第2話 1人で夜中を出歩く、それすなわちそういう展開

 その日の夜。なぜかは分からないがどうしても寝付けず夜中になっても目がさえたままだった。

 異性として意識しているつもりはなかったが、勇名とのやり取りのせいで動揺したのが今も収まっていないのだろうか。


 ……そういえば勇名に無理やり食べさせられたダークファングボアの肉(本人談)を食べてからというものの体がおかしいような気もする。

 こう、なんかエネルギーが有り余ってるような。

 まさかとは思うが、本当に異世界の魔獣の肉なんじゃないだろうか——

 まぁ、そんなわけないが。


 どうしても寝付けず、冷蔵庫を開けて何かないかと探していたら、牛乳が足りないことに気がついた。

 明日になって慌てるより、今のうちにコンビニに行っておこう。ついでに外を歩きでもしたらこの有り余るエネルギーも多少は消費できるだろう。

 そんな軽い気持ちで外に出た。

 深夜の空気は肌寒く、少し体が冷えるが、気分転換にはちょうどよかった。

 

 人気のない道路を歩いていると、周囲は街灯の薄明かりに照らされるばかりで、静寂が支配している。

 当然だが人一人歩いていない。ごく稀に車が通り過ぎるくらいだ。

 誰もいないはずのその時、不意に寒気が走った。夜の闇の中、遠くに異様な気配が漂っているのが感じられた。


 街灯にうっすら照らされて微かに見えるその姿が視界に映った。


 目の前に立っていたのは真っ黒なフードを深くかぶっている怪しい変質者だった。

 今日が10月31日で黒いフードをつけて魔法使いのコスプレをしてこれからハロウィンにいくつもり、だとか言われたのなら納得できるが、深夜にこんな格好してうろつくなんて変質者以外に表現しようがない。

 こういう人間はできるかぎり関わらないのが正解だ。

 そう思い、目を合わせないように通り過ぎ去ろうとしたのだが——


「そこのお前」


 あろうことかその黒いフードの男は俺に話しかけてきた。

 恐る恐るゆっくりと振り返ると、黒いフードの男は一枚の写真をこちらに見せつける。


「この女を知っているか」


 隠し撮りでもしたのか少しぶれていたが、その写真には特徴的な赤いセミロングの髪、十字架の髪飾り、サファイアのように光るカラーコンタクトの青い左目をした少女が映っていた。

 間違えようもない、明らかに勇名の写真だ。


「……知らない」


 なんでこんな変質者が俺に話しかけてきたのかだとか、勇名の写真を持っているのかだとか、何のために俺に聞いてきたかとか色々と疑問は尽きないが、変質者にその情報を素直に伝えるはずもない。

 俺はそのまま知らないふりをしてそのまま通り過ぎようと男の横を通り抜ける。

 しかし——


「……あの女の力の残り香がする」


 その場から去ろうとした時、フードの男はそう呟く。

 その言葉には静かな怒りが含まれていた。


 すると突然、俺の立っていたすぐ後ろのコンクリートの地面で爆発音が響く。


「なっっ——!?」


 その衝撃波で軽く吹き飛ばされるも、なんとか転がりながらも受け身をとって立ち上がる。


 土煙を吸い込んでしまい咳込む。

 一体何が起こったのか理解が追い付かなかった。

 なんとか目を開いて自分がさっきまでいた場所に視線を向ける。

 道路に大きな穴が空いていた。まるでショベルカーのショベルで抉ったかのような大きな穴が空いていた。

 そして、黒いフードの男は——


「洗いざらいしゃべってもらおうぞ。あの女のことをな」


 空を飛んでいた。

 比喩ではなく、宙に浮かんでいたのだ。

 鳥のように翼があるわけでも、飛行機のようにプロペラがあるわけでもない。

 にも拘わらず、当たり前のように空を飛んでいたのだ。

 しかもよくよく見ると、両手には黒い球のようなものが浮かんでいた。


《暗黒球》


「!!!!」


 男は手にうかべていた黒い球をこちらに向けて放つ。

 あれの正体が何かは分からないが本能が告げていた。

 ——あれに触れてはならないと。

 咄嗟に横に飛び退いて避ける

 するとさきほどのように衝撃波と共にコンクリートの地面が爆発音と共に抉れた。

 まるでショベルカーで地面を抉り取ったかのような大きな穴が。

 一体何が起こっているのか理解が追い付かない。


「な、なんなんだ、アンタ——」

「知る必要はない。早く情報を吐け」

「情報って、何のだよ!」

「とぼけるな! あの——忌々しい女のだ!!」


 黒いフードの男は道路に穴を開けた黒い球を連続でこちらに向けて放ってくる。


「おわぁぁぁあっ!!」


 後ろを見る余裕もなく必死に走って逃げる。

 背後では爆音が響き続ける。

 一体何が起こっているんだ。これは夢か? 本当に現実なのか?

