第20話:失敗の数だけ女は磨かれる

 フイィィーンシュパパパッ。


「ようこそ、ユーちゃん。待ってたわよ」


 『アトラスの冒険者』の先輩ゲレゲレさんのユニコーンクエスト終了後、チュートリアルルームへ遊びに来たのだ。

 クエストの報告を兼ねてってこともあるが、バエちゃんにおいでと誘われていたから。

 しかし……?


「メッチャスパイシーでいい香りがあたしを誘惑する」

「あはは、誘惑されちゃって。カレーを作ってるのよ」

「かれえ?」

「えーとね、肉とか野菜の具材を煮ておいて、カレーの素を入れるとできる料理。向こうの世界では家庭料理としてとても人気なのよ」


 なるほど、シチューの一種のようだ。

 しかし向こうの世界ではって、こっちと世界が違うこと全然隠さなくなってきたな。


「マジで料理にチャレンジしてみることにしたんだね。バエちゃんやるな。いい女への階段を着実に昇ってるよ」

「そ、そお? まだ全然なんだけど」

「自信持て。一歩を踏み出す者にこそ、未来は訪れるのだ」


 褒められて嬉しいのか、身体をクネクネよじらせる。


「煮る料理は、水分多いから焦げないでしょ? 分量を守れば私にも簡単に作れると思って」


 え? それは誤解だぞ?

 具だくさんの料理は注意しないと。

 この臭いは……。


「確認するけど、そのかれえって料理にとろみはないの?」

「あるわよ」

「今も火かけっぱなしとか?」

「うん。よく煮た方がおいしいんだって」

「とろみのある料理は、かき混ぜながら煮ないと焦げつくぞ?」

「うそっ!」


 急いで控え室の方へ移動。

 やはり……。


「大変! 焦げちゃった!」

「バエちゃん、ちょっと待った! 鍋、もう一個ある?」


 慌ててかき混ぜようとするバエちゃんを制止し、まず火を止める。

 確かに焦げ臭さはあるが、独特のスパイシーな香りの方がずっと強い。

 これならリカバリーは利く。

 焦げていない上の部分だけを予備の鍋に移せばオーケーだ。

 三分の一くらいは犠牲になったが、まー御の字だろ。


「焦がした時にかき混ぜるのは厳禁ね。全体に焦げが回ると、食べられなくなっちゃうから」

「うう、ごべんねえ」


 バエちゃんが泣きながら謝ってくる。


「いい女への階段を降っちゃった……?」

「バエちゃん、よく聞いて」


 おとこまさりのじゅーごさいがはなつひっさつのせりふにかつもくせよ!


「失敗の数だけ女は磨かれるのだ」

「しぃしょおおおおお!」

「号泣すんな。ところでここ、換気できないの?」

「でぎる……」


 はいはい、涙拭いて鼻かんで。


「仕事場にかれえ臭が充満してるのはダメだと思う」

「そうね。シスター・テレサに怒られちゃう」

「この前も聞いたな、その名前。どういう人?」

「チュートリアルルームの係員の前任者なの。つい二ヶ月くらい前まで、六年だか七年だか勤めてたのよ。で、今は私の直接の上司」


 バエちゃんってチュートリアルルーム歴、まだ二ヶ月なんだ?

 ポンコツ度合いからさもありなんと思う反面、あの汚部屋が二ヶ月で形成されたものと考えるとゾッとする。


「ふーん、厳しい人なんでしょ? 美人だけど何故か独身」

「どうしてわかるの? ユーちゃんエスパー?」


 説明してやろう。

 今までのバエちゃんの態度からして、厳しい人だってのは明らか。

 冒険者との窓口になるチュートリアルルームの職員に、わざわざブスなんか採用しない。

 そして何年もこんなところに一人でいたのにパートナーがいるわけない。


「さすが師匠!」

「ユー様すごい……」


 何なんだ君達は。

 もっと褒めなさい。


「せっかくだから、カレー食べてってくれる?」

「もちろんいただく。何故ならあたしは味の探求者だから」


          ◇


 うおおおお、何っじゃこりゃあ!


「イケる……かれえ侮れん……」

「……衝撃的な味です……」


 鼻腔をくすぐり舌を刺激する、黄土色の液体。

 辛さの中に内包された甘味、酸味、旨味の複雑なハーモニーが素晴らしい。

 焦がしたとはいえ、料理ビギナーのバエちゃんにこの味が出せてしまうとは。


「へへー、どおどお?」


 バエちゃんも嬉しそうだ。


「おいしい。かれえとの相性からすると、ニンジンとタマネギがとろけてくるともっとコクが出るはず。一方でジャガイモは味がぼやけるから、使用には一考を要す」

「はっ、精進いたします」

「このかれえの素って、何でできてるの?」

「わからないわ。単独じゃ使わないような、いろんな種類のスパイスを混ぜ合わせてあの味を出してるらしいんだけど」


 むーん、こっちの世界での再現はムリっぽいなあ。

 実に残念。


「バエちゃんの国には、かれえの素みたいな料理アシスト材料がたくさんあるんでしょ? そういうの使っていけば失敗しにくいだろうし、料理好きになるよ、きっと」

「もう私、料理好きなのかもしれないわ」


 うんうん、いい傾向だね。

 不意に思い出したように、バエちゃんが聞いてくる。


「今日、ゲレゲレさんのユニコーンクエストはどうだったの?」

「うん、クエストは問題なくこなしたんだけど」


 あたし達の今後で、ゲレゲレさんに武器と仲間について不安視されたことを話す。


「仲間は重要よね。単純に手数が多くなるもの。ユーちゃんは新メンバーを入れる気はないの?」


 クララと顔を見合わす。


「もちろん戦える仲間は欲しいよ。でも人間はクララが嫌がるだろうから、精霊しかパーティーに入れるつもりはないかな」


 冒険者希望の精霊なんているかなあ?


「『アトラスの冒険者』は依頼を効率的にこなすことを主眼に置いてるから、精霊関係のクエストがあれば、ユーちゃんとこに優先的に割り振られるはずなのよ。だから、可能性はあると思うの」


 このフリは次のクエスト辺りで、精霊が仲間になっちゃうフラグだな?

 実現するならこれほどの戦力アップはない。


「うん、バエちゃんありがとう」

「元気出た?」

「出まくり!」

「そう、よかったあ。ユーちゃんが活躍すると、私のお給料も上がると思うの!」


 三人で声を合わせて笑う。

 うん、何とかなりそうだ。


「ごちそーさま、かれえ、メチャメチャおいしかったよ。そろそろ帰るね、片付けていかないの悪いけど」

「あの、イシンバエワさん。焦げ付いた鍋は、焦げを削ぎ落しておかないとダメですよ」

「わかったわ。じゃあね、また来てね」


 転移の玉を起動し帰宅する。

 明日は海岸に『地図の石板』を回収しに行こう。

 新しいクエストにチャレンジだ!

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