東武戦線異状なし
鷹山トシキ
第1話 影を追う街
霧雨が降る宇都宮の夜、街灯の光が薄霧に滲んでいた。繁華街の一角、東武署の刑事・日向隼人は、空気の冷たさを感じながらも歩みを止めなかった。彼の長いキャリアの中で、こうした夜がどれだけ続いたか、数え切れない。どんな事件もやがて忘れられる。しかし、彼が追い求める真実だけは、今も心に残り続ける。
日向隼人は、東武署の一室でパソコンの画面に目を凝らしていた。モニターに映し出されたのは、最近相次ぐ強盗事件の情報だ。現場に残された証拠は微弱で、捜査は手詰まりになっていた。しかし、日向はその裏に潜む何かを感じていた。強盗という表向きの顔の下に、もっと深い闇があると。
「隼人さん、また新たな事件が…」
パートナーの坂本が声をかけてきた。坂本は若干30代で、日向よりもずっと前向きで、まだその目に“理想”というものを持っている。だが、日向にはその目がどこか無防備に見える。
「何だ?」
坂本が手渡したファイルを受け取り、日向は黙ってページをめくった。そこに記されたのは、再び強盗事件が起きたという情報。しかし、今回は犠牲者が一人ではない。しかも、現場には明らかな「痕跡」が残されていた。日向の目が鋭く光る。
「この犯人、どこか違う…」
そう呟くと、日向はすぐに立ち上がった。背中を押すように坂本が言った。
「行きますか?現場?」
「行くさ」
日向の言葉は短かったが、その決意が全てを物語っていた。
現場に到着した時、霧はますます濃くなり、視界を奪っていた。道路の片隅で、捜査員たちが慌ただしく動き回っている。日向と坂本は、すぐに現場を確認するために警察線を越えた。
「これは…」日向は、現場の床に散らばる破片を見て呟いた。
強盗事件の典型的なパターンであれば、店の金庫が壊され、金や宝石が盗まれるだけだ。しかし、ここにはそんな痕跡はない。むしろ、壁に残された指紋や足跡は、何か別の意図を持っていたようだった。
「何かを探している…」日向はその一言を口にした。
坂本が言った。「犯人が目的を持って動いている、ということですか?」
日向は黙って頷くと、足元の血痕に目をやった。血は浅く、傷も大したことがないように見える。しかし、その血の色は、まるで一部の人間を意図的に傷つけるような印象を与えた。
「何かを伝えたかったんだろうな」日向は呟いた。
事件の背後にあるのは、単なる金銭的動機ではない。犯人は誰かに何かを伝えたかった。だが、それが何なのか、日向にはまだ分からなかった。
事件が進展しない中、日向は街中で情報を集め始めた。宇都宮の夜は冷たい。だが、街の雑踏の中に身を潜めることで、彼は情報の断片を見つけ出す。深夜の居酒屋で、無関係なふりをして話を聞き流しながらも、警戒心を持ち続ける。彼の直感は、これが単なる強盗事件にとどまらないことを告げていた。
ある日、日向は一人の男を見かける。その男は、強盗事件が発生するたびに姿を現すようになったという目撃情報を得ていた。彼の名前は、佐藤直樹。表向きはただの商店街の小さな店主に過ぎないが、噂では裏の世界と関わりがあると言われていた。
日向は、その男の背後に潜む真実を暴かなければならなかった。宇都宮の街は、その深い影を隠し続けていた。
事件はやがて大きな波紋を呼び、日向はその中で自らの過去と向き合うことになる。彼が追うのは、ただの強盗事件ではなかった。どこかで見過ごしていた“何か”が、今、目の前に立ちはだかる。
宇都宮の夜は、相変わらず冷たく、霧深く、そして陰鬱だった。
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