフの実演もねだらなかったし、極力『らぶ♡ぎぶ』の話題を避けていたのでござる。しかし――
(花月殿が、ラムネたんを……過去のご自分をお嫌いになっていなくて、本当によかった)
もちろんそれは、ただのファンのエゴな願いでござる。同じ『花月』殿であれ、実際に『みぞれ』殿も、そして『カノン』殿もこの世に存在している。二人は目指す場所も、表現の手段も違う別人。けれど拙者はそのどちらにも、互いを恨んでほしくなかった。
なぜなら、どちらも拙者にとっては――全力で『推せる』、歌姫なのだから。
「カノン殿!」
「は、はいっ!? え、なまえ」
「自分、これからも全力であなたを応援いたしますのでっ!!」
色白の手をがしっと両手で包み込んだまま、拙者は興奮した声で宣言する。あのように力強い歌を発するお人とは思えぬ、なんと小さな、そして柔らかい手でござろうか――って、あれ? 拙者、何して――。
「やば。あの犬耳マッチョ、めっちゃ積極的じゃん。うらやま」
「カノジョちゃん、カオ真っ赤できゃわわ。てかうちらよりアオハルしてね?」
ズズーッとシェイクをすする音と、聞き覚えのあるストレートな所感。気づけば退屈を極めしアトラクションの待ち人たちが、全力で女性の手を握る拙者を見てニヤニヤしたりほんわかしたりしていたのだった。
「だ、だあああっ!? かか、花月殿ッ、失礼し申した! このような、公衆の面前で」
「あの!」
「!?」
慌てて引っ込めようとした拙者の指が、何かに引っかかる。それが丸めた彼女の指だと気づき、拙者は黒いコンタクトの瞳を大きくした。
無骨な指先を控えめに絡め取ったままの、汗ばんだ細い指。
その指がきゅ、と優しく引かれると同時、黒髪の間から小さな声が上がった。
「ガルシさんとなら、こういうの……嫌じゃないです、から」
どこかで聞いているなら教えてほしいでござる、恐るべき同胞たちよ。
これって……これってもしや、脈あ
「あっれー!? うそ、カノンちゃんだあ! すごーいっ、運命的ぃ!」
「!」
だだだっと元気な足音と声が響いた瞬間、拙者の脇腹になにやら赤い塊が衝突を果たす。うめき声を上げるも、なぜかその塊――いや赤い髪が目立つ小柄な人物は、拙者の腕に抱きついたまま離れようとしない。
「わ、すごいムッキムキ! 誰なのさ、このかっこいーお兄さん?」
「な……」
突然の乱入者に対処できずにいる拙者に向け、ゆっくりと少女の顔が持ち上がる。元気な笑みを咲かせる口元から、ヲタクならば誰もが知る見事な八重歯がのぞいた。
「やっほー、お兄さん。ボクは
***
近況ノート(クリスマスイラスト企画つき):
https://kakuyomu.jp/users/fumitobun/news/16818093090939886701
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます