第28話
そこから先のお茶会は、アリサが楽しむものだった。
相変わらずアリアド国王妃様が積極的に発言しない中、アリサが中心となって会話が進んでいく。
いつもの取り巻きたちではなく、貴族の婦人たちが相手だから、アリサもあからさまに笑い声をあげたりすることはせず、婦人たちを適度に持ち上げ、ちやほやされるのを楽しんでいるような、そんな雰囲気ができあがりつつあった。
アリサは私を透明人間か何かのように扱うと決めたようで、最初の挨拶以降、一度もこちらを見なかった。
婦人たちも、そんなアリサの<わざと話を振らない>というやり方を何となく察しているらしく、ちらちらとこちらを見ることはあっても、話し掛けてくることはない。
(令嬢たちとのお茶会よりは楽だけれど……。これはこれで、いいのかしら?)
時間が経つにつれて、どうしてもアリアド国王妃のことが気になってしまう。彼女はずっと、こんなお茶会の様子を見守っているだけで、ほぼ発言をしていない。
けれどこのお茶会の主催者は、彼女なのだ。
(わざわざ、私とアリサを呼んだということは、何か話があったのではないのかしら?)
ちらり、とアリアド国王妃の様子を窺う。と、丁度彼女と目が合った。
彼女はにこり、と笑むと、ようやく口を開く。
「その黒い子が、貴女の神獣?」
「はい、そうです」
アリアド国王妃が話し始めると、がばりとアリサがこちらを向いた。
王妃はアリサを気にすることなく、ロロを見つめ話を続ける。
「そうしていると、まるで普通の猛獣のようだわ。先程挨拶したときは、男性の姿をしていたわよね?」
「気分によって、この姿だったり、人の姿だったりするそうです」
「まぁ。神獣って、本当に不思議だわ」
柔らかい話口に、緊張して固くなっていた身体の力がわずかに抜ける。更に何かを言いかけたアリアド王妃だったが、アリサが横から割り込んできた。
「本当に可愛いですよね!猫ちゃんは、私の自慢なんです!」
(私の自慢って……ロロは私と契約しているのに)
まるで、自分の神獣だとでも言うような言葉に、むっとしてしまう。アリサは、大袈裟にあっ!と声を上げた。
「やだ私ったら……ごめんなさい、ジュリエッタさん!こんなこというと、また貴女の機嫌を損ねてしまうわよね」
うるり、と瞬時に目を潤ませてみせる彼女の技術は、舞台の女優顔負けだ。
「あら、気にしないで、アリサさん。貴女の粗相は、今に始まったことじゃないもの」
にっこりと笑顔で嫌味を返すと、彼女の口元がひくり、と引きつったのが見えた。
王妃はそんな私たちを見て、すっと目を細める。
(いつまでも、こんな子の茶番に付き合ってられないわ)
私は意を決して、アリアド国王妃へと向き直った。
「王妃殿下。そろそろ、私たちをお呼びくださった理由をお聞かせいただけませんか?」
「そうね。……持ってきて頂戴」
王妃がすっと背後の侍女に目配せをすると、2人の侍女がそれぞれ、私とアリサさんの目の前に花瓶を置いた。
真っ白で上品な花瓶に、1輪だけ飾られていたのは――。
「ローザリア?」
聖女の薔薇、と呼ばれる、真っ白な大輪の薔薇だった。みずみずしく肉厚な花弁がたっぷりとついていて、重たそうにも見えるほどだが、可憐に咲き誇っている。独特の清廉な香りが花をくすぐると、心が安らぐようだった。
「ええ。城内に咲いていたローザリアを、兄上……アーヴェルト国王から、譲り受けました」
王妃は、優しい目でローザリアを見つめると、すっと目線を落とし、口元を扇で隠した。
「実は、私の夫……アリアド国王が現在、病に伏せっています」
突然の話に、婦人たちがざわりとなる。それもそうだ、他国の王の健康状態なんて機密情報を、こんな場所で話されるなどとは、誰も思わない。
「病の方は、薬で治る見込みなのだけれど……この度のことで、王自身の身体が衰弱してしまったのです。私は、国王のためにこの国へ戻ってきたの」
すっと彼女の鋭い視線が、私へと向く。……まるで、私ひとりに話しているかのような。
「私は元々、この国の姫でした。だからこそ知っている。……聖女か、神獣使いに祝福を受けたローザリアを材料に作った薬なら、私の夫を治すことができるはずだと」
(祝福されたローザリア、ですって……!)
