第十一話『探索者とはこれなり』
パールに背中を預け、背後へ視線を向ける。数は十。各々が襲い掛かって来る所を見るに、さほど連携が取れた相手じゃない。
通常はそれで十分だ。数は嘘をつかない。人類種は生まれてこの方、囲んで殺す以上の戦術を見いだせていない。
ゆえに殺したい相手がいるのなら、数を揃えろ、囲んで叩け、これぞ人類種の常識。
しかし悲しい事に――それは探索者の常識ではない。
魔力を『使役』する探索者は、常識を失わなくてはならない。
「先、輩――ッ!」
ルヴィの焦燥が混じった声を背中に聞きながら、数歩を前に出る。それだけで、足の速かった三人が僕へと辿り着いていた。欲望がよく瞳に出ている。僕を殺した奴は、多めの分け前を貰えるに違いない。
瞬きの間すら置かず、迫りくる剣と槍。鉄の切っ先を前に、カルレッシアから預かった魔力結晶――から削り取っておいた欠片を指先で握る。
「言っただろ、僕を殺したいのなら、あの日に来るべきだったんだよ」
それは誰に言ったものなのか。こいつらか。それともルッツの奴か。いいや詰まりは、全ての敵に向けてだ。
手の平に少しばかりの熱と、魔力の充足を感じる。渇きを満たすには足りない、それでも確かな魔力の感触。
――指先に魔力を込め、そうして正面に向け一閃。
それで十分だった。それだけで『強化』された指先は、剣を槍を、鉄を両断する。
探索者にとって魔力とは、血液と同じ。肉体を操作するために必要不可欠な要素であり、失えば生きていけない。
僕らは魔力を使役する事で、時に肉体を『強化』し、時に武具を『生成』さえする。呼吸のように魔力を扱う魔性と相対するのに必要不可欠な能力だ。
「馬鹿、なッ!? 廃魔現象は……!」
魔力で強化したはずの剣と槍をへし折られ、突出してきた馬鹿の一人が驚愕を露わにする。
廃魔現象は、探索者にとって血液とも言える魔力が体内を巡らなくなる現象。老化した血管が、もはや血液を運べなくなるのと同じさ。魔力がなければ、僕はただのぼんくらに成り下がる。こいつらにとっては、鼠をいたぶるような気安さだったはず。
では、それでもなお魔力が扱いたいならば、どうすべきか。外付けの機構に頼るほかない。
即ち、魔力結晶。これさえあれば、一時的とはいえ全身に魔力を走らせる事が出来る。勿論、過去と全く同じようにとはいかないが。
「悪いんだが。生かす余裕まではないよ」
「ギ――ガッ!?」
強化した指で鉄をへし折った勢いのまま、正面にあった頭蓋を強打する。嫌な音と感触がした。こりゃ、流石に死んだな。
「はい。先輩――流石に怒ってますよ、私は!」
二人目の腹を足で蹴り潰したと同時、ルヴィの援護射撃が飛んでくる。折れた槍を持ったままあたふたとしていた三人目の胸から無造作に矢が生え、そのまま勢いよく地面にダイブした。
流石、狙いは完璧だ。これで突出してきた馬鹿は片付いた。
ちらりと周囲を見渡すと、後の連中は様子を見ながら武器を構えたままだ。最初の勢いは何処に行ったのやら。探索者らしい臆病心が顔を出したらしい。
彼らは正しい。探索者たるもの、不確定な賭けに手を出すべきではない。探索者は常に、予定調和的に勝利せねばならないのだ。
「君ら、僕が誰だか分かって殺しに来たんだろう? それとも、誰か分かって無かったのか?」
僕の余裕ぶった声を前に、その場の多くがたじろぐ。何もしてないのに顔を青ざめさせている奴もいた。
これで良い。時間が稼げさえすれば、パールが前衛の連中を片付けすぐに駆けつけてくれるはず。正直、手元の魔力結晶はもうほぼ空だ。
「お、怖気づくなぁ! 廃魔にかかった人間がそう簡単に復活するか!」
痛い所を突く奴がいるじゃないか。あの顔は、『女神の大樹』ギルドの副マスターか。
勇ましい事に、彼は顔を青くしながらも長剣を構えて一人前へと進んでくる。他の連中も援護くらいしてやれば良いものを。
「そこまで僕に拘ってるのか。人気者も楽じゃないな」
「……黙れ! 俺達も、もう後がねぇんだ」
やはり。他のギルドから圧力でも受けているらしい。中小ギルドの悲哀だねぇ。
とはいえ装備自体はそう悪くない。油断出来る相手でもないし、何より――もう僕には相手の装備を砕けるほどの魔力は残っていない。
「あんたは、もう十分良い目はみただろ!? 俺達のためにここで死んでくれ!」
