第四話『竜騎士パール=ゼフォン』

 王都最強と名高い竜騎士――パール=ゼフォン。


 僕と同じく、エルディアノを設立した創始者の一人にして、かつてのパーティメンバー。


 魔性の内、最も扱いづらい翼竜を使役する化物で、王国内で唯一『竜騎士』の称号をほしいままにしている。竜に乗りながら槍を操る彼女の姿は、尊敬以上に大きな畏怖を集めているといっても過言ではない。


 僕を殺しに来るのなら、こいつ以上の適任はいない。何故なら、僕が抗える手段なんて何もないからだ。


「やぁ、久しぶりだねアーレ。一か月ぶりくらいかな、調子はどうだい」


「あ、ああ。悪くはないかな」


 パールはにこにことした笑みをその美貌とともに顔に張り付けながら室内に入り込んでくる。片手にご自慢の蒼槍さえ持っていなければ完璧だったな。


 あ。弟分が蹴り一つで壁に叩きつけられた。


「実は君がエルディアノを除籍されたと聞いてね。いてもたってもいられなくなって、その形跡を追って探しにきたんだ。苦労したよ。あの子に、君の匂いや足跡を追って貰ったんだが。おかしな匂いと一緒にいたからね」


「……探してた、ね。僕を殺しに来た、の間違いではなくか?」


「ボクがそんな真似をすると思うかい。まさか、その女が吹き込んだんじゃないだろうね」


 ぐいと、紅の眼差しがルヴィへと突き刺さる。そこには殺意よりも、憎悪が埋め込まれている。思わず、喉が音をあげた。


 確かに、パールが僕を殺したいのならこの瞬間に実行出来ているはず。まさか、雑談の後に殺すなんて趣味はなかったはずだ。


「さて、本来は君に聞かないといけない事が色々とあってね。ルッツの奴は、君が幾つも罪を犯したゆえに追放したと、そう語った。ボクらにとっての裏切り者だとね」


 僅かに眉間に皺を寄せる。昔からよくある手だ。過去の権力者を追い落とした後は、そいつが悪事を働いていたのだと喧伝し、自分達の正当性を主張する。


 ルッツも真面目な奴だな。その辺りの基本が良くできている。しかし問題は、パールみたいな頭の螺子が最初から刺さってない奴には通用しないという点だ。


「そんなわけあるか。僕が裏切るなら、先に君らへ宣戦布告文書を叩きつけておく」


「ああ。勿論信じていない。だからそこはどうでも良い。だがね、アーレ」


 パールは、本当に欠片もどうでもよさそうに僕の言葉を一蹴し、言った。


「――どうして逃げ込む先が、ボクの所ではなく、旧王都なんていう場所なのかな?」


 不味い。槍で床をコンコン、と叩き始めた。苛ついている時の合図だ。


「それに、どうしてその新人が君の傍にいるんだい?」


 コンコンコン、と勢いが強くなってきている。相変わらずだなこいつ。


「分かったパール。ちょっと待ってくれ。色々と誤解もあったんだよ。だからだな」


「誤解? ボクは何も誤解なんてしてないけど?」


 蒼槍を持ち上げ、僕――ではなくルヴィに向けながら言った。


「ボクは聞きたいだけだよアーレ。君が危機に陥ったと聞いた時、ボクは心が痛むと同時に考えたんだ。君なら、ボクの所に駆けつけて、ボクを頼ってくれるに違いないとね。それがどういう事だい、これは?」


 顔には美しい笑顔が浮かび上がっている。だというのに、瞳だけは全く笑っていない。


 よし。駄目だ。話が通じない時のやつだ。そっとルヴィへと視線を向ける。一言も発さず、首を横に振りやがった。自分が一番危ないと理解してるのか。


 クソ。こういう事はもうやりたくなかったんだが。


「……ええと、だな。パール。僕も君の所に最初に駆け付けようとしたんだ。当然だろう。一番頼りになるのは君だからな」


「……まぁ聞こうか」


「だが君は遠征の途中だっただろう。それに、他のギルドの連中からも僕は目をつけられてた。そう簡単に向かえはしない。そこで、ここのルヴィの手を借りて一先ずここまで逃げ延びたんだ。腰を落ち着けたら、連絡を寄こそうと思ってたんだよ」


「ふぅむ、そうだねぇ」


 パールはじっくりと考え込む様にしながら、蒼槍をぐるりと室内で器用に回した。


 そうして、両手を腕組みしながら言う。


 よし。もう一押しだ。


「確かに、君が最も頼りにしてるのは、他でもないボクだものね?」


「ああ! そうだな!」


「詰まり、ボクが遠征に出ていなかったら、真っ先にボクの所に駆けつけてくれたと」


「その通りだ!」


「なら仕方ないなぁ! 今回は許容しようじゃないか!」


 満足げにパールが胸を張った。ルヴィが傍らで、ドン引きした目を僕たちを見ている。


「……ああ。何時もこんな感じでしたね、先輩」


「何も言うな」


 そも、エルディアノは設立当初から問題児だらけだった。いいや、そんな奴らのための居場所となるべく、作ったというべきか。


 パールの今の様子でも、まだ穏当な方というのだから推して知るべきだ。


「とりあえず、パール。君の相棒を連れて来てるなら、流石に目立ちすぎる。場所を移したいがどうかな」


 どうせこの部屋はもう駄目だ。ゴブリンの死体と重傷を負った男たちが仲良く寝ころんでる。壁にはパールの剛力で穴が開いているし、何より外から悲鳴や驚愕の声が聞こえる。到底、寝泊まり出来る場所じゃない。


