第19話
――第2の神獣使い。
彼女の記録は、他の神獣使い達と比べものにならないほど沢山残っている。一部は書籍化され、広く一般にも親しまれているのだが、彼女自身の手による膨大な手記の大部分は、神殿により管理され、秘匿されてきた。
ローエングリン神殿に通い、過去の神獣使い達の記録について学ぶ授業の一環として、レイは神殿が管理している彼女の手記――所謂、禁書についても話してくれたのだ。
彼女は、歴史上3度の神獣使い出現のうち、貴重なたった1度の、『聖女が存在しているのに、一般人から選ばれた神獣使い』――つまり、私の前例だった。
彼女は、聖女とはまた違った思想を持ち、王家の支援を受けながら、その神聖力を王国全土へ届けようと、生涯旅に明け暮れた。
王国の全ての街や村を延々と渡り歩き、助けが必要な人々へと惜しみなくその力を使い続け、旅の様子を事細かく手記に残したのだ。
自身に寿命という命の終わりが訪れたとき、彼女の手記は、神殿に秘匿される運命を背負った。
王国民すべてから尊敬され、愛された第2の神獣使い――彼女の間際に書き綴った言葉は……。絶望、後悔、懺悔……そして、世界と神への、呪いの言葉だったのだ。
……ああ、ああ、どうして。
どうして神は、神獣は。
私にこんな使命を負わせたのですか?
どれだけ国を巡っても、どれだけの人を救済しても。
人々の嘆きは潰えず、病に泣く家族は後を絶たず、この世の哀しみは消えない。
私は、何のために、この人生を捧げたのか。
誰も彼も、助けることなどできなかった。
悔しい。私には到底、背負うことの出来ない重責だったのだ。
願うなら、私は只の人として、ただ普通の一生を終えたかった。
こんなにも自分の人生を、無意味だったと思うくらいならば……あの時、何が何でも、神獣使いになどならなければよかったのだ…………。
……彼女の手記の内容を思い出すと、胸が痛い。
彼女は、自分が手にした力を振るい、この王国を救いで満たすことができると、希望高らかに旅に出て……そして最後には、自身の人生を無駄だったと嘆き哀しみ果てたのだ。
あまりにも衝撃的すぎて、その話を聞いた日から数日、体調を崩していたのを覚えている。
(――神獣使いが誰しも、幸せにその生を全うした訳ではない)
レイからも、こういった前例があることを、しっかり覚えているように、と念を押されたっけ。
俯く私の頭を、ロロの大きな手のひらが優しくぽんぽん、と撫でた。
「覚えているなら良い。……大丈夫だ。あのろくでなし聖女だって、全く役に立たない、と言うわけではないようだし、リーエはただ、難しい義務や責務だなんてものは考えず、自分がしたいようにすれば、それで良い」
「私の……したい、ように」
「ああ。俺に出来ることなら、何でもしてやる。病を治すことも、誰かを傷つけることだって。ただリーエは、その時その時で、後悔しない選択をして、俺に命令すれば良いだけだ」
「…………うん」
中途半端な、分かってるのか分かっていないのか曖昧な私の返答に、ロロはそれ以上何も言わずに、頭を撫でてくれていた。
ナナリーが侍女になって、数日が過ぎた頃。
屋敷に籠もる私の元へ、レイからの手紙が届けられた。
「ジュリエッタ様!」
可愛らしい呼び声に振り向けば、もうすっかり侍女服が板についたナナリーがいた。
その手に銀のトレイを持って、私の元へとにこにこやってくる。
「こちら、今し方届いたお手紙です!」
「ありがとう、ナナリー。貴女ももう、すっかり立派な侍女ね」
きっちりとトレイに置かれた封筒と、並べられたペーパーナイフ。
それらを受け取りながら一言添えると、彼女は照れたように頬を染めた。
「マーサさんが丁寧にお仕事を教えてくださるお陰です」
「あら!ナナリーがとても勤勉だからですわ。彼女なら、お嬢様のお世話も安心してまかせられます」
私の紅茶を注いでいてくれたマーサが、ふふふと嬉しそうに笑う。
ナナリーはマーサとも仲良く仕事してくれているようで、本当に何よりだ。
「それで、この手紙は……。レイから?」
(そういえば、舞踏会の準備に忙しくて、最近神殿に顔を出せていなかったわね……)
さくり、とペーパーナイフで開封した手紙は、いつも通りの質素なものだ。
(会いに行かないことへの恨み言かしら?忙しくなる、とは伝えていたはずだけど……)
目を通した文面には、予想に反し、いつも通りの歯の浮くような季節の挨拶と、忙しさへの気遣いが綴られていた。
第二王子の誕生日を祝う舞踏会――それがもう、明後日に迫っている。
その準備のために、と、衣装合わせや宝石選び等に奔走していたのだが……レイも、舞踏会のことは覚えていたようだ。
(神獣殿がいるから心配ないと思うけど、無理はしないでくれよ。――か)
飾り気のない気遣いの言葉が嬉しくて、ふふ、と小さく笑みが零れる。
「あらあら。随分と、嬉しそうですね?」
「え?……そうかしら?」
「ふふ、自覚がありませんでしたか」
マーサはよくわからないことを言って、クスクスと笑っている。
一体何の話だ……と、視線を向かいのロロに向けたが、彼もまた、生暖かい視線を向けてくるだけだった。
「ちょっと……ふたりとも、なんなのよ」
「いや、なにも。なぁ?侍女殿」
「ええ、神獣様」
「ふふふ」
私たちのやりとりに、ナナリーまでもが楽しそうに笑っていた。
「ジュリエッタ様。お返事はお書きになられますか?」
「そうね。ああでも、この後は確か、ドレスの最終調整だったかしら?」
「そのご予定ですが、まだデザイナーさんたちがいらしていないので、少しならお時間とれますよ」
「なら、今書いてしまうわ」
「レターセットをお持ちいたします」
見本の様に綺麗なお辞儀をして、ナナリーはぱたぱたと部屋を出て行く。
「働き者の可愛らしい後輩が出来て、私は幸せですわ」
「私も。可愛い妹が出来たみたいで、とっても和むわ」
彼女の後ろ姿を眺めながら、マーサと私はふふふ、と笑い合った。
ジュリエッタ様がドレスの調整へと向かった後。
ナナリーは、先程書き上がったばかりの手紙を手に、応接室へと向かった。
「失礼致します。お待たせいたしました」
入室すると、小柄な少年が顔を上げる。
深い緑の騎士服は、聖騎士団所属の証。
白銀が眩しい鎧に着られているような印象の彼は、ふわふわで赤みがかった金色の髪を揺らしてにっこり笑顔になった。
丸い金のくりっとした瞳が、彼を更に幼く見せる。
「ジュリエッタ様からのお返事をお持ちしました」
「ありがとう、ナナリー。侍女の仕事、頑張っているね」
褒められて嬉しそうに笑うナナリーは、宝物のように主人の手紙を騎士へ差し出す。
手紙を受け取った騎士は、丁寧に手紙を荷物へとしまい込み、一礼した。
「神獣使い様よりのお手紙、確かにお預かりいたしました」
「どうぞよろしくおねがいいたします、ミオ兄様」
「――任せて」
ナナリーからミオと呼ばれた小柄な騎士は、彼女の頭をそっと撫でると、颯爽とユロメア公爵家を後にしたのだった。
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