第3話 言葉
「秘湯から上がろうとしませんし、とりあえず一日このまま本人の望み通りにしてまた明日来ますか?勇者なのですから、何かが襲いかかって来ても自力で対処できるでしょうし」
「俺も修行に出かけたいから聖月の提案に賛成だ。自力で対処できなかったらそれまでの人間だったって事だ。しょうがない。手厚く葬ってやろう」
「では俺がこのまま傍に付き添っておこう。と、言いたいが、奏斗は何やら一人になりたい様子。致し方ないので、俺もこのまま宿に戻るとしよう」
じゃあまた明日。
無言のまま見上げてくるだけの奏斗に片手を上げては背を向けた聖月、芽衣、箕柳は、一本道の坂を縦に並んで下って行ったのであった。
三人の姿が見えなくなってからは坂をぼんやりと見つめていた奏斗は、肩まで浸からせていた身体を下唇が浸かるか否かの間際まで沈ませた。
(あ~あ。結局、僕は何も変わらなかったのかなあ)
物心ついた頃からずっと。
ちょっとした言葉でも、ひどく気が沈んで、ずっと気にし続けていた。
例えば九十九個褒められたとしても、たったの一個の悪口で、気分はどん底に陥り、ずっと引きずり続ける。
今回もそうだ。
大多数の称賛よりも、少数の悪口でひどく気分が沈む。
(いや。悪口だと言えないかもしれない。だって、本当に言葉を尽くそうなんて考えもしなかった)
繊細な心の持ち主、ガラスハートと揶揄されるのがすごく嫌で。
だから、勇ましい者になろうとした。
誰に何を言われようが笑顔で応えられるような、器が大きく、懐が広い人間になろうとした。なりたかった。だから、厳しく辛い修行で鍛え続けた。村のみんなの憧れである剣の力で見返そうとした。揶揄されるような人間じゃないと胸を張って言い返したかった。
魔王を討伐すれば、憧れの人間になれると信じていた。
だが結果はどうだ。
何も変われていない。
(もう、言葉に振り回されるのは嫌だ。言葉が必要じゃない秘湯だけでいい。浸かっているだけでこんなに安らげる、癒される事象なんてないじゃないか。もう僕は一生ここに浸かり続けるんだ)
(2024.11.27)
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