壁親父

蝉の弟子

第1話 迷惑系ユーチューバー

……この街に”壁親父”という都市伝説があるのは知ってる?

 用務員の恰好をした中年の親父なんだけど、そいつに会うと壁の中に引きずり込まれ、生き埋めにされるんだってさ。

 で、そいつが出るっていう廃ビルが、近くにあるんだけど……」


「おいおい、加藤は格闘系ユーチューバーをするんじゃなかったのか?

 それに、そんな噂が当てになる訳ないだろ。その親父に会えなければ、単なる廃墟を写すだけの動画になっちまうぞ!」


 教室の隅で熱弁を振るう内藤に、俺は即座に反論した。

 コイツ等には話してないが、かつて悪霊が見えるようになった(※前作を参照:https://kakuyomu.jp/works/16818093074850195972)時には危ない目にも遭ったし、二度と俺はオカルトなんかに関わりたくなかったのだ。

 だいたい内藤は撮影担当なのだ。チャンネル主の加藤がそんな無茶な提案を承知するだろうか?


「だって最初にアップした動画の再生数は二桁止まりだぜ。いっそ路線変更した方が上手くいくんじゃないか? なぁ、加藤」


「そうだなぁ、どうせやるんだったら再生数欲しいし、壁親父の方がウケるんだったら俺はそっちでもいいぜ。

 実際に化け物が出なかったとしても、鈴木が編集で頑張ればいいだけじゃね?」


 俺の予想に反し、掃除用具入れにもたれかかった加藤までが無責任にこっちを向いて同意を求め始めた。


(冗談じゃない! 編集する人間の苦労なんて知らないだろーが、おまえ等は!)


 これ以上わがままを言われては堪らない。


「編集っつっても、字幕出したり、ちょっとエフェクト掛けるくらいしか俺はできねーっての! 壁親父を編集ででっち上げるなんて不可能だからな!」


 そもそも一週間前に加藤が、ユーチューブに動画上げたいからと、俺に編集を依頼してきたのが事の始まりだった。

 動画編集ソフトの練習にも丁度良かったため、二つ返事で俺はその頼みを引き受けたが、内藤が撮影してきた動画の内容は決して愉快なものではなかった。

 それは加藤が少しさびれた伝統派空手の道場に行き、道場主の技が本物か確かめるという内容だったが、とにかく見てて不快なのだ。

 中学時代にフルコンタクト空手で優勝した経験のある加藤はやたらイキがっていて、無礼な態度を年配の道場主に平気で取るし、その態度も”おまえの技が俺に通用しなかったら晒してやるからな”という本音が透けて見えるようだった。

 最初は高二の子供が相手だからと遠慮しがちに技をみせていた道場主のおじさんが、”本気でやってくれ”というリクエストに答えて腹に突きを入れ、加藤が悶えるところで動画は終わっていた。最後に道場主の言った、「軽く触ったつもりだったんだけどな……」って言葉が非常に印象的だった。

 俺は視聴者が不快になりそうなシーンは極力カットし動画編集したのだが、さりとて完全に加藤の態度の悪さを隠し通す事など出来ず、アップした動画も”不評”が多かったようだ。

 そんな体たらくであったにも関わらず、まだこの二人に付き合って俺が動画編集役をしているのは、この二人が高校に入って最初の友人だったからに他ならない。

 中学時代はイジメに遭い、友達がいなかった俺にとっては、実に3年ぶりにできた友人なのだ。


「仕方ない、当初の予定通り合気道道場に取材に行くとしよう。

 合気道なんて、格闘技の試合で勝った事もないんだし、今度こそ楽勝に決まってるぜ!」


(ああ、なんにも分かってないんだな、加藤は……)


 今から気の早いガッツポーズを取る加藤に、俺はくらくらしていた。

 合気道で総合格闘技の試合に勝てるなんて俺だって思わないが、それは想定している戦場の差によるものだ。

 合気道に限らず古武術と呼ばれるものは、概ね刃物で襲われた際にどう対処するかを想定して作られたものだ。刀を腰に差した人間がゴロゴロしていた江戸以前に構築されたものなのだから、刃物で襲われる状況を想定するのは当然の事だったろう。

 だから刃物で斬る、刺す、振り回すという動作に対応する技が、合気道には山ほどある。が、リングの上で半裸グローブの人間と、それも決められたルールの中で戦うなどという状況は想定していない。逆に総合格闘家が街で刃物を持った人間に襲われたとしても、咄嗟に対処するのは難しいだろう。お互いそんな練習はしていないのだから。

