第15話
クレンジングシートを取ってもらい受け取って、風呂上がりで既に浮いた化粧をじゅわじゅわ吸い取らせていく。
メイク落としは私の1日の最後の仕事と決めていて、寝る時間が夫と一緒でも違っても洗面所から暗い寝室までサッと歩いて素顔を見せないようにしてきた。
朝は夫より早く起きて眉とBBクリームをさっとひと塗り、出勤前の準備で整えてアイカラーやチークを足すようにしている。
別に素顔に自信が無いという訳でもないしメイクした状態でも著しく美人になるという訳でもない。それはなんとなくケジメというか自分に課したタスクのようなものだった。
「……今日は結構ね、塗ってたの……おめかしして…」
「うん、特別べっぴんや思うた」
「ホストクラブなんて初めてだったからね、暗いところでも映えるように濃くしてた」
シートにはピンクやベージュや黒や茶や絵の具のパレットのようにごちゃ混ぜに色が滲んで吸い取られて、肌は若干くすんでいるのだろうけれどスッキリして皮膚呼吸できている感じが堪らなく気持ちが良い。
しかし思い掛けないワードに当然夫は驚いて…
「ち、千里、なん、ホスト⁉︎ホストクラブ行ってん⁉︎」
と足をもつれさせて私の足元に滑り込んだ。
「そうだよ…私も、浮気してやろうと思ったの」
「いや、ホストで浮気て…アフターでもしたんか?」
「店で呑んだだけじゃ浮気にはなんないよね」
「おい、一緒に行った友達って男ちゃうやろな、」
「女の子だよ…ね、疑い始めたらキリがないよね」
口頭でなら何とでも言える釈明、もし私がいずれかの男性とセックスをして帰っていたとしても夫は気付けない。
反対に
全ては本人が知るのみ、シートで拭ってニィと唇を歪めれば夫は蒼白になり
「千里…さっきの髪留めは?」
と私の後ろ頭に手を回した。
不器用にバレッタを外して床に座りふぅふぅと息を吹いて、手で揉んで自分の匂いを移しているのか。
その動きは果物を手にしたお猿さんのようでどこか可愛らしい。
「……やっぱり男の匂いやったか…くそっ」
「その布のとこにちょん、って付けてくれたの。匂いが移るくらい体をくっ付けた訳じゃないよ」
「おんなじや…もう…くそ…」
「勇太、女々しい」
見下ろしてそう告げると彼は「ぐぬぬ」と何か言いたげに、しかし叶わずまた体育座りになって俯いた。
「……女の浮気は…心の浮気て言うやんか…」
「そうなのかな…だから…本命から心が離れちゃうとすっぱり切れるんだろうね…」
「……」
「悔しいの、勇太のこと好きだから体を他の人に盗られて哀しい。でも好きだから別れたくないの。ずっと言うよ、勇太の方が音を上げちゃうかもね」
「言うてええ、謝るし…一生償うし」
「うん…まぁ…今日は寝よう、明日は仕事だし……おやすみ」
「千里、すっぴんも可愛いで……おやすみ」
私は彼がベッドへ這い上がるのを確認してから、サイドテーブルのリモコンで明かりを消した。
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