それについては、レイから受けた授業で教えてもらった。
元々、祝福された土地にしか根付かないと言われているローザリア。
その花に、さらに祝福を与えることで、ローザリアは光り輝くという、奇跡のような現象を起こす、と。
(確か、祝福されたローザリアを原料に作った薬は、どんな病も治し、どんな命にも、生きる力を与える、って……)
なるほど、アリアド国王妃は、歴史に伝わるその薬を、アリアド国王へと持ち帰りたかった。だから、神獣使いである私と、聖女であるアリサをこの場に呼んだんだ。
「勝手なことをお願いしている、ということは、理解しているわ。貴女たちは、アーヴェルト王国の至宝。でもどうか、恩を売ると思って、私のためにローザリアを祝福して下さらないかしら?」
(……これは、困ったことになったわね)
アリアド王妃の話は、要約すると、アリアド国王のために、万能薬の材料である祝福されたローザリアを作れ、ということだ。
万能薬……そんな貴重なものの材料を、他国に渡す? 政治的な視点で見ても、大それた物の取引について、いち貴族である私が勝手に決めていいとは思えない。
「恐れながら、アリアド王妃殿下。そのお話は、すでに陛下に……?」
「……」
私の問いかけに、アリアド王妃はすうっと目を逸らすだけで、何も答えない。
「申し訳ございません、王妃殿下。ご家族を思う殿下のお気持ちを思えば心苦しいのですが、ご存じの通り、祝福のローザリアは大変貴重なもの。一度国王陛下へ相談をしてからのお渡しとした方が、我が国にもアリアド王国にもよろしいかと……」
丁寧に説得しようとした私の言葉を、バン!と机を叩く音が遮った。
見れば、アリサが向かいで立ち上がっている。しん、となったご婦人方の視線を集め、アリサは大きな瞳を潤ませていた。
「ジュリエッタさんってばひどいわ!王妃様がこんなにも心を痛めていらっしゃるのに、どうしてそんな意地悪をいうの?」
「アリサさん。これは意地悪ではなくて――」
「意地悪じゃなかったらなんだというの?私たちには、苦しんでいる人たちを助ける力があるのよ?王妃様がこうして頼ってくださったのだから、それに応えるのが私たち、聖女と神獣使いの役目でしょう?貴女がやらないというのなら、私だけでもやるわ!」
捲し立てるように言ったアリサが、止める間もなく目の前のローザリアへ両手をかざす。すぐにほわりと、柔らかな光がローザリアを包んだ。
「これが、聖女様の力……!」
間近でアリサの力を見た婦人達が身を乗り出す。光はすぐに収まり、真っ白なローザリアは控えめな白い光を放つ神々しい姿になっていた。
「む?」
それまで、興味ないとばかりに寝たふりを決め込んでいたロロが、むくりと頭を持ち上げた。
「ロロ?」
「……あの小娘……」
呟いた彼は、じっとアリサを見つめていた。
そしてアリサは、どういうわけか、ぜいぜいと荒い息を収めようと、必死になっているように見える。
(まさか、体調が悪くて遅刻したというのは、本当だったの?)
「アリサさん?どうしたの?」
「……なんでもないわよ」
ボソリ、と険悪な呟きが返されたと思えば、彼女は笑顔で、祝福されたローザリアの花瓶をアリアド王妃へと差し出した。
「さあ王妃様!こちらをお持ちになってください!きっとアアリアドの王様も、良くなりますよ!」
「……」
王妃はしかし、アリサの差し出したローザリアをじっと見つめるだけで、受け取ろうとしない。
「……ええと、王妃様?」
戸惑ったように首を傾げるアリサに、アリアド王妃は扇で口元を隠すと……。
「ハァ……」
大きすぎるくらい大きな、ため息をついたのだった。
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