第25話
「ああ聖女様!本日もありがとうございます!」
「貴方も。付き添ってくれてありがとう」
にこりと優しく微笑んでみせれば、付き添いの神官は感激したように目を潤ませていた。
(誰も彼も、本当にうっとうしいわね)
今日アリサは、首都にあるロザリンデ主神殿へと来ていた。聖女のためにと仕立てられた純白のドレスはとても綺麗で、いかにも聖女といった装いができるのは心が弾む。
……が、しかし。ここへ来て、やらされることといえば。
祈りの広間にある、巨大な女神像の前に膝をつき、祈りの姿勢を保ったまま、じっとしているという苦行だ。
最初の頃は、石床についた膝がもの凄く痛くて、こんなことやってられないと怒ったりもしたが……。最近になり、大神官がクッションを用意してくれたので、少しやりやすくなった。
しかし、膝が痛むことはなくなったとしても、苦行は苦行である。
何十分もその姿勢のままじっとしているなんて、肩は凝るし、何より退屈だ。
(女神に祈りを、なんていうけど。こんな石の固まりに何を祈れって言うのよ?)
本当に、ばかばかしいことこの上ないのだが……。
先日の、ヴォルグの誕生日パーティーで、聖女の印象が悪くなってしまったらしい。その挽回のためにも、必ず毎日祈りを捧げるように、と、国王に言われてしまっては仕方がない。
祈りを終えた私を、付き添いの神官が応接室へと案内してくれる。
(私が毎日こんなことをしなくちゃいけないのも、私の評判が悪くなったのも、全部あの女のせいよ)
前を歩く神官にばれないよう、ぎりりと奥歯を噛み締める。
折角、あの神獣を抱き込んでやろうと思ったのに。
あの女も、あの生意気な神獣も。私にあんな態度を取って……。先日知り合った騎士に殺してもらおうと思ったのに、失敗したみたいだし。
(何も良いことなんてないわ!)
案内してもらった応接室で、長椅子に腰掛ける。
座った瞬間に、ぐらりと気持ち悪さが襲ってきた。
「う……」
「聖女様?どうされましたか?顔色が……」
「ちょっと、気持ちが悪くて……」
「!すぐに大神官様をお呼びいたします!」
呻くと、神官は慌ててばたばたと走って行った。
最近、眠りが浅いし、今のような目眩や立ちくらみが多い。ずっと身体が怠いし、いくら寝ても眠い……。
「ふわあ……最悪」
誰もいないのをいいことに、ごろりと行儀悪く長椅子に寝そべる。
(きっとストレスね。神獣が私のものにならなくて、あの女が目障りで。きっとそうよ、全部全部、あの女が悪いんだわ……)
ばたばたと人が来る足音を聞きながら、またうんざりした気持ちが顔を出す。
(あの大神官。ことあるごとにあれをしろ、これをしろってうざいのよね。もっとイケメンの大神官とかいないのかしら……)
ノックの音を聞いて、怠い身体を起こす。入って来たのは、予想通りの大神官……だけではなく。
「ヴォルグ様!」
「迎えに来たのだが……体調が優れないと聞いた。大丈夫か、アリサ?」
そこには、数日ぶりの婚約者、第二王子ヴォルグがいた。
「私、なんだか最近具合が悪くて……」
「医者には診せたのか?疲れが溜まっているのだろうか」
隣に腰掛けたヴォルグに飛びついて、すかさずぎゅっと抱きつく。
(はぁ。やっぱりイケメンにちやほやされてるのが一番癒やされるー)
いつものようにすりすりと頬を寄せる――が。
「……アリサ」
「へ?」
ぐい、と強い力で両肩を押され、突然引き剥がされてしまった。
今までにないヴォルグの行為に驚いていると、彼は眉間に皺を寄せて、ついと私から視線を逸らした。
「こういう態度は、良くないと思う。人前なのだし」
「……どうしたの?ヴォルグ様。いつもはそんなこと言わないのに……」
「アリサ。先日、ユロメア公爵令嬢に言われた言葉を覚えているか?」
「はい?なんでジュリエッタさん……?」
「君は、俺の婚約者だ。違う世界から来て、貴族の礼儀作法に疎いというのもわかってはいるのだが……もっと真剣に、礼儀作法の授業を受けてくれないか?将来妃になるという者が、このような幼い振る舞いを続けているのは、俺も問題だと思っていて――」
こちらを気遣う様子を見せつつも、ジュリエッタに同調するヴォルグに、頭を殴られたような衝撃を受けた。
(どうして?私は聖女よ?誰よりも大切にされるべき存在、誰からも愛されるヒロインでしょう?それがなんでこんなことを言われなくちゃいけないの?)