 宿屋の主人からはきっちり野盗を送り込んでくれた文の迷惑料を頂いてから、再び通りに出る。


 通りの人々は、誰も彼も僕らを見ていない。ただ、上を見ていた。


 そこにいるのは、身体を大きく広げた蒼色の翼竜――パールの相棒が羽ばたいている。


「待たせたね、レラ。ボクがいない間、悪い人たちにいじめられたりしなかったかい?」


 いじめるの間違いだろ。足元には完全にノックアウトされた野盗の仲間どもが呻き声をあげている。死屍累々、としか言いようがない。


 当然だった。魔性の中においても、翼竜とは智恵と人間を遥かに凌駕する魔を有する個体。少なくとも一対一で戦って勝てる奴は人間じゃない。


「ははは、くすぐったいよレラ」


 レラはゆっくりと地面に足を押し付けると、そのままパールへと頬ずりする。喉を鳴らしながら心地よさそうにする姿は、確かによく調教されたペットのようだが。馬より二回りは大きい魔性のものとわかれば即座に逃げ出したくなる。


「感動の再開の所に悪いが、早く場所を移動しよう。悪目立ちがすぎる」


「はい。そうですね、流石にこれはちょっと」


 パールは悪目立ち、と言われて不服そうだったが、場所の移動には反対しなかった。レラが休むのにもこの通りはやや手狭だ。彼女が横たわれば、それだけで封鎖されてしまう。


「まぁ分かったよ。分かったさ。君がそう言うならボクも承知しよう。それで何処に連れて行ってくれるのかな。君が望むのなら、この子と一緒に王都に舞い戻ったって構わないけどね」


「そいつは丁重に遠慮しておこう。王都はここ以上に敵が多そうだからな」


 幾らパールが僕の肩を持とうと、エルディアノは、いいやルッツとその周囲が僕の帰還を認めるはずがない。新たな統治者は、過去の統治者を忌み嫌うものだ。王都は勿論、その近郊に至るまで、血眼になって僕の死体を探し求めているはず。


 奴らを叩き潰すだけの戦力がなければ、王都に戻る真似は出来ない。


「はい。しかし、これだけの騒ぎを起こして泊めてくれる宿場があるでしょうか……」


 ルヴィが言うのも最もだった。通りの人々は、明らかに怯え震えながらレラと僕たちを見ている。こういった手の噂はすぐに回るもの。それに、翼竜を従えて宿に泊まるなんて聞いた事がない。最悪、今日は野宿だ。


 そう覚悟したと、ほぼ同じ頃合いだった。


「もし。本日、このグランディスに来られたお客人とは貴方達でして?」


 軽やかな、それでいて幾分かの気品を纏った声が流れた。聞き落としてしまいそうなほど重みがないのに、不思議と耳に残る。


 振り向けば、女は影のようにそこにいた。


「間違いはなさそうですわね。まぁ。わたくし、間違ったことは今までありませんの」


 不遜に、不穏に。女は囁く。


「ご機嫌よう、お客人。麗しのグランディスへようこそ。しかし、余り騒ぎを起こされては困りますわ。曲がりなりにも、治安を維持しようとするものはおりますもの」


 短く頭髪を切りそろえ、白いドレスのような服装。所作の一つ一つに気品があり、何処か虚ろな瞳さえもそれらしく見える。


 問題はただ一つ。


「それで、お客人。お名前は」


「クエエ」


「クエエ様ですのね。珍しいお名前ですわ」


 その女が堂々とレラに向けてお辞儀をしている事くらいだろう。


「それでは、ご案内を。少しお話をお伺いしたいですわ」


「いや待て、違う。外から来たのは僕らだし、そいつの名前はレラだ」


「まぁ」


 女は上品に口元に手を当てながら目を僅かに見開いて言った。


「クエエ様の従者ではなかったのですね。このわたくしの目を欺くとは、見事な擬態です」


「だからそいつはクエエじゃないし、擬態もしてない」


「ですが、その擬態もわたくしは見破っておりました。わたくし、間違った事はありませんので」


「アーレ。彼女、随分と変わっているね」


 パールが困惑した瞳を向けて来る。言わせて貰うと、君も十分変わっている。安心して欲しい。


 当然、口に出しはしないが。軽く咳払いをしてから、女へと向き合う。


「それで、僕らに用があるのは君か、それとも君の主人かな。丁度、腰を落ち着けられる所を探してたんだ。良い場所があるなら紹介して欲しいね」


「良いのですか、先輩」


 小さく頷く。僕とルヴィ、パールの三人だけならともかく。レラもいるとなると街中に居場所を見つけるだけでも困難だ。それに、グランディスを取り仕切っている連中とは早々に話をしたいと思っていた。


 グランディスだけではなく、『鼠の寄り場』と呼ばれる場所には、大抵ボスとも言える顔役がいる。どんな場所であれ、人が集まれば騒動は起こるし、諍いは日常茶飯事だ。自然とそういう場所では、その地域を統制して曲りなりにも秩序を作り出そうという奴が現れる。


 無論、手段は暴力、目的は利益なわけだが。そいつと早々に顔合わせ出来るなら、多少危ない橋を渡るのも悪くはない。


「問題ございません。ご案内いたしましょう。ここからさほど遠くはございませんわ」


 女は恭しく、丁重に頭を下げながら、そう言った。

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