第7話:バエちゃんは思った

 ――――――――――チュートリアルルームのイシンバエワ視点。


「ふう」


 洗い終えた食器を片付けて思った。


(変わった子だなあ。才能のある人はああなのかしら?)


 ユーラシア・ライム。

 朽葉色の髪は結構なクセっ毛で、好奇心に満ちたキラキラした瞳がすごく印象的な一五歳の女の子。

 当たり前のように可愛らしい精霊を連れていた。

 『精霊使い』であることがどんなに貴重なことか、まるで感じさせもせずに。


 ……ユーちゃんが『アトラスの冒険者』の候補になったのは、半年前と聞いている。

 通常、男の子しか選ばれない『アトラスの冒険者』に、候補者といえ女の子が入ったのは本部でも一悶着あったらしい。


 私も本選定の時には反対したわ。

 だっていくら才能があったとしても、やっぱり女の子が希望してないのに冒険者って無茶だと思うから。

 冒険者は魔物との戦闘が必須になるのよ?

 それに新人冒険者が脱落するか否かは、私のボーナスに関わるんだもの。


 私がチュートリアルルームの職員になってから今まで、担当した新人の『アトラスの冒険者』は、ユーちゃん以前に三人いた。

 もちろん全て男の子だ。

 でも残念ながら二人は既に脱落が決定し、もう一人もどうやら諦めてしまったようだ。

 私の指導が悪いのかと、自信を失ってしまう。

 やり甲斐のある部署だと思ったのに。


 私だって急遽決まった仕事場だったし、最初からうまくいかないとは思ってた。

 とはいえ成績は収入に関わるからなあ。

 新人冒険者も人生がかかってるんだろうけど、私だって同じなのだ。


(ええと、昨日が部屋の片付けで、今日が目玉焼きかあ)


 前任のチュートリアルルーム係員シスター・テレサが言っていた。


『『アトラスの冒険者』になると生活が一変してしまうの。あなたはしっかりサポートしなくてはいけないわ』


 生活が一変したのは私の方なんですが。

 本当に一体どういうこと?


(そうだ、サポートを……)


 ユーちゃんをサポートしないと。

 いや、サポートされているのは私の方なんですけど。

 全然自分の思った通りにならないのよね。

 もうユーちゃんは二度チュートリアルルームに来ているのに、どういうわけかまともな説明すらさせてもらえない。

 主導権が握れない感じ?


(でも……)


 特徴的な大股で歩く不思議な女の子。

 生き生きしていて、何をしていても楽しそうで。

 あの子が『アトラスの冒険者』から落伍してしまうのは、ちょっと想像できない。

 だってたとえ魔物が倒せなくても、転移の玉を維持するためだけにチュートリアルルームに遊びに来ると思うの。


(そういえば、私の収入の心配をしてくれたのはユーちゃんだけだわ)


 控え室が少々汚くたって、クビやボーナスカットはないと思う、思いたい。

 せいぜいお小言くらいですんでしまうんだろうけど。


 でもこのチュートリアルルーム、すっごい居心地がいいのよねえ。

 きっと昨日以前のままだったら、遠からずゴミが控え室の外にまで氾濫することになっただろう。

 汚部屋領域が仕事場まで侵食してから掃除に手をつける?

 ムリムリ、絶対にムリ!


 昨日の片付けのタイミングは絶妙だった。

 ユーちゃんには感謝しなければ。


(ユーちゃんが女の子なのに『アトラスの冒険者』に選ばれたのは、固有能力を三つも持つからだって聞いたけど、本当かしら?)


 固有能力とは、魔法を使えるとか状態異常に耐性があるとか。

 あるいは他人の考えていることが何となくわかるとか。

 生まれつき所持する能力のことだ。

 かく言う私もアイテムを鑑定できる固有能力持ちなの(自慢)。


 固有能力を一つ持つ人は、実はさほど珍しくない。

 本人が自覚しているかは別だが、数人に一人の割合でいるとされている。


 ところがどういうわけか、複数持ちになると途端に数が減るのだ。

 固有能力二つ持ちは数百人に一人、三つ持ちともなると数万人に一人とも言われている。

 ユーちゃんが女の子でありながら『アトラスの冒険者』に選定された、ほとんど唯一の理由でもある。


 ユーちゃんほど才能のある子をもし脱落させたらお給料が……ああ、考えたくない!

 ユーちゃんは絶対に諦めたりなんかしないだろうという、謎の安心感はある。

 お供の精霊さんだっているし。


 一方で戦闘初心者が『アトラスの冒険者』の最初のクエストをクリアできる確率は、データ上では三割ちょいしかないのだ。

 今まで私が担当した子も最初で全員脱落。

 おまけにユーちゃんは女の子という厳しい現実がのしかかる。


 私はあの子に何をしてやれるのかと考えて笑ってしまった。

 ユーちゃんはずうずうしい子だ。

 昨日のことを思い出す。


 チュートリアルルームからは、ホームの転送魔法陣近くにいる冒険者をモニターで確認することができる。

 新人さんは躊躇した末、恐る恐る転送魔法陣に足を踏み入れ、チュートリアルルームにやって来るのが普通のパターンだ。


 ところがユーちゃんったら。

 損害賠償を請求しに行くというセリフを聞いた時、思わず目が点になった。

 何て斬新なんだろう。

 どこまでも普通の子ではない。


 ただしユーちゃんが素人冒険者なのは事実なのだ。

 私が今までできたことは転移の玉を渡すことだけ。

 二度も会ってるのに、本当にどういうことだろう?

 『アトラスの冒険者』についての説明もしていなければ、装備品を支給することさえできていない。

 あれ? 私が職務怠慢なのかしら?


(仕方ないんだわ。普通の子じゃないんだから、私の思うようになんかならない)


 ふう、ともう一度ため息を吐く。

 今のため息には少々気合が乗っていたはずだ。

 できるだけユーちゃんの力になってあげよう。


 二日後には次の新人冒険者がやって来る予定だ。

 次の子も規格外の固有能力を持っている。

 こんなに才能のある子が続くのも滅多にないことらしい。


(ユーちゃんは明日も来るはず。明日こそちゃんと説明しなきゃ)


 一つ目のクエストに万全の状態で送り出さねばならない。

 すごくカンのいい子だ。

 ユーちゃんは固有能力なんかより、図太さと馴れ馴れしさが冒険者向きの気がする。

 一つ目のクエストさえクリアできれば、とんとん拍子に大成するんじゃないかしら?


 今日は寝よう。

 目玉焼きおいしかったな。

 というより、誰かと一緒に食べるのは楽しい。

 またユーちゃんと御飯を食べる機会があるといいな。

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