第三十話『それは恋文に似て』

「ロラン。この鉱石は鉄か銅、どっちだ?」


「見せてみろ」

 

 グランディスがギルドハウス。はぐれドワーフのロラン達が持ってきた鉱石を、鉄と銅とに仕分ける地味な作業。


 当初、どちらも混ぜ込んで納品した際、元締めたるカルレッシアは随分ご立腹だった。


 曰く、品物は種類別に持ってくるのが当然でしょう、との事。ぐうの音も出ない。


 仕方なくギルドハウスの庭先に座り込んで、ドワーフ達と一緒に仕分け作業に精を出している。色合いで分かる事も多いが、中にはさっぱりお手上げのものもある。そんな時は彼らに頼るしかない。


「こいつは鉄だな」


 ロランは僕が手渡した鉱石を一舐めすると、すぐに鉄鉱石をより分けている袋に放り込んだ。


「味で分かるのか?」


「それぞれによるな。俺みたいに舌で味わうのもいれば、匂いが違うという奴もいる。流石に音が違うんだと言う奴には会った事がねぇが」


 取り合えず銅鉱石と鉄鉱石、両方の匂いを嗅ぎ、味を確かめ、音を聞いてみる。


 良し。分からない。


「お手上げだ。獣は狩人、石はドワーフ。得意分野は任せよう」


「構わんさ、後で酒でも奢ってくれ」


「君一人なら良いんだが、君一人ならな」


 ロラン自体はさほど量を飲まない。静かに強い酒を好むタイプだ。


 それより問題なのは、『土塊一家』に所属するドワーフ連中。奴ら安酒だろうが高い酒だろうが、ポンプみたいに呑み込みやがる。一度財布を空にされて以来、全員とは飲みに行かないと決めた。