 でも、この感触も、音も、さっき吹き飛ばされた時に地面に打った背中の痛みも偽物とは思えない。

 その答えを今出すことはできない。

 俺に今できることは、逃げることだけだった。


「うぉおおおっ!?」


 無我夢中で走り続ける中で、自身の体の違和感に気づく。

 体が異常に軽く、今までの倍以上の速度が出る。

 その速度を生かし普段の足だったら避けられないような攻撃をなんとか躱し続ける。


「なんだ、あの速度は——

 やはり、あの女から何かしらの強化を受けているのか……?」


 男は宙に浮かびながらそんな疑問を呟く。

 しかし、俺には男の呟きなんて気にする余裕はなかった。

 

 すると後ろからだけでなく、横方向から飛んできた闇の球を咄嗟に足にブレーキをかけ、しゃがむことでなんとか回避する。


「なっ——」


 だが、俺が避けたことでその闇の球はその先にある民家を襲い、轟音とともに屋根の半分を吹き飛ばした。


「な、お前、なんてことをするんだ!?」

「情報を吐かぬからだ」

「こんなことしたら、すぐに警察が来るぞ!」

「安心しろ。目撃者は全て消す。それが組織のルールだ」


 組織、という言葉に既視感を感じた。

 まさか、彼女からいつも屋上で聞かされていた“組織”のことなのだろうか?

 しかし、彼女の言っていたあれが現実だなんてあり得るわけがない。


 敵は考える時間を与えてはくれず、間髪入れずに闇の球をこちらに飛ばしてくる。

 再び走り出す。

 ジグザグに走り回り、紙一重で敵の攻撃を躱し続ける。


「きゃっ!?」

「うわっ!」


 必死に走り続けていると誰かとぶつかりそのまま倒れこんでしまう。


「貴方は——」

「姫井さん!?」


 ぶつかったのはクラスメイトでありクラス委員でもある姫井玲奈だった。

 なんでクラスの優等生であるはずの彼女がこんな夜中にいるのだとか、そんなことが一瞬頭によぎるが、今はそれどころではない。

 

「ど、どうして貴方がここに?」

「危ない!!」


 振り返ると、黒い闇の球が猛スピードで飛んできていた。

 咄嗟に姫井さんを抱き寄せ、寸前でそれをかわす。


 手を取り、近くの路地裏へと飛び込んだ。

 二人でしゃがみ込み、息を殺すように身を潜めた


「一体何が——」

「しっ! 声を出すな!」


 緊張で喉が張りつく。

 耳を澄ますと、すぐそばで黒フードの男の声が聞こえてきた。


「気配がしたと思ったのだがな。どこへ消えた?」


 近くで黒フードの男の声がして背筋が震えあがる。

 すぐそこにいる。

 もしここで姫井さんが目撃者だと気づかれたら、彼女も消されるかもしれない。


「何なのよ一体……」

「こ、ここは危ないから早く帰った方がいいぞ!」

「なんで? 私この後用事が——」

「この爆発音が聞こえないのかよ!」


 少し焦りながらも答える。

 姫井さんはきょとんとした顔で耳をすますようにした。


「爆発音? 確かにさっきから聞こえるけど一体何が起こってるの?」

「え、えっと——」


 一瞬だけ、頭をフル回転させる。

 正直に話したところで信じてくれるわけもない。

 なら、適当な理由をひねり出すしかない。


「だ、ダイナマイトを持って暴れてる変な男がいるんだ!

 巻き込まれないうちに早く逃げた方がいい!」

「え?」


 姫井さんは一瞬きょとんとしたが、すぐに小さくうなずいた。


「よ、よく分からないけど……分かったわ」


 そう言って、姫井さんは急ぎ足で去っていった。

 その背中を見送りながら、俺は胸をなでおろす。


「ここにいたのか」


 安心したのも束の間、背後から死の気配が迫る。


「————!!」


 咄嗟に横に飛び、回避する。

 俺のすぐ後ろを襲おうとしていた黒い闇の球は、そのまま路上に停まっていた車に直撃した。

 轟音と共に車が爆発し、勢いよくひっくり返る。

 爆発音に耳を打たれながら、俺は必死で距離を取り、車の下敷きにならないように地面を転がった。


 正直車の持ち主には申し訳ないが、そんなことを考えている余裕は今の俺にはない。


「くそっ……!」


 倒れた体に鞭を打って立ち上がり、すぐに走り出す。

 自宅に逃げようかとも考えたが、すぐに踏みとどまる。

 姫井さんが逃げた方向と、自宅は同じだ。


 それに、あっちは住宅街だ。

 下手に逃げ込めば、多くの人たちを巻き込むかもしれない。


 一方、反対方向には人気のない田舎道が広がっている。

 少し行けば、廃工場がある。

 あそこなら、隠れる場所もあるし、万が一のときも被害は最小限に抑えられるはずだ。


 とにかく、今はあいつの視界から逃れるしかない。

 できるだけ遠くへ、人気のない場所へ。


 考えるよりも先に、俺の体は無我夢中で走り続けた。

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