 もう一つ例を挙げるなら、武士と騎士の強さの違いが分かりやすいだろう。両者の違いを端的に言うのなら、武士は起伏に富む地形や森で戦うのに優れ、騎士はヨーロッパの広い平原で戦うのに優れる。つまり、己が主戦場となる場所に各々対応した結果違う強さを求めたのであり、どっちの方が強いとは一概に言えない。

 状況が限定されれば限定されるほど、戦う相手が限定されればされるほど対策はしやすく、その状況下での強さも増すという訳だ。

 これは実際に古武術を習ってみて俺が得た教訓なのだが、加藤はそれを全く理解していない。

 まるでゲームや漫画のように”直接戦わせさえすれば、相対的な強さを決める事ができる”と思い込んでいる。対戦ゲームのキャラクターランキングのように、誰が世界で一番強いかも、やろうと思えば簡単に決められるとも考えているのだろう。そして例え俺が説得しても、彼の思い込みがそう簡単に治るとは思えない。

 とはいえ、彼の為にも少しくらいは説得を試みた方がいいだろう。


「塩田剛三と植芝盛平の話は知ってる?」


「なんだい、そりゃ?」


「合気道を舐めてかかって、ボコボコにされた話」


「はははは、そいつ等がヘボだっただけだろ?」


(ああ、駄目だこりゃ)


 俺が話そうとしてたのは、若かりし頃に手の付けられない暴れん坊だった塩田剛三が”合気道などインチキに決まっている”と思い込み、老師植芝盛平に挑んだ結果ボコボコにされ弟子入りしたエピソードだ。その後、塩田剛三は合気道の達人となり、彼の常軌を逸した強さを知った警察は合気道を警官の訓練にも取り入れたという。現在では婦警が任意で学ぶ他、逮捕術の中に合気道の技術の一部を取り込み、より実戦的なものに昇華していると聞く。

 で、今加藤のやろうとしている事はまるっきり塩田vs植芝の劣化再現になるのだが……。


(まぁいっか、どうせ俺は動画を編集するだけだし、仮に炎上したとしても巻き込まれやしないだろ)


 昼休みが終わるチャイムと共に自分の席へと引き上げて行く二人を見送りながら、まるで他人事のように俺はそう考えていた。



         *      *      *



「鈴木じゃないか、久しぶりだな」


 その日の放課後、廊下で声をかけられ振り返ると、どこかで見た覚えのある男が立っていた。窓から入る夕日が、カラーの曲がったそいつの学生服を斜めに染め上げている。


(たしかあれは、佐藤……、佐藤啓太だったか?)


 中学時代俺をイジメていた”藤田幸一”、その子分の一人がコイツだった。

 俺はコイツ等のイジメによって心を病んで悪霊に憑りつかれ、一方藤田もイジメを続けた事で心を闇に染めて狗神(いぬがみ)憑きとなった。

 その後、俺は心の病みを治す事によって悪霊を払い、逆に藤田は狗神に憑かれまま以前とは比べ物にならないくらい狂暴な男になってしまったという。今の藤田は高校も行かずに毎日ブラブラしている、と噂には聞いていた。


「なんか用?」


「今更だけど、中学時代のことを謝りたくってさ……、あの時は仕方なかったんだよ、藤田には逆らえない空気だったしさ、本当はイジメなんて好きじゃなかったんだよ。おまえだって分かるだろ、こういうの。

 実を言うと俺以外にも、嫌々藤田に従ってた奴はいっぱいいたんだぜ」


(だから何だ?)


 それが俺の正直な感想だった。

 本当に嫌なのなら断ればいいだけの話だ。テメーの意気地の無さを”仕方なかった”で片づけ許して貰おうだなんて、なんと虫のいい奴なのだろう。だいたい謝ると言いつつコイツは”ごめんなさい”の一言すら口にしていない。


「それだけ? 今俺急いでるから」


 陰気臭い佐藤の顔を見るのも嫌になった俺は、奴に背を向けてそのまま人気の少ない廊下を歩きだす。これ以上コイツの言い訳をわざわざ聞いてやろうなどと、誰が思うだろう。


「来年は美大を受けるんだってな、がんばれよ!」


 その聞きたくもない佐藤の応援も、今の俺にはひたすら耳障りだ。


(どーせそんな事、思ってもいないんだろ!? 見苦しい奴め!!)


 俺は自身の中に湧き上がった不快感を、心の中で佐藤に叩きつけていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

壁親父 蝉の弟子 @tekitokun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画