 庭先で呑気に会話をしていると、俄かに門前が騒がしくなる。


 そういえばもう昼時か。毎日御立派な事だな。


「――『ライディラ兄弟』を甘く見るんじゃねぇぞ! 今日こそはてめぇらをぶちのめしてやる!」


 頭に包帯を巻いた頭目を筆頭に、十名ほどの野盗連中が押しかけて来る。


 ギルドを設立してからもうほぼ毎日だ。もはや本当に襲撃に来ているのか、面目を保つために声をあげているのか分からない。


 フォルティノやパール、時にはロラン達と共に撃退した事もある。こちらに戦力があると見るやすぐ引いていくから、怪我人もほぼ出ない。


「グランディスの組織にも色々とあるってわけよ。引くに引けねぇ、無駄と分かっててもやめられねぇ。面子で食ってる奴は皆そんなもんだ」


 ロランは次々に鉄と銅とより分け仕分けしていく中、思い出したように言った。


「お前ら、ギルドの名前はつけねぇのか。ギルドと言えばお前らの事みたいなもんだが、面倒で仕方がねぇ」


「考えてはいるさ。が、一番良いのはもう使っちゃったんだよな」


 やはり僕にすれば、ギルドの名前と言えばエルディアノだ。今から新しいものを付けろ、と言われても中々思いつかない。これも未練というものか。


「どうせならこう、よりインパクトがあって、美しく、心に残るような奴がだな」


「ああもう良い、分かった。聞いた俺が馬鹿だった」


 ロラン、覚えてろよ。絶対に名前を決めても教えてやらないからな。


 『ライディラ兄弟』がいつも通りパールによって撃退され、方々に散っていくのを見つつ、ようやく仕分けが終わった鉄と銅の袋をギルドハウスと化した邸宅へと運ぶ。


 無論、僕がではなくロラン達がだ。僕の腕力はまだ完全に戻ってない。


 邸宅の中は玄関口からすでにギルドハウスとしての雰囲気を備えており、拵えられたテーブルや椅子に探索者がへばりついていても何ら違和感がない。


 唯一問題なのは、カルレッシアが毎日のように僕にクレームを入れて来る事だが、今のところは何とか凌いでいる。


 色々と騒ぎを起こした所為でギルドメンバーはまだパールやフォルティノ、ルヴィ達だけ。外部には取引や協力関係を結べた組織も少なくないので、まだこれからという所か。


 ある意味、安堵したくなるような平和な日々だったのだが。


 ――突如、雷鳴が空を駆けた。


 自然現象ではない。連続して断続的に打ち鳴らされるこの音は、魔導によるものだ。


 フォルティノが、外部から帰還したのだ。


 何時もなら騒々しくも統一された音が、今日は随分と荒々しい。妙に焦ってるな。フォルティノともあろう人が。


 大図書館との情報交換で、余程の事があったのか。


「アーレ! てめぇドワーフと仲良くやってる場合じゃねぇぞ!」


 ギルドハウスの扉を蹴り破るような勢いで入ってきた瞬間、フォルティノが叫ぶ。


 何時もなら少し冗談でもとばす所だが、今日は場が悪そうだ。大人しく彼女の言葉を待つ。


「お嬢からの伝言だ。――止められそうにない、判断は任せる、だとよ」


 彼女が勢いよく投げつけて来た紙束を、くるりと開く。


 そこに書かれていた言葉は、マーベリックらしく簡潔にして明瞭。


 ――ルッツ=バーナーが王室の支援を背景に、アーレ=ラックの討伐をギルド連盟に提案したというもの。


 提案、というのはただのポーズだろう。ギルド連盟内部でどのように取り決められようと、ここまで動いたからにはルッツは僕を殺しに来る。


 その文言には、もはや得体の知れない殺意が詰まっていた。ある種の恋文だろう。どちらも、君の心臓をもらい受けるという一文は同じだ。


「ふぅむ、随分と早いとは思わないかいアーレ。彼がここまで性急に物事を進められるとは思わなかった」


 僕の肩越しに恋文を覗き見ながら、パールが言った。


 言葉には緊張と、僅かの興奮が溢れていた。きっと彼女は理解していたのだ。王都を刺激し続ければ、いずれ必ず衝突する日が来ると。


「……確かに。もう少し猶予をくれると思ってたんだが。僕を殺したくてたまらないらしい」

  

 なるべく冷静に言葉を紡ぐ。必死に、何時も通りを装って。取り繕う。


 だが内心は――胃が鉛のように重く固くなっていた。


 ルッツの行動は僕の想定より一か月以上早い。議員連中を振り向かせるといったこちらの思惑は全てご破算だ。誰か、奴の尻に蹴りを入れた奴がいる。まるで今なら僕を殺せると分かっているかのように。


 吐息が炎のように熱かった。だというのに、つま先から髪の一本に至るまで、ろくに動こうとしない。


 畜生。どうする。まだ足元は万全じゃない。


 リスクを取って大胆に行動していたのは僕だ。こうなったからには、最悪でも僕一人の命でケリをつけなくちゃあならない。


 責任を取るのが、行動を起こした者の最低限の義理だ。


「――はい。先輩! 可愛い可愛い後輩のルヴィが提言します。如何でしょう。まずは、足場を固められては」


 不意に、目の前にルヴィが現れていた。というより、僕が気づかなかっただけか。パールもフォルティノも、じぃとこちらを見つめている。


 不覚だ。無駄に考えすぎた。どういうわけかルヴィは、こういったタイミングが良い気がする。長年の付き合いでもあるまいに。


「……いや、その通りだルヴィ。奴ら、このグランディスに来る気なんだろうフォルティノ?」


「らしいぜ。ご苦労なこった。ギルド連盟で人員を揃えて、直接お前の首を落としに来るんだと」


 またカルレッシアの小言が増えるな。彼女は案外あれでいて、グランディスの治安には目を光らせている。王都から遠征してくる探索者の集団など、たまったものではないだろう。


 しかし奴らからグランディスに乗り込んできてくれるなら、まだやりようはある。こちらから王都に乗り込まざるを得ない状況を作られるよりはずっとマシだ。


 そういう面で言えば、ルッツが真面目で助かる。奴ら、真正面から僕を叩き潰すのが正義だと信じている。


 パールが蒼槍を傾けながら、小さく言う。


「ギルド連盟はもはや一枚岩じゃない。彼が集められるのは、大部分がエルディアノの面々だろうね。元同じギルド同士で殺し合いとは、笑えない」


 本当に笑えない。だが僕を追い出したルッツも、議員連中だって同じギルドメンバーだ。すでに火蓋は切られている。


 彼らは来る、僕を殺しに。そうして僕に殺されに。


 彼らが覚悟し、命を懸けて挑んでくるのであれば。僕は彼らを迎え撃たねばならない。


 ――そうして彼らもまた、僕のギルドを真に奪いたいのなら僕を殺さねばならない。


 酷く落ち着いた心持ちで、ルヴィに言う。


「悪いが、グランディスにいる声を掛けられる連中全てに声を掛けてくれ。王都から襲撃が来ると伝えてな」


「はい。承知しております、先輩。すぐに動けますとも」


 優秀な後輩だ事で。僕には本当に勿体ないな。


 ふと、僕の傍らで鉱石の詰まった袋を持つロランが見えた。ぐいと目線を僕に向けてくる。


「君は別に付き合ってくれなくてもいいぞ。何も聞かなかった。それでも良い」


 ロランは髭を撫でながら、ひとしきり考えてから口を開く。


「よく分からん。お前から話をまず聞く事にする。俺が考えるより、そちらの方が早い」


 それが僕に対する信頼なのか。それともただ単に面倒くさくなっただけなのか。


 確かなのはただ一つ。


 ――もはやルッツとの対立は、大地を大勢の血で濡らす以外の結末はなくなった、という事だ。

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