第15話:故郷・灰の民の村

 ――――――――――七日目。


 ざんざか降っていた雨も上がり、あたし達は家から歩いて二〇分の灰の民の村にやって来た。

 半年前、あたしが一五歳の成人年齢を迎える前まで住んでいた故郷である。

 灰の民は精霊と親和性の高い人ばかりだ。

 なので村には、一般に人嫌いとされている精霊も何人か住み着いているという特徴がある。


 懐かしい、ってほどでもない。

 あたしが村を飛び出してきたといっても、経済活動は重要。

 得たアイテムを換金し、必要な物資を買うため、時々は村に来るからだ。

 もっとも今日は大きな目的があるわけだが。


「おお、ユーラシアとクララじゃないか。久しぶりだなあ。元気してたか?」

「おかげ様で、あり余るほど元気だよ。コモさんもお迎えはまだまだ遠そうだね」

「何言いやがるんだ。縁起でもねえ!」


 アハハと笑い合う。


「ちゃんと飯食ってるかあ? そうだ、さっきウサギが何羽か罠にかかってたんだ。一羽持ってくかい?」

「いるっ! もらうっ! 食べるっ!」

「ハハハッ。相変わらず元気がいいな。何よりだ。ほれ、捌いたやつな」

「ありがとう! 愛してるっ!」


 気前のいいおじさんの名はコモという。

 若い頃に大陸中を旅して回った、灰の民には珍しい元冒険者であり、年齢は確か六〇歳くらいのはず。

 ドーラ各地の情勢や生活の知恵的なことまで様々な知識を持っていて、特に道具への造詣が深い。

 当然ながら、コモさんの経験と知識には村の誰もが敬意を払っている。


 コモさんは一度留守にしたら長く不在にしてたから、『アトラスの冒険者』ではなかったのだろう。

 帰ってくると子供達を集めていろんなことを教えてくれた。

 これは高く売れる、あれは食べられるっていう話を聞くのは大好きだったなー。

 思えばあたしが村を出たのは、この元冒険者の影響が大きい。


 今日コモさんに会えたのはラッキーだ。

 おかげで買おうと思ってたお肉と骨がタダで手に入った。

 うちのネギとニンジンに食べられるくらい育ったやつがあるし、あとは野草とキノコを摘んで帰れば鍋の材料は揃うぞ。


 コモさんが今気付いたというふうに聞いてくる。


「おう、ところで知ってるか? 近い内に俺や族長含めて二〇人くらいが移住するんだ」


 二〇人くらいが移住?

 結構大した規模じゃないか。

 随分突然だね。


「どこに行くの?」

「西だ。強歩四日くらいの距離のな。自由開拓民集落の多い西域地区をさらに向こうに抜けた、古い塔があるところだ」

「灰の民の村は大丈夫なん? コモさんやデス爺がいなくなって」


 あたしの心配には理由があるのだ。

 ドーラ大陸のノーマル人居住エリア最東端に当たるここアルハーン平原西部は、『カラーズ』と呼ばれる色名のついた諸部族の治める地である。

 しかしお互い呆れるほど仲が悪い。


 温和で人口の少ない灰の民は特に他色の民からバカにされていて、とりわけ脳筋の黄の民や陰険な黒の民なんぞ、態度が露骨なこと。

 しょっちゅう嫌がらせしてくるのだ。

 実力者である族長デス爺やコモさんが抜けると、他所からの圧力が増しはしないか?


「族長は、今だから大丈夫だと言ってたぞ。理由は知らんが」


 今だから大丈夫な理由って何?

 コモさんはスパッとものを言う人で、およそもったいぶることはない。

 こういう言い方するってことは、本当に知らないか言えないことなのか、どちらかなのだろう。


「灰の民の村を捨てるわけじゃないんでしょ? 引越しするのは何でなの?」

「移住先にある塔が特殊なんだ。魔力の流れが集中する位置にあって、素材がすごく豊富に存在するんだそうな。食い詰め冒険者を集めて素材を採集し、加工して役立てるなり港町レイノスに運んで売るなりしようってんだな」

「なるほどー」

「まあレイノスなんざロクでもない町だが、政治と経済の中心であることは間違いない。うまく回ればドーラ全体を活性化させられるだろうっていう、結構スケールの大きな計画なんだぜ?」

「デス爺が計画したんでしょ?」

「まあそうだ」


 思わせぶりだな。

 どーも他にも目的があるっぽい。

 コモさんは知ってそうだが、口を滑らせることはないようだ。

 今だから移住が大丈夫な理由と関係するのかも。


 ちなみにレイノスはカラーズから南西へ強歩一日弱くらいのところにある、ドーラで一番大きな町だ。

 カル帝国領ドーラ最初の植民集落で、唯一の港がある。

 帝国から派遣されているドーラ総督の居住地でもある。


「そんな面白い計画があったのか。あたしも仲間に入れてもらいたいくらいだけど、今の生活が始まったばかりだしなー」

「ハハッ、今回は縁がなかったんだろ。人生タイミングの合わないことは山ほどある」


 人生経験豊富なコモさんが言うと説得力あるなあ。

 移住計画に無関係だったからこそ、『アトラスの冒険者』などという面白そうなことに関われたのかもしれないし。


「老人はとっとと去って、若者に席を譲るべきってこともあるからな。ちなみに後任の族長はサイナスだぞ」

「わあ、頼りなーい」


 コモさんとあたしは同時に笑った。

 サイナスさんはとても思慮深く賢い青年だが、いわゆるヘタレキャラ枠なのだ。

 頼りないのがお約束。


「クララよ。精霊もヒカリ、スネル、コケシの三名を連れていくことが決まってる」

「そうですか、コケシが……」


 クララは同じ植物系である詰草の精霊コケシと仲が良かったから、遠くへ行ってしまうのは寂しいのかもなあ。


「今生の別れってわけじゃない。しんみりしなくていいけどな」


 コモさんは励ますように言ってくれるが、西域街道には魔物も出ると聞く。

 家と畑を維持しなければいけない身にとって、強歩四日の西の果ては果てしなく遠い。

 もっと強さと機動力が欲しいもんだ。


「じゃあコモさん、さようなら。ウサギありがとう。これで友達と鍋するんだ」

「おう、ちょうどよかったじゃねえか。またな」


 『またな』という言葉を使ってくれる、コモさんはいい人だ。


「今、あたし達にやれることをやっとこうか」

「はい」


 新米冒険者であるあたし達の、目下最大のウィークポイントは魔物との戦闘。

 となるとやるべきことは、実戦に関する情報収集だ。

 鍋をダシにしてチュートリアルルームに押しかけ、どう見てもガードゆるゆるのバエちゃんから情報を引き出してくれる。

 ふっふっふっ、待ってろよー。

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