勢いよく副マスター殿が叫んでくれるが、良い思いをした覚えは全くない。まだまだ人生これからという時に、酷い事を言ってくれる。
彼の見た目はまだ若いが、戦い方は十分さまになっていた。ルヴィからの援護射撃があるのを承知し、僕の影に隠れて接近。そうして流れるように剣へと魔力を纏わせ、一息で僕の間合いへと入り込んでくる。
いや、これはただの『強化』ではなく――。
「『
――『
探索者は例外なく魔力を行使するものだが、ただ強化や生成を行うだけでは、素人とそう変わりはない。簡単なものなら子供にだって出来る。
魔力を使うだけではなく、昇華させ
二流以上の探索者なら、これはという
今の僕では、この剣の一振りは止められない。止めようとすればまず間違いなく、腕ごと『両断』されて終わりだ。勢いに任せたように見えて、狙いすました一撃。
中堅ギルドで終わらせるには惜しい腕だ。三流ではないと、そう断言できる。
けれど――やはり一流と比べると役者が違う。
風切り音が、耳をつんざく。
「ァ、なぁ、あ゛!?」
瞬間、副マスター殿が振り上げた両腕が、一本の矢に撃ち抜かれ吹き飛んだ。血液が美麗と思えるほどの鮮やかさで空を汚す。
射手が誰か問う必要もない。ルヴィの誇らしげな顔が目に浮かんでくる。
「そんな、馬鹿な……!」
無論、彼はルヴィの矢を防ぐため、常に僕の影に身を置いていた。
ならば対策は簡単。射出した矢の軌道を、魔力によってねじ曲げれば良い。
とはいえ、自分の身体から離れた物質を魔力で操るのはそう簡単な話ではない。勢いよく動く矢ならば尚更。
元々彼女はエルディアノに所属する探索者であり、その実力は勇者のお墨付き。
間違いなく『一流』だ。
「はい。先輩、ピンチでしたよね。今、ピンチでしたよね? 言い訳はありますか? 助けてくれてありがとうって言いましょう?」
言動がクソなのが唯一の問題点と言えば問題点だ。僕のすぐ傍まで近づいてきて、無表情な顔をやや苛立たせながら煽ってきやがる。僕が万全な状態でさえあればこの場で叩きのめすのだが。
「一応、奥の手はあったさ。本当の最後の手だけどな」
指先で軽く魔力を弾けさせて、言う。
一応これでもエルディアノを率いていたんだ。僕にだって
さて。唯一威勢が良かった副マスター殿は戦闘不能。他の連中はもはや士気を失っている。
その上、
「それで――アーレ。ボクも少々、とさかに来てるよ。まさかここに来てなお、君が無茶をしようとするだなんてね。戦闘はボクに頼ると、そう言ってくれてなかったかい?」
「いや違う、待て。誤解だパール」
『女神の大樹』のギルドマスターと、直属の探索者どもが悉く地面に転がっているのが見えた。そりゃそうだ。相手が悪すぎる。
ルヴィが一流であるならば、パールは更にその上にいるのだから。
どちらにせよ、後は林に潜んでいる連中だけだが、そいつらももはや戦意はないだろう。ギルドマスターと副マスターがこちらの手に落ちたのだ。ならば、後は交渉によって情報を引き出すだけ。
そう、油断した直後だった。
僕の慢心を打ちのめすかのように、それは来た。
――轟音。轟然。轟雷。
先ほどまで晴れやかだった空が嘘のように稲光を響かせる。まるですぐそこに、雷が落ちたかのような衝撃と空気の振動。
いいや、違う。落ちたかのような、ではない。
――すぐ傍に落雷が着弾した。街道をすりつぶし、周辺が一瞬で黒ずみとなる。
僕はこの光景を知っていた。僕はこの原因を知っていた。
これは魔導だ。
通常の魔力操作では、人間本来の性能から著しく乖離した
しかし、中には魔力を用いて自然と同化し、自然の力を自在に操ろうではないか、と気の触れた事を抜かす連中がいる。
それこそが、魔導師。自然とともに生きる者ら。
この雷鳴を、僕はよく知っていた。これが誰が仕出かして、これが起きた後に何が来るのかさえも。
耳が聾するかと思うほどの大音と衝撃の中、無理やりに瞼を開ける。そこには、見慣れた人影があった。
「自分――推参! アーレ=ラック、覚悟ォッ!」
鮮やかな紫の長髪。艶やかに輝き、しかして敵意に満ちた同色の瞳。端正としか言えない顔つきにいびつな笑みを浮かべながら、そいつは僕を睨みつけている。
エルディアノの創始者が一人にして、僕の元パーティメンバー。
『雷鳴』の魔導師、フォルティノ=トロワイヤがそこにいた。
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