ズキズキと頭が痛む。ヴォルグの言っていることが理解できない。
(それがどんな振る舞いだろうと、私がすることが正解でしょ?私が何をしても、誰も文句言わないのが普通じゃないの?)
苛立ちが募り、ヴォルグの腕を振りほどくと、そのままがばりと彼の頬を両手で掴み、口づけをした。
「!」
驚く彼に、2度、3度と口づけを重ねて、最後に潤んだ上目遣いで見上げる。
「私と居るときに、他の女性の名前を出すなんて……ヴォルグ様、酷いわ」
「アリサ……。すまない、だが、これは大切な話で……」
「えっほん!殿下!聖女様を悲しませるようなことはなさらないでください!」
しくしくと涙を流せば、大神官が庇ってくれて、ヴォルグはおろおろと謝り出す。
(こんな時には、この大神官も役に立つわね。……それにしても。あの女……!ヴォルグ様までこんなことを言い出すなんて、絶対に許さないわよ!)
ずきり、ずきりと痛む後の首筋に、黒いくすんだシミのようなものが広がりつつあったが、誰もまだ、気づいていなかった。
――一方その頃、ユロメア公爵邸では。
ジュリエッタが、久しぶりに帰宅した父から、執務室へと呼び出されていた。
「お父様、何かご用ですか?」
「ああ……来たか、ジュリエッタ」
顔を上げたお父様は、チラリと私の背後に目を向ける。そこには、勝手に応接用の椅子に座り寛ぐロロがいるのだが、お父様は何も言わなかった。もはや、私とロロがセットだということに、何か言ってくるような家族はいない。
「先日のパーティーで、暗殺者に襲われただろう。お前は神獣使いだから、これからも危険なことがあるだろうと思ってな。レイ殿から、神殿騎士をひとり、お前の護衛としてお預かりすることになった」
「レイからですって?」
いつの間に連絡を取り合っていたのだろう。お父様の口から彼の名が出たことに驚いていると、ロロがいつのまにか、隣に立っていた。
お父様がハッとして、席を立つ。
「この決定は、決して、神獣殿のお力を軽んじているというわけでは――」
「構わない、父君。ジュリエッタを守る盾は、いくらあってもいいからな。俺も賛成だ」
「賛成頂いて、ほっとしました。――入りなさい」
お父様の声に、執務室の扉が静かに開かれた。
「――失礼致します!」
男の子――そう言ってもおかしくないくらいの少年が、騎士服姿で入ってくる。ふわふわの金の髪に、きらりと光る金の瞳、明るい雰囲気の微笑を湛えた彼は、よく見慣れた新緑色の神殿騎士の衣装を着ていた。
彼は私の目の前までやってくると、ビシッと胸元に拳を当てる、神殿騎士特有の礼をしてみせる。
「初めまして、神獣使い様!ローエングリン神殿所属、神殿騎士ミオランスと申します!どうぞ、気軽にミオとお呼び下さい!誠心誠意、神獣使い様にお仕えさせて頂きます!これから、よろしくお願いいたします!」
きらきらした瞳で真っ直ぐこちらを見つめてくる、私より頭ひとつ分小さな彼は、にっこりと満面の笑顔で挨拶をしてくれたのだった。
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